兎の刻の同盟  兎刻衆(四時衆) (SIDE利家)   >利家・家康
【SIDE 利家】

 三河、家康統治下の寺に集合がかかったのはある日の午後四時のことだった。
 声をかけられるは、織田勢――あるいはそれに比類する、織田の縁者、関係者だ。
 といっても、本当に正規の織田軍に属する者は少なく……かつての人質、盟友、飛び地を任された者がほとんど。
 呼びかけた家康と、織田軍下をまとめた前田利家は先に着き、装備もとらずに会話を交わした。

「目的は……」

「わかってるぞ、竹千代」

 利家は家康に目配せし、「こなかったものがもっとも怪しい」と素早く答えた。
 家康がさもありなんと肯くのをみて、付け足す。

「信長公を亡きものにと考えるものは多いが、実質手を下せる範囲は限られておる」

「忍びを活用できるは武田、伊達、上杉……だが、今彼らにその間はない」

「身内を疑うが確実か」

「少なくとも協力者なくば、いくまい。だが、そんなことよりも――」

「武田」

 家康の言葉を引き継いでの利家の指摘。
 武田は、信長の命令をもってしても、できることならば戦いたくはなかった軍勢なのだ。
 その虎の群が、今を好機と上洛求めて、進度を速める。
 勢いは破竹のごとく。
 風林火山の旗の進路は今やまっすぐこちらへと伸びてきている。

「止められるか……」

「止めねばならん」

 さもなくば明日はない。
 そういう位置づけにある、だからこその「同盟」なのだ。

「誰かが裏切ればすべてが無駄死にに」

「だからこそ、織田を売ったものの確認もせねばならん、か」

「皮肉なことだ」

 利家は息をつく。
 むきあう家康は、重い兜をおろし、「だな」と、横によけた。
 そのまま、間をもたせるかのように、庭を覗く。

 時を知らせる影が短く傾いていた。
 丑の刻。
 集合までわずか二刻と迫っている。

「柴田殿、佐久間殿、丹羽殿、お着きになりました」

 横から、家人が他のものの到着を告げる。

「おう。通せ」

 答えながら、互いに脳内の帳簿を書き換える。
 ここまで裏切りものはなし、と。

 ――はたしてそうであろうか。

「犬千代、誰か気にかかるものでもおるのか?」

「いや」

 誰も彼も信長の直属家臣として武名を馳せるものばかり。
 織田が消えたことで、自分らは足場が一気に危うくなった。頼らぬよう、独立してやってきたとはいえ、魔王の影響は濃く――はからずも、それを再認識させられている状況だ。

「まつも言っていた。身内を固め、使えるものは使う。備えるだけ備えたら後は寝て待てと」

「ああ。そうさせてもらおうか。それより堺――豊臣が協力を名乗り出たが、受け入れてもかまわぬな?」

 利家は、その名前にはっと顔を強ばらせた。
 家康もきづいていたのだろうが、静かに口を閉じ、「そうか……」と深く肯く利家に一別をくれる。

「堺衆の武器なくして、武田は押さえられん。ことによっては運がよかったといえる」

 勝つためにはとはいわない。ここを凌ぐためには何だってする必要がある。
 ――豊臣の参加は決まりのようなものだ。

「だが……竹中半兵衛は」

 言い淀むのは、何故か、自分でも分かっていた。
 だから、利家は「そのあと」を言葉にはしない。
 家康相手であっても、下らぬ私事に惑わされたと思われては困る。

「犬千代、慶次と豊臣に因縁があったことはきいているぞ。まつ殿も心配しているが――」

「ああ、分かっておる。堺衆の代表として、あいつらが出たのは意外だが……」

 堺衆とは、堺に固まった有力な商人たちの寄り合い。
 文化に通じるだけではなく、よそとの貿易にまで手をだしており、物資・銭には困ることがない彼らを味方に付けられることは願ってもないことだった。
 何せ堺には、自治があった。かつては三好、松永、本願寺、さらに信長が納めたこともあるが、どの自分も、千利休はじめ、有力文化人がいて、堺を武家に委ねることよしとしない。
 そのまとめ役として、有力商人から出たとはいえ武将――秀吉たちが認められ……あげく、武田側でなく、こちらに武器を流し、あちらの物資を止めてくれるというのだ。

「断るよしもない。それに断れる気もしないな。竹中半兵衛たちは、親書として同盟に加わる旨を【勅命】で持ってきたときく。……なあ、それは本物なのか?」

「ああ、徳川方に、と。藤紋が入っておった。間違えなく仙洞御所のものだ」

 家康にあっさり明言されると、さしもの利家もぎりと、歯をかみしめた。

 ――今天皇家として立てるのは誰のおかげと思っているんだ……。

 不遜になるから口にこそしないものの、一番近くでその復興を見てきた利家からすればたまったものではない。
 将軍家が、荒れ地と化した京で不遇を受けていたさい、手をさしのべたのは信長だった。
 織田は魔王と呼ばれる一方で、文化を守り、天皇家の建て直しをはかり、屋敷を揃え、着物を整え、ついには、先ごろまで出来なかった式も行った。

「――犬千代、あんまり怒んな……。ワシは、信長様に恩を徒でかえす気はないと思うぞ。勅命であればこちらとしても動きやすい」

 願ったり叶ったりじゃないか? という家康に声が震えて聞こえ、利家ははっと顔をあげた。
 ワシだって怒ってないわけじゃないぞ、と無言のうちに伝わるものがある。
 「武田を追い払うには有難い。気休め程度だが、そういうもんだろ」

 その程度に天皇家の地位も信長に復権された。折角だから利用しよう?
 信長を偲んだ同志の響き。

「そうか」
 …と利家は、今度こそ素直に頷いた。

「敵の敵は味方という……。一時くむだけならば、これほど安全なものもない」

 戦いはわずか半刻で始まる。
 味方がいかに多いか、少ないか。
 今図るものは何もない。
 だが、忠義を感じて集まるものは、間違えなく武田と最期まで向かい合うのだろう。

「つかぬは、我らの敵。ついたものは、ひとまずのとも。刹那的であれど、今は確約がほしい」

 今度の戦いに限りで十分な絆。
「ひとまずでも、か」と呟いて安堵する自分に、利家は肩を竦めた。
 本当ならばずっと長く手を組めるところと手をくみたい。だが乱世、徳川と自分たち織田の直接の配下とて、立ち場は違い、いつまで手を組めるとも分からない。
 
 ――それに……

 こだわらぬといいながらも、あの甥っ子のかつての友人らにはどこか悲しいものを覚える程度に、自分はその仲互いを残念がっているのだろう。

 ――そうだ。信長様を裏切るものがいたことも……

 残念でならない。
 そして、その残念だと思う人物が既に、自分の中で浮かび上がることがまたどうしようもなく遺憾だった。
 乱世に限らずとあの器の大きさはなかなか人に受け入れられるだろうことを、利家は感じていた。
 魔王の下は決して一枚岩ではなく、烏合の衆でこそないがかなりばらついている。
 不意に、

「明智がまだだな」

 思い出すあの病的な鎌と笑み。濃姫の血縁だから、と思いなおしたくはあるが、あれもあれで完全な味方かと聞かれれば首を傾げる。(普段の言動が忠義に欠けるのも問題だ)

「疑うか?利家」

「来れば問題ないだろう」

 とはいえ、来るか怪しいとも言える。
 けれど――

「安心しろ。松永も、来ておらん」

「………………」

 裏切りの率でいえば、五十歩百歩どころか、前科二犯の彼に軍配が上がる。
 利害の一致さえあれば安心できる存在は、それ以上の「利」が別のところにあれば即刻切り替える頭の良さを持っている。
 味方と銘打つにあれほど不安を抱える相手も珍しい。(もっとも信長はそれこそを楽しんでいる節があったが)

「どちらか」と、利家と家康の間に妙な緊張が走る。
 口にはしないが、可能性が高いことなどとうにしっているのだ。
 やがて、沈黙に耐えかねてか、あるいは確定するより先に決めてしまったらいいことを思い出したのか。
 家康が口をひらいた。

「そういえば、伊達のせがれが入れろとわめくが、どうする?」

「放っておけばいい。武田とは組まないだろう」

 幸村との派手な戦闘を目の前でみたことの利家は確信していたから、そう告げる。
 そこは家康もまた同じ思いだったようだ。ふむ、と頷き、2,3、ぼそぼそと言葉を発した。
 奥州を見張るように、裏――影に向けて告げのだろう。
 一瞬、遅れて忍びが飛び立つ。


「……あいつは油断ならん 」

 庭のまつをかする影(忍び)と、その横で時刻を告げる影(その長さ)。
 やがて、利家と家康の間に再び静寂が満ちる。
 同時に、「殿!」と、誰かの到着を告げる伝令があった。

「豊臣、川尻、そして明智が、到着だそうだ」

「――疑惑は晴れたな」

 つぶやいて、座敷を引き上げる。
 おおかたの首謀者――裏切りの候補もまた絞られた。
 松永久秀。
 戦国の梟雄と呼ばれる男。
 信長が重用しながらも、唯一信頼しなかった武将。
 だが、その謀反者と相対するのも、よしんばこの戦いを終えて生き残ればの話だ。

「この戦いは最後になるだろう」

 つぶやいたは家康か利家か。
 あるいは四時に集う全員の気持ちだったかもしれない。

閑話ちっく。あんまり長く書くと 退かれそうなので適度に省略して 利家と家康の会話だけ。裏切り者だーれだ?の回。