「では、それを元に」
「ええ、動かせていただこうと思っているんです。僕たちは」
半兵衛は静かに頷いた。
上を向くには忍びなく、御簾ごしとはいえ、再び俯く。
実際も、利益上も敬意を評している相手だ。
――それに公家の心は三つあるという。
協力の書状をもらえても、それが相手方にないとも限らない。
「書状があっても武田はともかく織田の下がどう動くとも分かりませんよ、あの子の軍師殿。織田殿にはこちらも恩はある」
「対面を潰しはしません」
御上が、一応に、「秀吉の出自」を受け入れてくれていたとしても一義的でしかない。数少ない手持ちの札は切る他ないが、保険がかけられるのであれば可能なだけかけたいところだ。
秀吉も同じ心づもりなのだろう。
横を見れば、
「未来のために、喧騒のときは速やかに終えるに限る」
だから協力をと、本人が要請した。
ところがすぐに答えは返らない。
戻るは【かのひと】の面白そうな笑い声と、何かを含んだ言葉。
「支援はありすぎると疎まれます」
これでなんとかしろ。
そのひとはそれだけを残し、退出した。
御簾ごしの、近衛を見るに、公家との謁見が控えているのだろう。
「明智君が動いていないのならばいいけれど。いるとしたら厄介だね、秀吉」
「ああ、あのものが織田を殺めていないとしたら……いや。いるとしたら、公家の為といって自分がそれ以上の地位に立つことも可能だ」
「もっともあの彼がそうするとは思わない」
当たり前の分析で言葉を切れば、秀吉も「さすがにそのとおりか」と沈黙した。
「次は、」
どうするつもりか。
半兵衛は試すように、そちらを覗き見る。
自分が【軍師】として役割を果たす自負がある。だからこそ、秀吉自身の技量はいつだって疑っておかねば――測らねばならないと思う。
「打診を。堺は、武田ではなく織田の手伝いに出ると」
「送る先が問題だ」
「織田の家臣ではただの内輪もめに手を出すことになる。かといって、関係がなさすぎては意味もない。織田の処理に手を出す第三勢力……徳川だ。三河の徳川家康は、幼いとき、だいぶ織田にいたようだから」
「なるほど」
「秀吉、後は――分かるだろう」
「ああ、この機に乗じて名乗りを上げる」
「ここを押さえる国主はいなくなった……。堺の自治ではなく、僕たちの統治下にして、戦乱を凌ぐ。利休殿がよしとさえすれば」
「――しなければあるいは・・・・・・」
「よそう。仮定の話は好きじゃないんだ。時間もない」
「用意を」と、後ろに呼びかければ、控えていた部下から返事があった。口調こそ軽いがしっかり動くだろうことを半兵衛は知っている。
「君たちはさっさと、出城の用意を。武田の手強さは知っているだろう」
命令を携えてさっと退席した彼らに、秀吉は、静かに呟く。
「負ける気こそないが、あれらにとっても我らにとってもたやすい相手とは思わない」
「ああ」
「火縄を・・・・・・多めに用意しておいた方がいい」
「間に合うか分からなくても、次に武田をたたくときのために、か」
「半兵衛、期待しているぞ」
「……」
一瞬、返事を迷った。
任せておいてよ、とはいうには、あまりに大きい台詞だ。
相手は四千騎を超えるかとも言われる武田。既に「次」を考えていられる秀吉は、誇らしく思うと同時に、ひどく恐ろしい。
――あれだけの大軍を前に立ち向かえるか。
決死の思いの戦いというものは今回がある意味で初めてかもしれない。その前にせめて島津は攻略したかった。
そう、ふと西の勢力を思うも、実際考えるだけの時間はない。
「返礼がくるまでに数刻。次の策を用意するか」
家人不在の中、一言近従者に断り、退室する。
慣れ親しんだこの場所とて、信長により直されたもの。
だからなのだろうか。どうにも背筋をぞわぞわっとした感覚が走るのは。
武田の状況が見えてこないことをいぶかしく思いながら、秀吉の派手な衣装を横目に半兵衛は慣れない正装――袴の裾を忌々しげにさばいた。
裏側の二人。