「だから、ここをこうして……そう、そのまま筆を下に伸ばすんだ」
女生徒の後ろから支えるように手を伸ばし、筆を言葉どおり下に向かわせる。
指先がふれてびくりと震えるが、あえてそこは気にしない。
「うまいな……。もうちょっとかいてみようか」
余計な想いをもたれても困るが、まあそれはそれ。なんとでもなる。
(いざとなれば教師だからを理由に断ればいいし)
これだから薄情だだの、もうちょっとTPOを考えろだのいわれるかもしれない。
美術教師としてはこれで三度目の春。
経験もそれなりにある佐伯はある程度適度に気を抜きながら授業をできるが、別にこの仕事事態に不満があるわけでもない。
きんこーんかーんこーん
「さあ終わりか」
少しだけ離れようとしたそのとき、
「佐伯先生」
授業は終わった?
古馴染みの不二が部屋に入ってきた。
もう休憩だ。
「終わっていいぞー」
広い教室に声が届くようかけて、自分もデッサンから離れようとした。
生徒から遠ざかる前に、すぐそこまできていた不二が横からふっと顔を出した。
「ごめん、おわってなかった?……またセクハラしてるの?」
「不二、ちがうって……」
(役得だよね、って言われれば否定できないけどな)
彼女に、「この調子で続けておくように」とそれらしいことをいって返すと佐伯は苦笑して、不二に、
「飯は?」
「今日は学食はこむから、家庭科室で食べない?滝にかぎは借りておいたんだ。後で迎えにくるよ」
「調理実習はないんだ?」
「うん。本当はあると楽なんだけどね」
「滝に作ってもらう気だろ?」
「ああ、でも彼は気まぐれだから……」
言いたいことが分かる仲というのはいいのかわるいのか。
佐伯は、賛同しそうになる「だから」の後におそらくくるだろう提案に呆れつつ、それでも、と言葉の続きを引き受ける。
「菊丸をおだててオムライスでも食べとく、か?」
「そう。今日は体育は三時間フルだけど、乾の見立てだと実技演習は一時間目と二時間目だけで、その後の時間をもてあましてるはずだからちょうどいいんじゃないかな?」
「その前に、今日からきてるリョーガさんとリョーマ君もよんでおく?」
「いいね。昨日わざわざ小道具まで作って、登場演出まで考えた効果を見ずにはいられないよ」
「あとは裕太君か……。やっぱり、滝にも手伝ってもらえると助かるかな」
でも、……となると元氷帝の連中全員がきそうだ。
まあそれはそれで楽しいか。
(不二が適度に人数調整をしてくれるだろうし)
今日のお昼は大所帯になりそうだな。
不二のにこりとした企みの表情に同意を示して、佐伯もにっこりと微笑んだ。
計画は万全。
とりあえず次の授業が終わったら体育教務室にいこうか。
written by MAYMOON