鍵(5)-2 >濃姫(帰蝶)・信長……

【SIDE 齊藤帰蝶】


ろくに動けない状態の自分の背を、いびつな手が撫でていく。
振り払うことは愚か、震える体力すらなくて、
その名前を呼んでみれば、嫌になるくらいツキンと鼓動が跳ねる。

「寝てていい。後で送る」

「うん」

溶けた髪を絡める指は熱く、たまに触れる頬をますます赤くする。

――どうしたらいい?

「責任はとる」だなんていわれても、もう何も返せない。
疲れているせいではない。

――違うの……。
この≪信長≫は、あの薄ら覚えの上総之介様ではなかった。
同じだといってのけながら、全然そうじゃない――。
それに、記憶していたつもりの彼もまたきっと濃の幻想が多分に含まれていたのだと、今は素直に認められる。
寝がえりを打つふりで、少しだけ距離を詰めて、目を開いても顔を見ずに済むように下に潜り込む。
身を休めようとすればするほど眠気は襲ってこなかった。
ほどよいだるさと、どうしようもない名残りの熱に、ただただ泣きたくなる。

「羽を休めただけ。最初から蝶は蝶よ」

明け方の冷たい風から守るように、その大きな身体がゆっくり横から己を引き寄せる感触。やたらとゆったり指を滑らせる、その癖に奥が反応して鈍い痛みを放つ。

戯れに、誘ったこともあったが、身体を重ねたのはここ(現世)では初めてだった。
痛みはその印。
好きで仕方なくて、温かさを欲しいと思う反面、今これ以上は無理だと、全身が拒否しているようだ。


とくん……

反応しそうになる息や、悲鳴をこらえて、無理やり唾を飲み込む。
声が漏れないように苦労したが、そのかいがあったのか?信長は起きているとも思っていない様子で、そのまま髪を帰蝶の頭を抱きこんだ。

恐らく何も来ていないことが分かるくっついた肌と、肌。
そして、不自然に一部の部位が触れぬようになっている体制。
これだけで、彼が未だ自分を求めていることも、自然と分かってしまうのは、哀しくも自分が生まれた時から耳年増(過去からの記憶モチ)だから。

でもそれが嫌ではない。
というか、それであるからこそ知れる≪事実≫があって……気づいてしまって、困った。

「――……」

いや、正確には戸惑ったというべきか。
それでも、≪彼はそのまま我慢するような性質ではなかった≫と知っているのだから仕方ない。
褥を共にした≪初めて≫の後で、どれだけ不躾な女と思われるかもしれないが、そう簡単に変わるとは思われない信長の荒々しさ――≪濃≫は、覚えていた。

かつてなら、こんなときだって起こして、無理やりにだって幾度でも抱いただろう。そう旺盛な方でもなかったが淡泊とは程遠い性質だ。
なのに――

――我慢されている?

間違えないだろう。
うっとりするように、優しい手つきで撫ぜたり……

「守るなどとはおこがましい」

聞こえていないと思い込んでいるからとて甘い言葉を漏らしたり……

――ああ……。

どうしようか。

初めて、だ。
初めて、≪帰蝶≫は≪信長≫を知った。
優しくされている・大事に思われているとは、前だって思ったけれど。

――同じだけれど、違うひと。
こんなふうに温かく想えるひとはきっとこの人一人で――恐らく過去も未来もきっとまた同じ一人なのだろうけれど。

ぴたりと、合わさるように――相手をあおらない程度に近づいてその胸元に頬を寄せてしまえば、なんてことはない。これまで強がって「知ったふり」をしていた自分はどこかに消えている。

――こんなふうに鼓動が速いのも。肩口の筋肉の付き具合も……

やっぱり初めてなのだ……。
そうして、これから、ひとつひとつ、知っていく。

やがて、安堵に重くなる瞼を閉じて、帰蝶は、呟く。
――成り行きで、なぜかも分からぬうちにこうなったのに、

「よかった……」

彼の≪差≫を知ることで、今の彼に恋ができたこと。
本当に幸せに思えて。

まさか言葉を別の意味合いで取られて、信長を余計悩ませるとは予想だにせず。
彼女はゆっくりゆっくりと……段ボールとベッドしかない殺風景な部屋の中、静かな眠りに包まれていった。

彼が起こすタイミングに悩んで、熱をもてあましその場を離れるまで、部屋には、可愛らしくも、疲れきった彼女の寝息だけが響いていた。


取りあえず ここまでで一件落着。分かりづらくて申し訳ない馴れ初めなのですが抱かれてみたらちがったよっていうとんでもない結論…… こんな結論とっくに松永さんも見えてたよっていう。この先信長がさんざんからかわれたり、松永さんがびみょーに苦手になるというフラグですね。転学の信長はとことん受け という話。