歌舞伎町   02> 「インネン」

「なあなんでお前この道入ったんや?」


「うっせー。黙れ忍足」


 付き合いの長い知己となると口調も戻る。
 美女風に振舞っていたママはいっそ砕けた口調に、がさつなうごきでどかっと椅子に座り込んで、招かれぬ客をしっしっと追い返す。


 ――営業スマイルよりは比較的嘲笑の方が得意だという辺り、自分もこいつに似とるんやろか?


 招かれぬ客=忍足は榊の予想どおり、跡部のバーに顔を出していた。


「けーちゃん女言葉なっとらへんで?」


「うっ……」


 そろそろ営業時間だ。
 確かにそれを指摘されると痛いが、この男の前でカマ言葉なぞ使いたくないプライドもある。その辺、完璧に自分は楽しみより商売目当てなのだと、跡部はいやがおうにも思い知らされた。


「太郎がうぜーんだよ」


「?」


「てめぇがきいたんだろ?この道に入ったワケ」


 ああ、と忍足は相槌を打つ。


「今かてかわらへんやん」


「だったら援助でもされてる方が楽だろ」


 そうでなければ、あのオーナーは毎日毎日しつこく店に通い詰めるだろう。
 跡部の家のみで十分やっていける店で、わざわざ融資を引き受けて、保護に入ったふりをするのは榊が裏家業と密接である理由とは別に、それもあった。
 だが忍足は苦笑して、


「ここで生きとくには綺麗すぎやから」


 と評した。
 跡部の財力でも片付けきれない厄介を毎日引き受けているからこそ分かる事実。
 それ以上に跡部の性格を掴んでのことだ。


「てめぇが養うとか言い出すなよ?」


 ボトルから酒を出しながら、跡部は言う。
 次いで、シェイカーで混ぜられた青い液体がジョボジョボと無造作にグラスにつがれた。
 適当に作ったとはいえカクテルとして美しい一品だと忍足には分かっていた。
 それを掠めるようにあおって、


「ぜってー言わん。俺紐が似合うオトコやん」


 にやりと笑う。


「せやからけいちゃんはそのまま女やってて、俺を買うて欲しいわ」


「いらねー」


 第一、てめぇ店には入ってねぇだろ?と跡部は、隣を指差した。
 お互い知り合いが数名いる店とは交流は深くも、商売柄少々客事情に触れることはあっても内部事情やら商売そのものに関して話すことはない。
 自由に出入りできる忍足は隣の店とこちらの(跡部とて手出し無用の聖域にはなりきれない)微妙な関係を知っているのだろうか。
 跡部は呆れたため息を漏らす。


「太郎よりはいいのんちゃう?」


「比べるもんじゃねーだろ」


「にべもないわ」


「うっぜーんだよ」


 声を荒げて、そっぽを向く。
 過去を切り離したい理由はそこまでなかったが、余計な気を回される忍足は食わせ者で、切捨てもできない自分にこそ跡部は苛立った。
 
「てめぇはあの犬でも買ってろ」


「ジロにやきもちかいな?女王様はきついわ」


「ざけてんなよ、アレは俺の犬だぜ?」


 ジロはもともと跡部がここで保護してやっていた時期が長く、跡部の方でも本当に「犬」扱いで、適度に面倒みていた程度なのだが、忍足にヤキモチかと問われると複雑だ。
 別にそういうのじゃないことは跡部が一番よくわかっていた。


「さあ?」


 本当にそう思うてる?
 忍足は人のことを見透かしたようにまた笑った。
 跡部は今度こそ言い返すのを諦めて、カウンターに立ち、後ろをむいて、グラスを拭き始めた。


「なんでもほしがるんわ跡部の悪い癖やな」


「てめぇ……んな呼び方……きたねーぞ」


 ずっと「けーちゃん」で通ってきた忍足に昔の呼び方を出されたら嫌でも気にかかろうというもの。
 反応して、跡部が後ろをむいたときには既に遅く……


「さあ?どんなん?どんな声で呼ばれたいん?我侭はすきやないけど、ひもやからつい答えてしまうかもしれへん」


 すぐ後ろから忍足が手を伸ばしてきていた。
 グラスを置かせて、耳元で囁いてくる忍足の腕を、跡部は思い切り避ける。


「……どけよ。仕事だ」


「ほな、仕事せぇへんとな」


 忍足は少しだけ距離をおいたが、背中合わせにくっついて、手だけは離さなかった。


「なっ、なにやってやがる」


「景吾の担当なん、今日の警備」


 樺地だけじゃ足りないやろ?
 榊からの指名なのだと忍足は言う。
 オーナーは跡部だが、闇ルートの指令までは無視できない。
 結果、危うい体勢を何とか脱して、グラスを取り、仕事に戻るだけ。


「好きにしろ」


「ほなさせてもらいましょか」


 くすり。
 しゃくるような笑い声と共に、よっかかられていた体重が消えて、代わりに……


「……っ……てめっ……」


 跡部は首筋を強くかまれた。


「ほら、これで忘れられのうなった?」


「――馬鹿か?」


 忍足の行動は意味がないもの。
 跡部の心臓はそこまで跳ねない。
 どこかゲームじみた慣れがあるから、その言葉をきっかけに急速に雰囲気が冷めていく。
 めがねをなおし、再び杯を仰ぐ忍足と、グラスをおいて、次はカウンターの掃除に向かう跡部に、店は和やかな雰囲気を取り戻した


「せやな。ま、犬の面倒でもみながらしばらくはヒモやらせてもらうんや。馬鹿なほうが都合ええやろ]


 沈黙の後、急にぽつんと忍足が言った。
 寂しそうな横顔は跡部にも覚えがあって、


「……なぁ」


「ん?」


「付き合えよ。一杯くらいおごってやる」


 薄く笑って、「おおきに」という忍足には


「太郎にはナイショだぞ」


 どうしてか甘くなってしまうのだった。
 こういう世話好きなところがバーとしての成功や、別の人間に気に入られる原因だと跡部本人は気づいていなかったが。



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