「何故こだわるのか馬鹿馬鹿しくてならんな」
ただ、「本物」以外には手を伸ばしたくない矜持の高さには却ってひかれるものがある。
茶器を所望したときもあの男はそうだった。
正室の彼女とて同じだ。
得られたのだろう子供で、結局天下を(間接的に)手にしたか?自分は見届けてはいないから、そこまではわからない。
だが、そもそも、本質として彼女が欲したのが天下などではないことは分かる。
――あの男だ
子どもより天下より、一番必要としたのはあの男自身なのだ。必死に子を守ろう母や、その血に野望を志す者には、[女]は両立出来ない。
ゾーッとするような色香で、こちらを睨んだ目。狂おしいほどであれ、決して人形にはなりえない強さ。ぎらぎらと何かを求める眼差しに、呑まれたのは松永自身だ。
だから思う。
――おそらく、あの一瞬が一番美しかった。
蝶が羽化するその瞬間に、偶然とはいえ、松永は最期の最期で立ち会ったようなものだ。
「卿には見られなかったようだがね」
視線の先に、校庭を抜けようとした信長がいた。
残念ながら本能寺で亡くなった彼には分かるまい。
その魔王の転生体はそのまま、羽を閉じ眠る蝶のもとへ向かうのだろうか。
「何がだ?」
「蝶の羽化だ。
あの虫けらは、実際は例えのようにただただ綺麗に変化するわけではない。そこには生々しく、どろどろとした過程がある。だが、結果、あのきれいな舞を見られればこそ、その生き長らえる戦いの汚さを含め、素直に美と捕らえられよう。
……あのとき女が何より気高くおもえたといったら笑うかね?」
結果、あのとき彼女は魔王の命を繋いだ。
――失ったものと得たもので、フィフティーフィフティーだったのがよほど悔しいと見える。この世でまた彼を欲するとは……
欲のあるものは嫌いではない。
まっすぐ向かい、目を曇らせるものは好かないが、彼らは違う。欲しいものを欲しいというだけだ。
試すように笑うと、珍しくかつての王に動揺が緩く。緩く見えた。
――いや、気のせいか。
「――安心を。かつてのことだ」
そう弱く合ってもらっては困ると思う自分に新鮮な驚きを感じながら、松永は薄く笑んだ。信長はふんっとかつての片鱗を覗かせ、あたかも当然のように言う。
「あのとき」とにおわせた過去を気にもせず。
「ときは現。幻のことを語るほど暇な者が多すぎる」
まるで今とて松永が家臣か何かのような口振り。
――それでよい。
その傲慢さは結果をもたらす。ならば、どのように振る舞おうと松永の目には苦々しくも美しい。
足掻く者も無駄に真実から目を背ける者も好かないが、松永は「結果の美」には拘る。絶対者は絶対的であればいい。欲するだけ欲する姿こそがまた美しく思えるのかもしれない。
その点、松永にとって、自分の王は自分だけだが、彼ら――信長と濃は正しく「王」「后」という概念に当てはまっていたかもしれない。
「ならば、魔王にとってはさしたることではないと?」
「今欲するものと、かつて欲したものとは別だ」
松永、お前がいうか?
聞こえぬ、今より些か低いしゃがれ声が耳をなでた。
「まこと変わらぬ思考に恐れ入った」
――どこか私とにた部分を感じていたが、現世ではますますかもしれないなどとは・・・・・・
思うにもおこがましいといわんばかりの威厳に、それを崩せまいかと考えつつ、好ましさを覚える己の矛盾。
欲しいものは取りに行かねばとれぬよ、と言う必要もなく彼は手を延ばし……むしろ相変わらず自分から略奪する側に、再び立っている。
――もっとも……あの煌めかしさに再びふれられるやもしれぬなら、この結末とてやぶさかでもない。
松永が欲しているのは、あの蝶の羽化であって、蝶そのものではない。自分で過去の悪夢に決着をつけるまでは舞続ける蝶を見ていても、あれほどの価値は見いだせない。
――やはりこの男がいて、初めて意味のある蝶。
「卿には混沌を。あれはその源だ」
女はいつでも深く、あのどん欲さにこそ真理がある。
忠告を一つ。落として、松永はすれ違う。
「なに、私も確かめたかったのだ」
現世とかつてとの差を。自分の心がぶれていないでほしいという率直な欲望のために。
呟く彼の上に桜が散る。
こんな場面をみられたら、事情を知らぬ者は思い思いに自分の欲望を投影して、とある三人の話を作り出すのだろう。
――ものやひとに飽くほどの時代とて、素直に欲を出せる者のいかに少ないことか。
学校という要塞よりはまだまし、と決め込んで、松永は門を去る。せめてもの美が潜む汚い繁華街に向けて。
次でラストだと信じたい。ちゃんと信濃側もかっちり行く予定。で もう一度 いいますが 松永はあて馬じゃありません。 松永美学的に彼らは結構 美 なんだぜってところで。
意味不明気味になっておりますが、実際前世は異説側でフォロー。