誰そ 啼くモノは     >政宗・小十郎
【SIDE 政宗】

すれちがう一瞬、その慟哭を聞いた。
虎が哭いている。
親をなくした若い虎だ。

「小十郎」

こちらとて小田原に向かう途中、確認などする余裕はない。
だが……

「戦況が変わった」

北条は恐らく気付いた。
だから陣営を変えてきたのだろう。
陣をまとめたのは伊達への牽制ではなく、本気で武田を後ろから叩くためだったのだ。

――小田原の守りを固めて籠城でもやるかと思ったが……。あの老人もそれなりの手を打ってきたということか。

だが、侮られては困る。
それならそれで、こちらとしては好都合だ。
牽制として、小田原でも攻めておこうと思っていたが、いっそこの機に北条自体をたたいてしまえばいい。

政宗は、鐙を踏みしめた。
方向を変えるためではなく、速度を増すための用意である。

「伝令だ。原田にあっち(小田原)はまかせた。成実にも合流を促せ」

「でも、それでは本陣が……。冬ごもりの上杉はともかく武田の伏兵でも出たら」

「――大丈夫だ」

言い切る。
【だからこそ】この状況が読めたのだから。

「殿」

「武田はそんな余裕ねぇよ、たぶんな」

――間違いねぇ。

視線をちらついた紅い影と、低い咆哮。
あれは真田幸村だった。
本当なら先鋒をつとめてもいい男がこのタイミングでなぜここにいる?
後からの合流?
それにしては忍びの動きも騒がしい……

――おそらく、もう・……

戦場まで間があるとはいえ誰に聞かれるとも分からないご時世。
敢えて口にはしない。
連れが小十郎でよかったと、本当に思う。臨機応変さでいえば、鬼庭や成実でも構わないのだが、こういうとき無言で察しろとなると一番都合が良い。

「多分、と申されましても」

そう困ったような顔をしながらもテキパキと後方に指示は投げかけている。

「勘だ。だが、絶対に出てこねぇ。次は勘解由に連絡を。黒はばきを散らせ。北条はいい。上杉もだ。味方には知らせるな」

その命は、織田のいない今、上杉と組んだ毛利らも除外し……味方=不可侵条約中の織田の残り組(豊臣、徳川、前田ら)以外――自然と武田を示すことになる。
小十郎が息をのむ。

「……」

一瞬の間。

「Okey?飲み込んだか。分かったらさっさと伝令だ」

「はっ」

ここで続くものは少ない。本体は、あくまで小田原への指示をしてあり、こちらは本来偵察の二陣だ(何せ高見の見物で今回は大丈夫という牽制だったのだから)
だが今から始める追撃戦は、小田原の仮部隊への牽制から、本体を含めての本気の合戦となる。
小十郎はもちろん、さしもの政宗とて、武者震いがきそうだ。思ったよりも、早くきっかけをつかんだ。若すぎる、信頼がおけない、理由がないと遠ざけられた「同盟国の、本能寺後の織田平定」。その意趣返しの機会がやってきたのだ。

「安心しろ、やつらの狙いはうちじゃねぇ。(小田原で)篭るよりはCOOLだがちと舐めすぎだな」

――漁夫の利ってのはこうやって、とんだよ。

下唇が乾いた。
なめれば、奥州寄りはぬるい、だが乾いた風に傷をさらわれ、ざらつくような痛みと血の味。


最初から誰かに手伝わせる気などないのだ。
政宗は、小十朗が言葉どおりを伝令の黒はばきに伝え、次の戦略に頭を切り替えた。

数日後、北条は自らが武田にとろうとした先方で、伊達から背後を突かれ、あえなく退却。
そのまま勢いを増した伊達軍は小田原を包囲する。
北条氏政は討ち死に。

この報が入って、同盟国、徳川は、珍しく「出し抜かれた」と歯ぎしりをする。
「本能寺後の平定」に伊達を加えなかった決断をさぞ悔やんだことだろう。
また、皇室を巧みに利用して三好・松永後の一国を戴いた秀吉側の軍師、竹中半兵衛にしても、予想だにしない展開に目を見開いたという。

すべての切っ掛けが、まさか政宗の勘。一瞬すれ違った虎の若子の反応とは思いもせずに。
時代が流れていく。

後ろから順番で御免なさい。最上攻めへの布石。ついでに武田かくよ、の手前。