【SIDE 信長】
いつのころからか、前世の記憶があった。
前世とはいっても、正確には数百年以上前の、である。
今生が、何度目の生なのか、理解しかねるが、ただ【あの頃】のことだけ覚えているのだ。
――間の記憶はない……
不思議な話だ。
ついでにいえば、気味の悪い話でもある。
小学校に上がった頃、急にあらわれ始めた白昼夢のような残像。
あり得ないはずの大人の姿の自分は、理由も理屈も読ませぬまま、何かに駆られるように戦場を駈けていた。
幼子の自分からすれば、それはあまりに非人道的で――到底受け入れられるものではなかったはずだ。
なのに、いつの間にやら、「ああこれは過去の自分なのだ」と妙にすんなり受け止めて……気づけば記憶ごと想いも自分のものとしてしまった自分がいる。
――だが、今の俺は今の俺。
生きている自分が、選んだ今は、今でしかない。
だから、前世にはこだわらないと決めたのである。
そのはずが……
「……どうして……」
どうしてこうなった?
信長は首をかしげた。
なぜ、こんな状況にあるのだろうか。
「信長様」
自分をまっすぐに見つめているようで、かつての自分を重ねているのは目の前の美女。
いや、今は自分と同じく高校生だから「美少女」というべきか。
でも、年にしては婀娜めいたその視線といい、振る舞いと言い、「美女」としか思われなかった。
かつて自分の室、しかも正室だった女、濃姫こと帰蝶。
――だが、お前は、違う。
「斉藤」
「濃」と呼ぶことはかなわなくとも、せめて名前を(帰蝶と)呼んでやりたい気持ちももちろんある。
かつて夫婦だったから、ではなく――今の自分が自分としてあって数か月、同じように恋情を抱いている自覚はあったから。
けれど違うから。
今は、我慢をするしかないのだ。
何もなかったように、同じ言葉を繰り返す。
「【俺】は【濃】には応えられない。お前はお前として生きよ」
「信長様、そのような……」
「何度言っても同じだ……」
≪何度申しても同じことよ≫
かつての自分ならばそう答えただろうが、今の自分は今の織田信長だ。
だから、そうやって遠ざけることしかできなかった。
去年偶然校門前、桜の木の下で入学してきた彼女を見つけたとき、一瞬ときが止まったように感じた。
彼女もまた自分を見つけ、こおりついたようになった。
だが、そんな彼女は挨拶よりも先に、「信長様」と呼びかけ……まとわりついてきたのだった。
以降、疑問を持つこともなく、少女は、信長を通してかつての【信長】に向って呼びかける。
それが、酷く哀しい。
――記憶をもっていても、自分は自分。
彼女が、再び今の自分にひかれたというのなら、そばにおくのを許そう。
そばにいたい、と願っているのはこちらとて同じなのだ……
けれども、出会って一瞬で彼女が惹かれたのは、かつての【信長】。
今の信長については見ようともせず、それでいて以降彼女は行くところ行くところに現れるのだから、たまらない。
実際、今日もこれである。
学園内であえばそばに寄り、ならばと外に出たが運のつき。
無理やり「お供に」と、半歩後をつけて、歩かれている。
用事は特になく、何か飲みながら公園をまわろうとしていたというのに、すっかり気分を削がれた。
例えばこのウーロン茶に喉を鳴らす、その言動ひとつ。ひとつを取っても、信長の中にかつての【信長】を見て、目を細めるのだ、【帰蝶】は。
そんな彼女の眼差しは、まるで憧れの芸能人を眺めるように幼く、拙い。
少女の憧れならば微笑ましくもあるが、相手は己の美しさや強さを自覚している帰蝶であるがゆえ、扱いづらい。
前世の記憶はその艶やかさをフル活用させる。
情で誘うことも他の女生徒よりもよっぽど上手い。
【信長】の趣味も知り尽くしている。
挙句に、色仕掛けもされた――。
「ふう……」
ため息が漏れ出る。
「お前は、かつてと今を混同している」
時を越えたロマンスすらを欲しているかのようで、心が遠い。
ズバリ言えばいいのだろうが、傷つけたくはないのだ。
あの時代夫婦になった切っ掛けは良くも悪くも家の問題で……だが、現代ではそれもない。
ゆえに難しい。
今になって前田の甥っ子がしきりにほざいた文言が己の身に振ってくる。
――恋。
なんと難儀なことだろう。
そうこう戸惑ううちに、斉藤帰蝶はそっと腕を絡めてこちらを見上げてきた。
胸のふくらみが薄いセーラー服ごしにあたる。
若者としては当然のように信長とて、欲望はある。
「………よせ」
だが、今はどんなに罠にかかってやりたくとも、決してかかれないのだ。
かかったふりすら、許されない。
誤魔化すように、淡々と腕を外して、どうして?と問いたそうなその顔にもう一度ため息をつく。
彼女には幸せになってほしいし、その相手が他の男であることは許したくない。
この時代であった後の彼女は、前と同じくらい不安定で――(最近改善されつつあるが)父の言うなりであったし、美しさゆえにからかう男に対して不審を抱いていて……そのうえでその弱さを悟られんように理論武装もしていて……強情さが可愛かった。
――あの頃とは違うのだ。
けれど、だからこそ自分は彼女を好きになった。
だから、彼女にもと望むのは間違いなのだろうか。
「いつかは……おそばに」
「好きにしろ」
いや、いつか気づいてそばに来るのはお前だ。
……と、そう信長は、その弱い声色を気遣いながらも遠ざける。
それでいて、どこかで確信している自分はずるいのかもしれない。
濃姫であろうと帰蝶であろうと、現代の斉藤帰蝶であろうと、彼女が自分以外の男に惹かれるだろう想像もまた、つかなかった。
今の帰蝶が、今の自分に惹かれる事実に気づいたら――かつてのことと距離をおけるくらいに、今の信長を知るようになったら、そのときはこちらも素直に受け入れよう。
――結局、俺は選んだ……
頬をかする絹のような髪をほどきながら、静かに今日も信長は耐える。
帰蝶からは【濃姫】とはちがう、可憐なコスモスのような香りがした。
それがフレグランスなのかなんなのか、区別もつかない朴念仁にも、その香は好ましく感じられた。
若い信長は、S的に一番格好いいと思うんだ!という主張。
……が、何をとちったのか、一年前から書き始めてみたり。
このあと紆余曲折経て、信長と濃姫はまとまるよ、ってな話。
経緯は書くか分からないなりに、両方転生後記憶有り&一応くっついてるという前提提示
次からはギャグ日常基本。