竜と見える(SIDE政宗)   >慶次・政宗

派手な傘を持った男が、陣のそばをうろついている――政宗がそう報告を受けたのは、武田が不可思議な撤退を見せたわずか数日後のことだった。
このタイミングで、あいつが来るとはどういうことか?
一通りのシミュレーションをした後、北の竜は自ら腰を上げた。
家臣は勿論小十郎も止めていたが、最後にはおれた。

「正直、今回ばかりは自ら出てくるとは思わなかったよ」

「ああ。……だろうな」

囲いの内側に入る予想通りの長身。
すらりと併せ持つは、槍の代わりの大きな傘。朱色のそれは、誰かを思わせて、じりじりと政宗の内に侵食する。
丁寧で繊細な持ち手の細工と、堂々と描かれた鶯の模様。
戦う意思がないというよりも、これではどんな酔狂かとさぞ兵士に笑われたろう。
だがそんなことは意にも着せず、歌舞伎者――前田慶次は珍しく控えめに笑みながら、こちらに礼を述べてくる。

「いれてもらえてよかったよ」

助かった、と。感謝をすると。改まって言われると、政宗としてはバツが悪い。すんなりと通ったことではないのだ、今回は。

「アンタにしちゃ珍しく低姿勢じゃないか」

「そりゃ、まあ。時勢は読めてる。――風来坊として訪れたとしても他の陣営ではこうはいかないってことも分かるさ」

「HA、そりゃよかった。奥州は雅を介する地だ。ま、ここは本拠地(おくに)じゃないが、伊達の気概は土地に支配されない」

「だろうね」

後ろで青筋を立てている小十郎が見えているだろうに、そう返すのだから、やはり風来坊は肝が据わっている。
慶次の度胸、まっすぐな姿勢は幸村とは違う意味で政宗を刺激するものだ。それは今もかつても変わらない。

――だが……。
コイツは聞いてきている。

政宗は確信をもっていた。
慶次はおそらく撫で斬りの件も、おそらく北条との件も、知っているのだ。
歌舞伎者だからこそ、その情報は誰より早い。
無論、伊達とて戦中でなくとも網目ははっている。
黒はばきの諜報が、慶次の動向もある程度は掴んでいた。

「武田と、岳ででもすれ違ったか」

半分はあてずっぽうだ。
しかし、その実半ば有っていると思っていた。

「――」

慶次は眼をみはった。
語るに落ちたなと、竜は嗤う。
隠ぺいする気も、気づかせるつもりもないだろう。
政宗とてそうだ。
ただの風来坊から何か情報を取り出そうと思ってはいない。
打算はなく、ただそこにあるのは通り過ぎる「自由」。
であるからこそ、逗留を許した。
わずか半日、短い期間ではあるが面会だけでなく、自由にさせている。それが毎度のことだった。

――でもな……今日は違う。だろう?

説教か、あるいは説得か。
何かは分からないが風来坊は無為に争うことを嫌う。天下を競うこととて、彼にとっては無為に他ならない。何かを荒らし、奪う行為に「大義名分」をのせることを厭う。喧嘩や男の戦いを認めても、「為政者」としての意義は一切解しない自由人、それが前田慶次が風来坊と呼ばれる所以だ。

その風来坊が、敢えて国に口を出すかのか?
さもなくば、決別を表示に来たのか。
政宗には、彼の意思だけが不透明に見えた。
慶次とこの場ではっきりと立場を違えること――残念であってもその現実は分かるというのに。
彼の思いはどこにあるのか?
飾る言葉や、遠まわしな聞き方はもう通用しそうにない。ぽろと、口を飛び出していた問いは――

「――お前は何をしにきた」

「はっきり聞いてくれるね」

「何が狙いか、ないってわけじゃないだろう。今回は違う、そのことだけしか今の俺にはわからねぇ」

「狙いも何も……」

「わかってる、利用としてのことでないことはな。けど、忠告か、尋ねたいことか、用件はあるんだろ?」

「――しいて言えばその言葉をもらうため。もう俺が聞くことはないな。今そう、分かっちまった……。本当は敢えて聞かないでおきたかったけど……いや、敢えて聞いた方がいいか」

「――残念だが」

そうかもな。
答えれば俯く顔に、揺さぶられるものがないわけじゃない。
それでも……

「本当なのかい?……撫で斬りの話さ」

「だったら?」と問い返すほか、伊達家としては出来ない。
過ちを認めることになるからではなく、その正しさを信じることでしか過去は訂正できないからだ。

「竜が正気を無くしたか疑いもしたが、そうではないらしいね……。ならばもう」

「かける言葉はない、か。やけに物わかりがいいじゃねーか」

「いや――」

見損ないも、貶しもしない。失望はするが、勝手に期待をかけたのはこちらだと、慶次は続けた。
言葉の詳細を聞き取ったはずにも関わらず、政宗の脳裏には残らなかった。
響いたのは、言葉でなく、理論でなく、ただただ前田慶次という男の深い悲しみと同情だ。
与えられたくなかったそれに、殿として変えるものはなにもないが、個人の政宗として堪えるものもある。

――それですら受け止めるために、此処にある。

声を出そうと後ろから小十郎が話しかける気配を感じ取り、手でそれを制すと、

「いいのかい?」

何を言っても無駄と悟った顔で再び問いかける慶次に、しっかりと向き直る。

「――」

走る沈黙に、じっくりと見える竜と風来坊。
粋な朱の傘をかざした表情は、予想よりずっと穏やかで、政宗は一瞬ひるみかけた。
慶次は気付いていたのだろう。
でも何も言わない。

少し前の彼ならば、もっと食ってかかっただろう。理想ではない、それは独眼竜ではないと吠えて、変えさせることに必死になったはずだ。
だが、今は違う。
彼が変わったからではなく、その腹はきっと同じ熱さに満ちているに違いない。

――ただ、俺が……

変わらない、と選んだと悟ったか。
変われない、ではなく、変わらないと覚悟を決めて、挑んだ先の戦い。
確かにねぶり殺した中には、明らかな見せしめもあった。極力なしにと思ってきた倫理を一歩踏み込んでそれでも進まねばならぬ現状を、自分は選びとった。
そこに後悔はない。後悔をするくらいならばするではない。それを全て背負えと、かつて自分の師――虎哉が言ったことを踏まえて、「殿」になった。

「――鳥になりたいと思ったことはあるがな」

だが、自分が選んだのは「伊達の当主」なのだ。
殿としての決断なのだ。

「人だからこそ恋も出来るってもんだよ」

「恋がどうかはわからねぇが、人だからこそのことは分かる。人も悪く思えねぇ。だから、それは敢えて次を選ぶならの話だ」

別の人生であれば自由や恋を謳歌するかもしれない。
だが今、その選択はしない。
周囲が何事かと口を挟む前に、二人は会話を終える。

「そっか」

風来坊は軽く相槌を打った。
あるいは決別の返事だったのかもしれない。

オフで収録した隠れ野の続きが更にありまして……その更に続き、もうがんがんアップして煽らないと全部かきあがらねぇというわけで、怒涛の更新です。時間軸的には、蒼紅〜の前、政宗が武田の異変に気づいた直後です。慶次はその前に……某人を拾っているところ