織田信長、高校三年生。
出席率悪し。成績よし。
なぜか校内では生きた伝説の人と称されている。
が……校内に本人がいること自体が珍しいくらいなので、理由は定かではない。
* * * *
それは、濃姫と再会間もなく、二年の夏のこと。
その日、信長は暇だった。
授業があるのに暇というのはどうかと思うが、ダルいから「暇だ」と決めこんで教室を抜け出す。
成績のせいか、オーラのせいか、教師も特に信長に文句を言わないから、問題はないだろう。
――帰るのは帰るのでかったるい……
階段を降りながら行き先を吟味する。
「……保健室にするか」
心持体が重いように感じる。
前日に、妹のわがままに付き合ってディズ×ーランドとやらに連れて行かれたことが堪えているのかもしれない。
過去と比べるわけではないが、今生……市が子供の頃ですら見たことのないような夢中さで、お市は久々の「兄さまとのデート」とやらを楽しんでいた。
その浮かれようはびっくりするほどだったから、ついつい振り回された自覚がある。
正直、年の割にたんと幼い妹を甘やかすことは、今世のひとつの楽しみになっているのだ。
だが、今回はやりすぎたなと、信長は思う。
前世と違い、体力が無尽蔵ではないのだ。
これはさっさと仮眠をとるに限る。
次の時間が終わるまでには戻っているだろうから、その後のんびり帰ればいい。
階段をゆっくりと降りて、左に折れると壊れて右側がだらしなくぶら下がった保健室のプレートが見えた。
どうせだれもいないことは分かっているので(保健医は職務怠慢で有名だ)戸をあけて、気兼ねなく中に入る。
三つほど並んだベッド。
シーツの白さと柔らかさに誘われるように、窓際を陣取って、カーテンを引く。
これで、周囲と完全に世界が遮断された。
「……………」
ほっとする。
どうやら自分の体は本気でお疲れの模様だ。
「軽い戦と同じくらい気力も体力も使ったかもな……」
雑誌の取材が来てもいいほどの美少女(同級生談)のはずなのに、どうしてか人ごみにまぎれるとさっぱり見つからなくなるお市を探し、園内を何周したか思い出そうとしたが……目を閉じるとすぐに眠気に襲われ、数分も立たず信長は落ちていた。
* * * *
向こうで誰かが怒鳴っている。
――うるさい。
眠いのだから、無視していいだろうか。
だが、これがばれたら市が泣くし、帰蝶もあれこれうるさいだろう。
面倒は面倒だが、別段病人を捨てたいわけではない。
ベッドを抜け出ようか、信長が思案した直後、派手な音をたてて扉があいた。
「おーい先生、いないのかぁ?急患だぞ?」
乗り込んできたのはからっとした笑顔を持つ、短髪のよく日に焼けた男。
そこかしこに傷があるのは、ご愛敬とばかりに、肩に人を背負ったまま、身軽にも片手片足でドアを蹴破ってきたらしい。
前田利家。元信長の家臣である。
ちなみに今はかかわりは特にない。
「おお、ベッドはあいているのか。まつがいった通りだな」
――相変わらずあの嫁と一緒なのか。
前田とは会っていなかったが、実は篠原まつとは会っていた信長からすれば「まあそうだろうな」程度の感慨でしかない。
カーテンごしにのぞき見えたネクタイは確かに緑だったから、おそらくは二年なのだろう。
入学時に、武田と上杉を見かけ、下級生として帰蝶が来た。
ちょっと集まり過ぎだという気はしたが、さすがにもう驚くこともない。
と――少なくともこの時点までは思っていた。
「うーん、仕方なし。ここは、ベッドに寝かせておくしかないか。これ、大丈夫か?はきそうならまた便所につれてくが……ああ、いいところに洗面器が!」
「…………」
本格的な病人(しかも吐き気を催している)の横でサボるのはどうかと思う今生はただの人、魔王信長。
だが、今出て行ってこれ以上悪戯に過去関係した人間と知り合うのはどうかとも思う。
家臣だった、とはいえ、前田家はのほほんとしていたし、自分もあまりあそこを巻き込まずにすんだ記憶はある。
それにせよ――武田のように仲良し主従ではなかったし、再会後を楽しむようなゆとりまではない。
今も失われていないと一瞬で分かったあの前田らしい明るさが削がれてはもったいない。
――ならば少し待つとするか。
ひとまず病人とやらの様子を伺う。
吐き気はおさまったらしい病人は疲れ切っているのだろう。
利家の背中でくたりとしているようで、いまだベッドにおろされていない。
「おうおう、取りあえず横になれよ」
利家がおろしたらおろしたで、そこは信長からの死角。
まあこれ以上因縁もないだろうが、なぜか気配に覚えがあるように思えて、信長は眉根を顰めた。
「本当アンタ、顔色悪いなぁ。ちゃんと飯くってるか?待ってろ、今まつのおにぎりをもってきてもらうから」
……と、何やら携帯をいじって、彼女(なのだろうか?)を呼び出しているようだ。
横からは、「う……」と妙な呻き声が聞こえる。
――本当に重病人だとすると、ここは保険医を探すべきではないのか?
呑気に、食べ物が足りていないと決めてかかる利家を前に、出ていくべきかどうか迷う。
貧血か。熱射病か。空腹以外の可能性の方が高いだろう。
――睡眠不足ならばなればいいだけのことだが……
そういえば前田は怪我・風邪知らずだったな、と思い出せば、なんとなく相手のことが不憫に感じて、それとなく声をかける。(あくまでカーテン越しに、起き上ったばかりの患者のように、だ)
「その……どうかしたのか?」
返事はない。
当たり前だ。利家は絶賛電話中の模様である。(「おお、まつ!え?違う、俺じゃなくてだなっ。……そうそう。さっきの御仁だ。――貧血?うーん、なのか」)
代わりに、
「お気遣いなく……ちょっとした持病みたいなものです」
病人らしきから答えがあった。
大丈夫なのだろうか。声色は大分弱々しい。
「血を……ですね。見ると気持ち悪くなる……それだけです……フフフ……」
いや、本当に、大丈夫じゃないんじゃないだろうか。
嗤い声の尋常でない立て方に、ぞっとしない。
―― 一時期のあれ(お市)に近いせいか、それとももっと別の誰かに……
覚えはないのに、確かに何かを思い出させる気もしたが、「相当やばい病人」だと決めつけて、信長は、カーテンを開けようと、手をかけかけた。
が……
「おうおう、すまんの、病人。待たせて。今、まつめが来るから安心しとけ。何?大丈夫だろう。……にしても、ちょっとプリントで指を切ったくらいで倒れるとは繊細なお人だな。見かけからして、むしろ【血でも啜ってそうなタイプ】だと思ったんだが」
――血でも啜っていそうな……?
それではまるでドラキュラである。
というよりも、もっと早く該当するのは――銀の長い髪でゆらりゆらり幽界をさまようような、かつての部下。
何度も暗殺を企み、企んでは殺すのがもったいないという理由で止め……やめては殺したいと鬱々と語った病的な――
けれども、一瞬浮かんだ名前をかきけすように、横の病人は、利家に自分の性質を告白をしている。
「いいえ、私、血は全く駄目なのです。ふふ、この間など蚊を叩いて思わず卒倒しました」
「へえー!そりゃ難儀だ」
――……いや、違うな。あいつならば、蚊などとはいわまい。
女であろうが、子供であろうが、血が出るものは好物だったはずだ。
アレはむしろ泣きわめき血を流すもののために存在しているような人間だった。
もちろん今生でそれでは、ただの変質者。あるいは犯罪者だろうから、生まれ落ちていたとしても、こうも平和な学園では会わないだろうとふんでいる。
が……
信長が、どうしても腑に落ちないことに、利家以外の一人の気配もよく知っているものに思えてならなかった。
もう一度考え直してみる。
気配に慣れ親しむほどのものというと、
・蘭丸――これはない。子供でなかったにせよ、あのものは明るいオーラと健康がベースだろう。
・長政――これもない。馬鹿が付くほど正直な男だけに、気配もまた同じ人物だと隠すことをゆるさないだろう。
他にも一応思い出せば北条や伊達、武田、上杉も同時代かかわりはしたが、気配に親しみが持てるほどの付き合いはない。
どうにも気になってカーテンを開けようともう一度手をかけたところ、
「お隣の方、先ほど親切にしていただきましたので……」
向こうで相手が利家にそう返した声が聞こえる。
「ほうほう隣のひともおきとったかー。では、すまんが、お隣の人!もう元気ならこの人のことを頼むわー。ちょっとまつから飯をもらってくるー」
「……ああ」
そしてさっさと利家は去ってしまったらしい。
――やむを得まい。
マシになったとはいえ見はれと言われるほど顔色の悪い病人ならば見ていてやらねば。
信長はカーテンを今度こそ開け――
「………」
「………どうか致しましたか」
「……ああ」
「?」
顔色の悪さや、薄気味悪い嗤い声に納得する。
「――血がダメ、か」
「どうしてか分かりませんが、何か胸につまったようなむかむかする感触があるのですよ。なぜでしょうか」
理解してしまう。
あれだけ前世でやらかせば罰も当たって仕方ない。
「………ああ」
似ているなんてレベルじゃない。
これは本人なのだろう。
目の前の……体を起こしかけた明智光秀はくらりと、いつものように揺らめきながら枕にダイブしていた。
「因果、か」
取りあえず、できるだけかかわらずにいよう。
その方が彼の頭痛を増やさずにすむ、そう踏んで
「大丈夫そうならば、すまないが俺はそろそろ――」
「ええ、大丈夫です、いつものことです、から――………魔……」
「っ」
「?何だろう。何を意味の分からないことを……。気にしないでください。無性にあなたのことを知り合いのような、そうでないような扱いをしたくなり……」
「病の不安からだろう。安心せよ、そのうちあの者も戻る」
つい、口調が過去に戻っている自覚はあったが、これが最初で最後だ。
自分を戒めて、信長は保健室を後にした。
血がダメ、とあっては、思い出すだけで苦しいだろうと思いやると同時に、本質を知る者として「過去のコイツ、野放しにしたら今は完全に犯罪者だ」と容易に想像してしまったからである。
明智光秀。
高校一年。
あれから一年たって、現在は二年。
今のところ、信長との交流は――ない。
結局、深く交流を持つようになるのは、前世同様連れ添うことになる帰蝶から、「従兄弟だ」と紹介されてから。
この段階では、光秀は信長の脳裏には「起こしちゃいけない変質者」としてインプットされていたとか。
END?
まあ最初から誰だかばればれだったよねという説もあります。
引き続き (前世の分思うところあって)妹猫っ可愛がりな今世の織田殿をお楽しみください。