鍵(1) >松永・信長他……

【SIDE 信長】

お、と。目があうなり、こちらを見返してきた相手は、年こそ違えどもかつての面差しを色濃く残していた。

たまたま横にいた市が「兄さん?」と、小首をかしげたから、彼女を隠すように引き下がったものの、信長はその正体に確信を持つ。

松永久秀
かつての世で幾度も自分を裏切ったもの。

悪びれもせず、ただただ欲望に忠実あれと生きる彼は、忠義の精神を失いつつある現代に妙にはまっている気がする。
興味がないようで、実は何にも好奇心を抱く性格は健在なのだろう。隠そうと思えば簡単なくせに、あからさまにこちらを凝視してきた。
特に視線が市に向かうものだから、信長は眉ねを潜める。

「人形であることをやめたか?」

と本人に聞こえるように話すその瞳は、明らかに面白がっていた。
視線がちらちらとこちらに流れるのをみるところ、恐らく信長に対するからかいもあるのだろう。
分かるから不快とまではいかないが、今の松永が予想にたがわぬ美青年ぶりなものだから、妹に対し別の心配もわく。
かえって、

「……卿もかね?」

そう声をかけられて安心したほどだ。
少し迷って、

「ああ」

答えれば「面白い」と、自分の方に興味が来てますます安堵した。

かつてなら「ふん珍しい狸が紛れ込んでいるものだな」くらいは言ったろうが、今は気にする意味も意義もない。学生に出来ることなどたかがしれている。
問掛けの意味が分かり――過去を覚えているから頷くだけ。
だがこの場で無為に話を続けるつもりはない。

「授業があるので」

さぼるつもりだった五時間目を理由に断った。

「これは失敬」

ではまたそのうち。
相手は喜ぶべきとも言い難い予告とともに去っていった。


*      *      *      *

次に会ったとき彼は横に少女を伴っていたから、敢えて声をかけなかった。
ましてまたそのうちと言われねば、こんなにきにはしなかっただろう。
自分から話そうと思うのだって、彼が市を気にするそぶりをみせたからにすぎない。

――俺をからかうためだったか。

一生懸命彼の気を引こうとしている少女の様子に溜め息をついて――あんなのにひっかかるなんて気の毒だが適度に相手をするあたりあの男はたちが悪い――渡り廊下をすぎれば、ふと、彼と目があった。

にやり。

そうとしか表現できない顔でこちらをみられるとさすがに居心地が悪い。
島津の悪戯な調子や本願寺の悟り顔など記憶ある者たちの曰くありげな表情にさんざんなれてきたが、何故だろう。胸騒ぎがする。

かつてと今の自分の差に不満はない
かえってこの生活も気に入っている信長だから、こんなふうに心配なのもひさかたぶりだった。普段そこまで動かない感情の振り子が大きな幅を計測する。

「あちらも同じか」

ただ問題なことにあちらが感じてる久々の感情のは(こちらに被害がきそうなたぐいの)楽しみであるらしい。

結果少し考えて、信長は昼休み市の忘れ物を届けがてら

「市から目を話すな」

こちらをちらちら覗いて居心地悪げにしている(のがばればれな)長政にそう告げておいた。
まあ松永は欲求に素直な相手には優しい男だから、今の市ならばそう悪い目にはあわないだろうが、比べてみれば長政な方がよっぽどいい。
そんな元義兄の複雑な心情など、もちろん長政に理解できるはずもなく、

「なっ」

ハレンチを叫んでいたどこぞの武士同様顔を紅潮させて、「俺は浮気などせん」だと勘違いな方向に叫んでいるのだが……。

ちなみに同級生の前田甥っ子が「あれはあれでうざ可愛いってもんだよなあ、ばればれだし」と軽く言うのが聞こえた。
市の周りは安心。
信長は確認して、踵を返す。
彼は気付いていなかった。自分が憂うべき存在が妹一人ではないということに。


続く。現代版松永は異常に格好いいと思う。クラブに出入りしてたりして高校生っぽくない、男性陣には嫌われる系統の色男。   そしてどうにかしてあげたい うざい こと 長政様。