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■ 速すぎるタイムテーブル
「……かったりぃ」
今日は監督がいない。
仕方ないが、林間の付き添いというやつで、たっぷり四日は戻らないのである。
その間のタイムテーブルを任された跡部は確認してため息をついた。
二日目。
練習メニューを練るにも何せ、正レギュラーから準、平まで数種類請け負うことになっている。
タイムテーブルを作るのは至難の業で――だが、呆れたことに引き受けてくれるマネージャーは尺八の全国コンテスト。学校を挙げての参加だ。だが、何故、うちのマネージャーが?と、跡部が苛立つのも無理はない。
「たまには任せてみるか」
ふと、思い付きを口にして、悪くないと頷いた。
今日は冴えている。
他の人間に任せて、そのメニューをこなしても問題ないだろう。
要するに監督業務さえ怠らなければいいのだ。
だが……。
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「おい……」
「なんや?」
近場にいたので忍足に聞く――できればもっと文句言いやすい人間の方がよかったが、残念ながら樺地はまだ部活に来ていない。
何でも押し付けられた委員会に出てから来るらしい。
「一体、どうなってんだ?」
予定通りメニューを組むよう指示を出しておいたので、跡部はのんびり三十分後に到着したのだが、既に目の前に惨状が広がっていた。
「三十分たって、アップが終わらないってのはどういうことだ?」
「ああ。それは……」
言うまでもなく理由は知れた。
眼鏡の視線の先は一点に集中している。
このろくでもないメニューを組んだ男――宍戸である。
「集合!」
声をかけて、跡部は新しいメニュー――取りあえずの基礎練習を言い渡し、宍戸を残した。
「宍戸よ、てめぇ、ざけてんじゃねーよな?」
「はあ?ちゃんと決めといたメニューこなしてんのに何、怒ってんだ?」
忍足がわざとらしくため息をついた。
とっくにトレーニングが終わっていた長太郎だけが(残るよう指示しなくても宍戸と練習のペアを組んでいるため待たざるをえないのである)宍戸の意見に同意して、軽く困惑の表情をみせていた。
「体力馬鹿が!お前はそれでいいだろーが、他はどうなんだ?この十セットのスクワットと腕立て、ランニング、腹筋背筋各種「体力強化メニュー」をこの機にこなせと?雨でもねーのに、それだけで一時間以上潰せと誰が言った?」
おまけに目標時間は二十分である。速すぎる値の基準が誰であるかは明白だった。
レギュラー人でもアウトと叫ぶ者が現れるだろう。
だが、当の本人は……
「そんなにかかんねぇだろ?」
帽子をかえしながら、軽く告げてくれる。
跡部は怒るを通りこして、泣きたくなった。
この男は本物の馬鹿だった――というか標準である自分の体力値を理解していない事実を知らない――という認識を欠いた自分を呪った。
後に噂を呼ぶ恐怖の「筋トレ強化メニュー」はこうして、数十分で幕を閉じた。
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結局、まさかと思って用意しておいたスペアメニューを使うことになった。
とはいえ、今日は練習を考えないと決めた跡部である。
当然別の人間に保険をかけておいただけのことだ。
そして……
「おい」
今度はまずいことがあってはたまらないと、取りあえず基礎をさせながらチェックした新たな表に跡部は再び頭を抱えた。
「岳人」
人選を間違えたなぁとどこかしこで思いながらも(これはねぇーだろ?)と突っ込みを入れる。
表には「飛ぶ」「跳躍」「垂直とび」エトセトラエトセトラ……。
中にはこなせないでもないものもなかったがサーブアンドボレーの練習以外はほとんどテニスなのか疑いたくなるような単語が並んでいた。
「飛べねーよ」
小さく呟く。
注意したところで無駄だと学んでいたので、忍足に「後の説明は任せる」と目で合図を送った。
その忍足に序でに
「お前のは?」
ときいたところ、
「ほんま適当やねん。あてにせんとき」
紙切れを渡される。
ちなみに宍戸への却下ついでに預かった、【まともと信じてやまなかった長太郎】のものは、見込み違いで、宍戸じゃなきゃできねーだろ?のオンパレード。
速すぎる進みのタイムテーブルに圧倒されている。
(手塚よ、正直長すぎるタイブレークよりキチィ)
きっと今頃練習メニューを監督から渡されているだろう他校の部長を羨ましくも思い出しながら、思ったことは秘密である。
一方忍足の紙は何故かフローラルな香りがした。
(女?誰かに任せたんじゃねーだろうな?)
早くも嫌な予感がし、
「言葉どおりうけとっとくぜ」
うまくごまかして、取りあえず後回しにすることにした。
三年が全滅したら(ジローは数にすらはなから入れていない。入れたら「お昼寝」の一言に終わること請け合いだ)笑えないので、先に日吉のを見ることにして、Dコートで練習をこなしている少年を呼びつけた。
(……なんだ?)
二つ折りの紙をあけて、思わず固まる。
軽く「よお、日吉よ、来年の為だ。やっとけ」だなんていわなければ良かったと落ち込む。
「きのこの繁殖?……」
幻影まで見えてくる。
「………でもこれは……」
口に出していることにも気づけない。
ラブレターのごとく墨の達筆で、その和紙には「下克上」の文字が連なっていた。
下手な書初めよりも上手い。
「……それ(下克上)はいいけど、お前、意味がわからねぇよ。……っつーか、準と正入り混じっての練習なんて面倒をさせるな。榊監督のいないときに……」
他、内容事態は悪くねえ。
伝えると仏頂面の後輩は「はい」と答えた。
ついでにまた何だかぼそっと「下克上」(と書いて、「お決まりの単語」と読む)と聴こえた気もするが、無理やり気のせいということにする。
後は樺地だけだった。
樺地はさぞかしまともなタイムテーブルを立ててくれただろう。
跡部は胸が熱くなる思いがした(何故?)
しかし……数分後、悪夢は訪れる。
「あーとべ」
ジローが珍しく覚醒したらしい。
跡部のもとにやってきたのだ。
そこまではよい。
むしろ好都合だった。
だが、告げられた内容は最低のもので……
「樺地が委員会長引いて今日はまだ来られないって」
「………」
(結局、俺が立てるしかねーじゃねぇか?)
つまりはそういうことである。
しかし正レギュラーはまだしも哀しいかな他まで手を回すほど、練習メニューを熟知しているわけではない。
オールマイティとはいえ、一人は一人。
人手というものには勝てないのである。
「………じゃあ……」
半分投げやりになりながら、練習の指示をそれでもしっかり出す跡部。
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数十分後、樺地が結局来られないことを知らされ、やむなくメモをしながら残り時間のタイムテーブルを組み立てたのだが、その目は流石に疲労していた。
……と。
ふと、目の前、フローラルな香りの紙があった。
「忍足のか……」
あてにするなとは言われたが、わらにもすがりたい忙しさだ。
自分の練習に手を回したい時期なだけに迷わず、跡部はそれをあけた。
そして……
「ふざけてんじゃねー!!!!!」
叫んだ。
部員がほぼ全員こちらを凝視したが、取り繕わない。
まあパフォーマンスはいつものことで慣れられているため、そこまで騒ぎにもならなかった。
忍足のくれたメモの中には設定時間の遅すぎるのんびりしたタイムテーブルがあった。
しかし、内容は一級。
忍足らしいといえばそうといえる。
だが……練習総計時間がこのままでは軽く十時間を越えるだろう。
休憩がいかんせん多すぎるし、忍足の苦手なメニューはことごとくゆったりした時間配分になっている。
「ユーシが何かしたのか?」
岳人がたまたま通りかかり、恐ろしげに尋ねる。
「いいや。ちょっとしたイタズラのようだな」
「じゃ。なんで跡部は怒ってんのさ?」
「あはははははは」
壊れた。
問題はその紙にかかれた「文字」。
斜めにあがったその文字の持ち主は監督だった。
内容は練習のタイムテーブル。
瞬間、跡部は忍足に怒りながらもほっとしたが直後、またも顔をこわばらせて笑い出すことになったのだ。
最悪なことにこれもまた「早すぎる」タイムテーブルだったのだ。
そう、練習内容の指示は明日とあさっての分。
今日の分は適宜任せると記されていた。
その日、練習が無駄に長引き、また無駄な内容が前半部分偏ったことはどの部員にきいても明らかであったという。
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