かぶきものの帰参(SIDE慶次)   >慶次・利家・まつ・奥村

「その必要はない」

誰も声を発することができなくなっていた軍議に、入るなり慶次はそう断言した。

「独眼竜に確認してきた。なで切りは本当だったよ」

「慶次」

唐突に割りこんだ甥にまつが声をかけてくる。
だが、軍議の最中だ。戦力になるとはいえ、御正室とはいえ立場は知れる。
もっとも仕官していない慶次とて立場的なことをいえば同じなのだが、

「すると……」

利家は考えこみながら、先の情報を待っている。
わきまえているまつは、慶次に次を譲る。
すべてを任せる彼女の目に、風来坊は覚悟を決めた。
ここで、軍議に口を出すことは前田の中に入るも同然だ。利家も、慶次のとりたい立場を知って、発言は許してこなかったし、慶次自体が何より参加してこなかった。

――だが状況がもう違う……

前田家をつぶしに来たと宣言した少年ではないのだ。
一介の武将になる気もなったつもりもないが、前田はともかくまつと利家を無駄死にさせたいわけでもないのだ。
彼らが、かぶきものの――風来坊前田慶次の生き方に反しないならば、慶次はそちら側に着く心づもりがあった。

本能寺の裏切り者を潰すうえで、いつのまにか織田になんら関連のないはずの彼らは台頭し――気づけば仕切っていたという。
彼ら――秀吉と半兵衛は……。

――俺のいないうちに、どう策を練ったか知らない。でも……目の黒いうちは欺かせなどしない。

確かに秀吉が擁立してきたのは、織田の嫡子だといわれる長男。(当然濃の子供ではなく側室――しかもそれとて怪しいのだが、織田の子と呼ばれる人間は全て怪しいので今さらそこは言及しない)
対して、柴田勝家は、三男を推している。
理由は――五十歩百歩だが、織田にはなんら関係なかった秀吉が擁立する不自然さか、信長の遺言か。
どちらにせよ、戦力を思えば、せめてもの抵抗といえよう。

――武士の意地なんて食えたもんじゃないが……

利家は信長との生前の約束を破る気がなく……。だから難があると知ってなお、勝家につこうとしている。
慶次はその【意地】の張り方は好ましく思った。
忠義で飯は食えないが、男の意地で約束を守ろうという姿勢は嫌いじゃない。
ましてや無駄に死ぬ気もない、利家という男だからこそ。

――手伝わないわけにはいかないか。

だからこそ戻ってきたのかもしれない。
有りえる限りの情報と、いくらかの戦力を手に。
そこには多少敵が「彼」であるということも含まれるかも知れない。濃姫のことがあるから、というのも事実だ。それでも……

「北条をつぶし、おそらく次は武田か上杉か。伊達は一番織田(こちら)の混乱は分かっているけど、徳川に恩を売っておくつもりなんだろうな。今度は混ざってこないと思う」

「――そうか」

「ただ、徳川は――」

「ああ竹千代は、義を捨てん。怪しいとはいえ嫡男。嫡男の味方をせで誰の味方をする?必ず出てこよう」

秀吉側として。

――分かってたか。
それでも変えるつもりはない。それが利家だ。

「前田の御家は信長様に救われたもの。信長様の命で前田家が危機にさらされたことは今までにない」

「だから、」と一拍おいて、かみしめるように告げる。

「我らは柴田につく」

信長の采配は、亡き後は柴田を支えよとのことだった。
利家が語らずと、いまやその遺言代わりの命は皆に伝わっただろう。
慶次は家臣の誰もが反対をしない現実(いま)を見てとった。

奥村は――忠義の人だ。彼が従うことに疑問はない。そして、また村井も……。
だが

―― 一人の異議もないとはね……

前田は人に生かされております。
そういえば叔母は誇らしげに語ったことがある。
まつは、濃様から、「利家は長子でもなく、六男にて正室になってもどうなることかわからない身なれど、その
お人柄が信長様のみならず周囲をつかみ話さぬ方。きっと前田は利家に生かされる」ときいたという。
慶次からしても、放浪の中、いろいろな武将を見るうちに前田との気質の差は理解したつもりだ。

――前田は暖かい。
一見緩くすら思われるほどだ。

だが、その徳川の結束や、武田・真田の熱、伊達の若い荒々しさとは違う、緩やかな空気は実はいざというときの覚悟の裏返しにすぎないことに慶次は気づいていた。
こうときめたら梃子でも動かない利家、その決断を絶対のものと信じる以外の選択肢を持たない「きまじめ」な家臣の集まり。それが前田なのだ。

――だからこそ……利は間違った判断をしちゃいけない。

ましてや、敗戦(まけいくさ)など。

「――同意できぬもの、戦う気のないものは出ていってもらったかまわない。こたびの戦、負けるつもりはない。だが、終着も見えん」

――素直に言わなくてもいいのに。

しかし利家は実直なのだ。
そうして、その家臣は――

「――……」

慶次は気づいた。下のものは、従う気概でここにいる。その上で宣言するのは、確認の意もあるが、それ以上に……

――戻らぬはずが情報だけを気ままにもってきた甥への勧告……。
だが、発言の段階で利だって気づいているはずではないか?

――そうか。

慶次はなすべきことを思い出した。自分がしそびれたもの、かけていたもの。

――形の上でも、義をしめすこと。

それはかねつぐにもゆめゆめ忘れるべからずといいわたされていたことだった。
ここは前田の――身内の、ではなく「前田御家」の議の場。かぶきものはやめるきはないが、風来坊は一時休止だ。

「それを承知で言う――いや、言わせていただく。この前田慶次、前田の為に何か出来ようか」

名をよびかけんとするまつの声を視線で制し、仕官の名乗りを模して膝に手を、頭を垂れ、当主に問う。

「この前田慶次を戦力と見なされるならば――御家のために仕官させていただきたく……」

「慶次――」

「まつ――下がれ」

軍議の場ぞ。言わずと、まつは三度後ろに下がった。本人も声をあげるつもりはなかったのだろう。

「慶次」

かしづいた体勢から顔を上げる甥に叔父――否、当主は呼びかけた。その視線は厳しくもまっすぐなものだ。
「この戦のみとしても」と無言のうちに応える。

「今は一人の戦力も無駄にできん。まして」

身内であればこそ……と、聞こえない声は響く。
皆が皆、どこかで思っていた、慶次は属さない――だが前田以外ではあり得ない。
奥村が、奥から眼光を向けるのをー利が何も言わず頷くのを慶次はみた。

「前田はお前を迎え入れる。将として――」

ざわめくと思われた周囲は不思議なほど静かだった。不満の色は――ない。
本当に今は一人でも確保したいところなのだ。戦力と見なされるもの――婆沙羅者ならなおのこと。

「明朝、再び広間へ。それまで各のことを終えること」

短い返事があって、将がばらける。
各のこととは、帰りを待つ人へひょっとすれば最後になる挨拶であり、何かのおりの形見分けであり、あるいは明日への備え。
慶次が思わず濃のことを忘れ、その厳かな退出を見ているおり、

「傘は役に立ったか」

後ろから寄り添う影が、声を放った。
その馴染みの硬質な気配。慶次は「相変わらず地味だな」と。思わず笑ってしまった。

「返しにくるつもりが……遅くなったんだ」

「そうか」

「もう利には必要ないから頂こうか」

「そうか……お前にも……」

必要あるのか?
この先風来坊に戻るのか。
二重に問いかける言の葉は理解できた。素直に、首を横に振る。

「わからないよ」

いざというときだから前田に戻ったという気概はなかった。
ただここにあるのは、利家への今回限りの共鳴と――濃姫の安全。許しがたい他の諸武将への反発などが幾重にも重なった結果だ。

次がどうかはまたの判断。
一時的に、前田に仕官したにすぎない自分を慶次は知っていた。
その、現状としてはある意味不謹慎な――戦国の習いでいえばそこまでは矛盾しない応えに、まじめ一辺倒の奥村はなにを思うか。

だが、意外にも――声は戻らない。

「そうか」

「――何か言うと思ったんだけどな」

「言っても変わらないことは十年も昔から証明済みだ」

そうだろう村井殿、と奥村は知己に降る。事情を更に詳しく知る将は、「先に戻る」と暗に告げるばかりで、言明を避けた。(が恐らくあの表情、あれは同意というのだろう)

「そっか」

すり抜ける村井には構わず、慶次のその、少しだけ幼くなった返事に、奥村が笑う。出会った頃より深くなった皺がくしゃりとより、珍しくその表情を柔くした。

「なんでだろうな。あんたを見てると前田に戻ったって思うよ。利たちよりずっと」

「殿たちはお前の悪戯を止めにお出ましになるせいだろう」

「あ、」

「忘れていたか」

――戻ってきたのだ。

しかし、状況がどうなるかは見えない。
敵は秀吉、そして半兵衛――

「――徳川とやり合う前に何とか終えたいところだな」

殿には堪える。
言わないせりふを汲み上げて、

「ああ」

慶次は真剣に頷いた。
これから利家にしなくてはならない、もう一つの告白を胸の奥に秘めながら。

時間軸で言うと、しずがたけ手前なので、武田側の祭りの後シリーズ直後。蒼紅よりは前。 濃姫の存在をばらしたので、修正掛けました。