「「「「「「「きゃああああああああ」」」」」」」」
舞台袖にはけても、観客の悲鳴はやむことがなく続いていた。
いつものことなので、アンコールも二度までに押さえ、急いで楽屋に戻る。
この後移動をして、一時間後には打ち上げだ。
「社長は中盤顔だけ出すって」
「そうなのか」
「うん。――て、なり、大丈夫?」
顔色が悪いよ。
慶次が思わず覗きこむと、珍しく「ああ」と元就から肯定の返事があった。
「大したことないが、さすがに疲れたか……」
「だよなー。東京から仙台いって、長野いって、名古屋いって、大阪、神戸、京都、神奈川、そいでもって東京、さすがに疲れるって」
「これでしばらく貴様等と顔を突き合わせた生活から解放されると思うとせいせいするわ」
「またまた……そんなこといっちゃって。てか、幸村のことなら放っておいて大丈夫だっていったのに」
「気になるのだから仕方あるまい。外に押し掛けてくるマスコミ陣の対応はもうさすがにわかっていようが、あやつは隙が多すぎる」
「何その、あの子、目を離すとどっかいっちゃうんだから的な………………まあさして変わらないか」
幸村はこどもだからな。
きらきらと目を輝かせてはねまわる噂の彼を思い浮かべていると、ふと、じーっとこちらに向かう冷たい目に気づかされる。
「冗談」と付け足せば、「ふん」っと顔ごと視線をそらされた。
――実際ホテルで缶詰だった間、ナリ様はゆっきーのお守ばっかしてたからかな。
もともと神経質で、他人がいると寝られないと豪語していた彼だ。これでもだいぶ打ち解けたと思っていい。
ふうと息を吐いてから、慶次は、話を変えることにした。
今日の客へのつっこみは今日中にいれたい。
「そういえばさ……今回はどうだった?」
前日まで、今回のツアーで「恒例行事」と化していた「へんなウチワ探し」。
とっておきを見つけては話の種にする。
――実際おもしろいあおり文句なんかには、答えたくなるし。
うちわからファン層もわかるので、いいマーケティングだと元就も、この話題に加わわってくれるのだ。
さすがにツアーを一緒に回るにあたり、寝食移動をともにするとなると、コミュニケーションをある程度とらねばストレスになる。何かのおりに問題も起きやすい。思い知った結果の歩み寄りだったが、途中からはそれなりに打ち解けて、今や当たり前の話題の一つになっている。
「でもさ、なんでこうもナリのファンってМだらけなんだろうね」
「知らん」
「ってことは今日もみてたんだ」
「【見下して】【蔑んで】あたりは、またあったな」
「どんまい。きっと同じ子だよ。神奈川んときと」
「違う……」
「え?」
「神戸で幸村がみて、漢字が読めないといっていた」
「蔑む?」
「ああ。だが今回は平仮名だった……」
フォロー不能。
「まあ、いつものことだ」と苦々しく呟くナリ様には、どうやら自分自身のキャラづけが見えていないらしい。
――ファンからすりゃ立派なエスキャラだからなぁ。
慶次の脳裏に、「エスは打たれ弱いんだぜ?」といつだか、ぼやいていたどっかのバンドマンがふとよぎった。
が、兎にも角にもフォローのしようもないので、
「はは、確かに今回その手のウチワ、また増えてたかも……」
あきらめて事実を口にした。
「でもさ、自分の名前?かな。今日なんか女の子の名前のウチワあったじゃん。あと【飛び降りて】とか……何考えてつくってんのかねー」
「――ああ。さっきの回、Aブロックあたりの最前列で【踏んで】があった……」
「あ、俺も見た!」
「いったい、それの何が楽しいのだ」
ナリは頭を抱えている。
「キスして、手ふって、あたりの【お願い】ならば、実際うれしいのだろう気持ちも想像できるが……理解に苦しむ」
確かに言われてみれば異常なうちわかもしれないが……。
慶次からすると、なんとなく彼女らが求めているものがわからなくもない。
――なんせナリの場合、コンサートごとに幸村に対して厳しくなってるからなぁ。
注意するタイミングやら、そのままのノリで観客に接してしまう癖やらが相まって、どんどん彼の【エス度】を露呈することになっているのだろう。
「………うん、女の子の不思議だよね」と答えるも、食いついてしまうファンの気持は分からなくはない。
(たまに行く友人のライブでも、Sっ気のある発言に顔を赤らめる女の子というのは結構な確率でいるのだ)
オブラートに包んで答えたものの、流石にフォローもいるかな?と取りあえず口を開く。
「まあよかったじゃん。一時期あった、【一緒なら死ねる】とか、ないし」
「……」
これがよくなかったのか。
ナリ様はますますがっくりとうなだれてしまった。
「大丈夫。幸村なんて、【「ただかーっつ」やって】とかかかれてた」
「それは、お笑い好きがばれてるにしても不可思議だな」
「変だよねー。ゆっきーは『無理無理』って手ふってたから、それで満足してんじゃない?反応もらえたわけだし」
「ああ……あやつなら…そう反応するだろうな」
それで「ゆっきー、可愛い〜〜〜〜」と叫ぶファンの姿が目に浮んだらしい。
遠い眼で、答える元就。ことナリ様。
「にしても……出来ないことばかり指定されても困る」
【蔑んで】【見下して】【踏んで】……出来なくはないだろうが、「どうしろと?」と叫びたいところなのだろう。
元就の顔をみれば、ただでさえ深かった眉間のしわが凄いことになっていた。
――まー、そのエスっぽい発言どうにかしないと無理だってことなんだけど……言ってもわかんないだろうな。こいつ……
幸村とは違う意味でナリ様も天然なのだ。
売り出しに策を練って頑張っても、結局一番売れる理由は結局なんとなくにじんでくるそのアクドサだったりするのだから救われない。
「あーまあ、それだけ熱狂的なファン生み出してるんだから、そのままクールキャラ路線でいいと思うよ」
――それ以上になんかツンキャラとして固定させられちゃってるってことは黙っておこう。
うん。心の中で大きく頷いてフォロー終了。
元就の方も、飽きてきたのか、「もうよい。それがいいが……」と別の方向に話をふるつもりらしい。
「ん?なに?」
「貴様、別の事務所のウチワをもってこられたりせぬか?」
「え?俺?別のって……ないと思うよ」
――うちわネタはまだ続けるんだ。
珍しい。思いながら答える。
「仲がいいではないか……」
「?……あー」
敢えてはっきり主張はしないが元就が言いにくそうにするということは、ガモーズに次いで大きい二番手――奥州プロだろう。
――ALASTORか……
そもそもは慶次がファンであった、今は仲良しになっているバンドである。
オフにしょっちゅうライブに行っているので、元就も知っているのだろうが……
「ないない。だってあそこはバンドだし。ペンライトとかタオルはあってもウチワって発想のファンはいないしね。それにALASTORファンは知ってるけど、こっちのファンでそこまで自分を熱中して追ってくる子はいないから。まだそんなにヘビーに出入りしてるってばれてないから」
「そうか……」
「うん」
「…ならばいい。ところで、ウチワで思い出したが今日のコンサートは、やたらと浴衣姿が目立っていたがあれは例の発言のせいか?」
「そうっしょ!浴衣の子、多かったもんなぁ。おもしれー」
そこに、「失礼」と、幸村が正確には元就と慶次の間を割り込んできた。
どうやら取りたいものがあるらしい。
――てか、噂をすれば影じゃん。
忘れていたらしい財布をとろうと手を伸ばした幸村の肩をとんとたたいて、そのまま、
「な。ゆっきー」
同意を求める。
「浴衣多かったな?」
すると……その「元凶」の彼は唸り声をあげた。
「お、おお……そうだ。だが、なぜなのだろう」
向けられるのは「?」マークが飛び交った、明らかに【わかっていない】顔。
「ファンもファンで分かりやすいにもほどがあるが……本人が忘れてるとはな。報われぬものだ」
元就がコメントをくれても、幸村に思い当たる節はないらしい。
「ほんと、覚えてないわけ?……幸村だろ?前回、浴衣姿が風流だって、発言しちゃったひと」
だからだよ、今回増えたの。
教えてあげる。
「お、おお……?だからか。不可思議に思っていたのだ。わかってよかった」
――いやいや。こっちに素直に「感謝」されてもねえ……
「ほんっと天然だねぇ」
まあ、そのあたりが幸村のよさでもあり、ファンをつかむこつなのだろう。
――ナリもこの10分の1くらい、素直さを出せばいいのに。普段ツンツンしてっから、ああいうファンばっかつくんだろうが。
思うが、変わらないからの天然な【二人】
二人に比べれば、好き勝手やっているようにみえて、実は一番割り切って仕事をしているかもしれない。
思わず苦笑がこぼれた。
「それはそうと、即座にファンがリアクション返しするとは思わなかったな」
「ああ、うん……」
元就のいうとおりだが、これはこれで自分なりに確かめてみたい気がする。
慶次はふと思いつきを口にした。
「指定された格好でくるとか、おもしれー。俺も、ちょっと明日あたりMCでいってみよっかなー」
――敢えて、なっかなかみられない服装?あとあれか。やっぱミニスカ?テンションあがっちゃうよねぇ。
これは少し練っておくべきだ。
そうして、口にしてからはっと気づいた。
普段、そんなことをいおうものなら、「ファンをなんだとおもっているのだ」とお叱りを飛ばしてくる元就が、さっきからおとなしい。
そればかりか、隣で静かに唸っている。
「そういや、ナリ、誰のウチワ見せられたの?」
――ウチワってことはうちの事務所か?
ごく自然の疑問だったのだが……
「っ……」
首を傾げる慶次に、元就は存外わかりやすい慌て方をした。
――うわー。
この様子じゃ、そのウチワにわっかりやっすく動揺してみせて、ファンの子、楽しませちゃったんだろうな。
また増えるぞーそれ……
案じながらも、害はないのだろうから敢えて(態度にですぎという)指摘は避ける。
「ま、女アイドルでそれやられたら確実に評判おちるけど、ファンの子はそんなことするくらいなら凹んで泣いてるだろうし、ないか……。はやりみたいなもんじゃない?俺も別にあいつらの名前があったらあったで相手にしないだけだよ」
「そうか――」
感慨深く頷く時点でそう簡単にスルーできる体質でもないことを表してくれているのだが、本人にいったところでこういうことは滅多に変わらないのだ。
――それより、まずは休憩っと。
さすがに長旅で、お互いになれたとはい疲れてもいる。
携帯をおいて、シャワーを浴びに部屋をでる。
打ち上げが終われば、久々の家だ。
――今日は松風とよるの散歩を楽しんで、明日のオフはライブでもみにいくか。
なければないで、オフのバンドスタジオに押し掛けて遊ぶのも悪くない。
天守閣は天守閣で、他は他で謳歌しているのだ。
同じようにそれぞれに別のところでも楽しんでいるだろう
元就たちに、慶次は小さく声をかけた。
「おつかれさん」
** * おまけ * **
「ツインテール、ありだと思う俺」
テレビでそんなこと言ってしまったせいだからだろうか。
翌月のコンサートではツインテールが結構な割合で会場にいた。
老若男女である。
男も、である(アリーナドセンターにいた)。
さっすがにこれにはビビっていた慶次だが、その日のコンサート打ち上げで結局大笑いしてるあたり、肝がすわっているというかたちが悪いというか……
「あっはっは!マジすげー。あんまリアルなツインテールってないよね。こないだ、漫画ん中にはいるけど、あんまないようだなとか友達が離してたからさ。これで自慢できる」
「まああまりやるとよくないような気も……」
最初に口走って浴衣姿を増幅させてしまっただけに、それ以上強くいけない幸村。
その、横で、元就が釘をさす……これもまたいつもの光景。
なのだが――
「いつか刺されるぞお前」
元就の放った一言に、なんとも微妙な沈黙が流れた。
至極まっとうな意見のはず……はず……なのだが……
「「――いやいやいやいや」」
慶次はもちろん幸村もさすがにそこには反対せざるをえない。
何をって、元就がその台詞をはくことを、だ。
なんせ、
今日も今日とて元気に【踏みつけて】ウチワをかざされ、
立派に入り時間にはストーキングにあい、
苦虫をかみつぶすような勢いでアンコールで掴まれた足を振り払って楽屋に逃げ帰ってきた、
そんな元就である。
「お前に言われる!?」――というのが残り二人の正直な感想。
もちろん、当人はさっぱり気づいていないため、
「注意をした方がいい」
いたって真面目に忠告し、裏門へむかっていってしまったのだが……
「ありゃあ、本当にことによるとゆっきーより天然だよな……」
ぼやかれても仕方ないところ。
願わくば、その天然っぷりを発揮して、それこそさされたりしませんように。
強く願う慶次であった。