蒼紅性理論  最上攻め 単騎(SIDE幸村)  >幸村・小十郎

「……ついて来ないな」

やむを得ない、某はまだ信頼されていないのだ――と、幸村は静かに状況を見る。
見ながらも槍を振るう。
すっと炎が宙を舞い、風の音を切り、首が飛んだ。
血を避けると、突っ込んできた相手の懐を刺すとは、ほぼ同義。

「それにしても……」

足軽一人ついて来ない戦場というのは初めてのような気がする。
伊達と、伊達政宗――当主の母がいた最上とがこと構えると聞いたのは昨日の昼下がり。
早速、
【ならば某が先方を務めさせていただきたく……】
そう告げ、許可を得たのは夕刻のことだった。
もっとも、こちらから名乗り上げた理由も相手には分かっていたようで、提案せずとそうなっていたに違いないが、自ら志願することとやらされることとは勝手が違う。

孤立無援で、信じられずと仕方ない。
ましてやお館様のいない今、誰に天下が行こうと――正直なところ、あまり興味は持てないのだ。
渡せない深く敵愾心を持った魔王ももう今はいない。

――だが……俺は……

胴を抜いて、槍先を構えるとき、柄を持つ手がわずかに震えた。
――熱い。と。
そう思った時には、一瞬の決断で、薄く切られた頬を体ごと右に倒して避け、すぐに別の槍を投げ、敵を払う。

幸村は一連の動作の中で、実感する。
わずかな切り口の痛みで、理解する。

「生きておるからな」

目的が完全に潰えたかといえばそうでもない。
武田も今や二つに分かれたが、信玄の持っていた志を伝えることだけは何が何でもなさねばならぬ。

そのためにも死ねぬ、といえば偽りになるかもしれないが、あいにくとそのことを考えるより先に、戦況が動いた。
撤退の合図が出たのだろう。
サーっと相手の二陣が引けていく。
続いて今目の前にいる一陣も多少下がったように思えた。

「行かせぬ!」

ふるう槍には迷いはなく……また数個、命の種が消えていく。
敵対をする覚悟は死ぬ覚悟でもある。
覚悟が強ければ結果生き延びることになるのだろうか。

さあ追おう、とぼんやりながらも、体はてきぱきと体制を整えていた幸村に、遠くきき覚えある声が響いた。

「――真田、下がれ!」

振り向くなど戦場においてはしないが、槍をふるいながらも合間にそちらを覗けば、見慣れた竜の右目。
政宗は来ない。
当然だ。
総大将やその守りの意味を知る幸村にとっては、小十郎が来たことですら驚きだった。

「もういい。これで最上は降りる」

「――そうでござるか」

「【もとは、潰した。無意味に敵を増やすな】……政宗様からの伝言だ。身内の甘さで言ってるんじゃねぇ。下がれ」

「……ああ」

「それにしても、てめぇ……足軽はどうした?」

幸村を心配げに覗きこんで、小十郎は言う。
その様子がどことなく、自軍の忍びを思わせるものだから、幸村は少し笑った。
「何騎かつけてやったはずだが」と続ける片倉小十郎。
本当は、分かっているのだろうが、彼からすれば軍規を乱す自軍兵士すら許せないのかもしれない。
律儀さを感じながら、当然といえば当然の信頼のなさを、嘆くでもなく幸村は受け止めた。

「某は、武田のもの。――かつての敵を今日の友と呼ぶ乱世なれど、そう簡単には行きませぬ。特に、武士なれば……」

「信頼されてないようだ」と、薄く笑んで見せると、小十郎の眉根はなぜだか一層皺が寄る形を取った。

「どうかなされたか?」

そこまで意外なことかと首をかしげれば、なぜか、「ああ」と言いよどまれてしまった。

深く突っ込むか迷っていたが、結局小十郎を見上げると、彼は素直に理由を告げた。

「流石は智将と呼ばれるだけはあると思ったまでだ」

「それを言うならば片倉殿の方ではないか」

「いや。――俺は、あんなふうに突っ込んでったりはしねぇからな」

「――ああ」

伊達の智将はたしかに彼だが、先陣を切るのは成実か政宗が(後者は困ったことにであるが)多いと聞く。
同じ従軍の専門家でも系統が違うことに驚いたのだろう。
合点が行って、幸村は頷く。

「それよりも、」

「何だ?真田」

「成実殿はどうして、城を――」

「てめぇには関係がねぇ……と言いたいが、大方てめぇの見立てどおりだ」

「では某のせいか――」

なんとなく予想はしていたのだ。
いくら伊達の足軽といえど、それなりに教育は(主に小十郎のもとで)なされている。
それがここまでつき従わず、幸村を結果ほぼ単騎にするまで追ってこないとなると何かあるなと思った。
そこで考えられるのがいつもは先方にある成実だった。

伊達藤五郎成実。
伊達家家臣にして、政宗の懐刀。小十郎とともに伊達三傑の一人に数えられる彼は、思えば最初から幸村を警戒していた。
竜の右目とは違う、別種の鋭い視線を感じていた幸村だが、主君を守るものとしては当然だとも納得していたのだ。だからこそその不在が解せなかった。
ともすれば、原因は自分だろう。

「気にするな。あいつはそんな小さい男じゃねぇ。勘違いしてんなよ」

「――そうか」

聞いてみたものの結局深くは分からない。
どうやら伊達と最上にしろ、北は北で事情が複雑なようである。
真田家が真田家で沼田と上田でかつて分断されたように、こちらにも言えぬお家事情があるのだろう。

「戻るぞ」

「あい分かった」

素直に返事をして、小十郎の後につく。
今幸村が必要とされているのは、戦うこと。それから従うことだ。
自ら(今は少なくとも)下ると決意し、宣言した以上、あとは奥州流になれるほかあるまい。
主を抱かぬもの――兄がいるからこそ家の存続も格別気にしなくてもいい次男ゆえ、心にあるのは「あの大きな虎の残したものをいかに生かすか」ただそのことのみ。

――真田は滅びぬ。だから……

武田も滅びまい。
と、幸村は戦いの名残に身体を熱くしながら、小さく呟く。
伊達家がどうするか、どこまで天下に近づくは知れない。
未だ自分はカヤの外だが、最後まで所詮はカヤの外なのだ。それが家というもの。異存も特になかった。

――ただ…

「――存外、居心地の悪いものなのだな」

「あ?何か言ったか?」

本当に聞こえなかった模様できいてくる小十郎に「いいや大したことではない」と返し、幸村は己の居場所を思った。
せめて、政宗に対する小十郎と同じくらい、小うるさい自分の忍びが戻ればいいのに。

――佐助はまだか……。

今は家康に一時的に貸している忍べぬ忍びはそうすぐに戻れるはずもなく、都合よく現れ出てはくれないが、何となく近くに来ている、そんな気がした。
あるいはそれは願望だったのかもしれない。

戦場にいて、誰もがひとり。
そう信じるいくさびととて、戻る場所の有無は大きい。

幸村は改めて、思った。
その双眸は、感傷的というよりも初めて気づいたことへの驚きが勝っているように見えた。

信玄なき後、家康に奥州に左遷される幸村。成実の手前。
異説婆沙羅史の一部。最上攻めがほぼ決定から幸村出陣まで。