「ふう、終わったぜ」
明け方に店を閉め夕方まで寝るのがこの町の住人のやり方だ。
だが、跡部は一仕事残っていたことを思い出す。
サツの見回り。
言ってしまえば簡単だが、曲がりなりにも二丁目。
裏との取引がないと言いきれる店は少ない。
榊の指示で忍足が相当対処してくれただろうが、それでも不安は残る。
というよりむしろ、跡部の関心事は別のところにあったのだが……。
「よお、ようやくお出ましか?手塚よ?」
警察。
バーでの騒ぎを片付けるともなると、時にお世話にならざるをえないのがその地元警察の面々であった。
「驚いたぜ、お前がここの担当になってるとはな」
まあ、警察自体は似合いすぎていて、何の洒落か冗談かと笑えるくらいなのだが。
「驚かされたのはこっちだ、跡部」
入ってきたのはすぐそこの交番の署長を務める若手ナンバーワン。
ドサマワリをやらされた後に本庁にそのうち帰るとの噂もあるエリート手塚国光だった。
これもまた因縁で、なじみの付き合いだ。
そして、週に数回、見回りと称してここを訪れる。
いわば敵だ。
「かけてろ。今何か作ってやる」
「……職務中だ」
「直ぐに何かされてーのか?アーン?」
めっきり女っぽさが抜けるのは昔の自分を知っており、なおかつ今を商売だけと割り切ってみられる手塚の前だけだ。
本来常連客にばれたら冷や汗ものの相手だが、それもスリルがあっていい。
「……一杯だけだぞ」
手塚はカウンターに腰掛けた。
器用な手つきで二つのシェイカーを振り分け、手塚好みの辛口のカクテルを作る跡部を手塚は本当に不思議な縁だと感慨深く眺めていた。
化粧を落とした顔も十分綺麗で、つけてるときの方がなじみのない手塚からすると美的感覚が多少弱いにも関わらず、見とれるに値するものだ。
「そっちはどうだ?おとといは派手にやらかしたやつ(忍足)がいるからな、手間取ってるだろう?」
跡部は面白そうに聞く。
実情と事件の後始末まで知っていて、教えないという駆け引きがたまらないのだ。
「正体は分かっていても手が出せないあたり、お前の下と思うが?」
「まあ仕事の話は抜きだ」
グラスに液体を移し変え終えたあたりで、適当に話を切り上げ、その顎を掴んだ。
「そっちがしてきたんだろう?」
動じずにいる手塚の眼鏡を外し、奪うように自分にかけてしまうと、跡部は無視してグラスを手に取る。
一口だけ、仰いで、
「手塚好みの味だ。俺には辛すぎる」
と、口直しにその唇を貪った。
それからからかうように何を考えてるかいまいち読めない手塚を眺めて、
「さっさと味わえよ」
もう一杯別の杯も勧め、夜の準備に取り掛かった。
「次の巡回はどうせ不二だろ?で、そっちは観月の劇場まで足を伸ばす。……ちげぇか?」
「いや……そのとおりだ」
不二は一番の敵だ。
手塚よりも仕事に甘いが、個人的な恨みやら粘着があればあるほどよく訪れ、嫌味をきいて帰る。
跡部の苦手なタイプだ。
人を見透かしているのに忍足ほど当人には弱みがない。
忍足はうまく隠すが、不二の場合は隠す必要すらないといった感じがする。
「よくあんなのと組んでられるな」
「長いからな」
――ちっ。
跡部はしたうちする。
知ってはいるが、そういわれるとむかつく。
むかついたらしたいようにしろが信条。少なくとも手塚の前では。
「……んなこというともう一度スルぜ?」
かなり本気を籠めていったのだが、手塚はドライに流して、カクテルを綺麗に飲み干した。
大方、冗談だと思われたのだろうと分かるだけに、何もできなくなる。
「跡部もだろう?」
手塚は「少し酔ったかもしれん」と断って、それ以上口をつぐんだ。
「ああ」
納得がいった跡部は笑みを殺しながら、手塚に三杯目は勧めず、作りかけを自分で飲んで、否定しなかった。
「そうだな」
忍足ともジロとも榊とも……隣で働いてる他の連中はモチロン、生真面目で自分をライバル視(目標視?)してくる日吉とすら切れていない。
「お互い因縁ってやつだ」
手塚は同意して、「仕事に戻る」とカウンターをたった。
「後でこいよ。……仕事は5時からだ。あの馬鹿も共同オーナーも今日は5時には向こう集合だからな。誰もいねーんだ」
「樺地はどうした?」
「そっちこそ不二や越前と年中いるわけじゃねーんだろ?」
「……そうだな」
「じゃ、決定な」
警察との馴れ合いも手塚相手だと悪くない。
跡部は手塚を送り出しがてら店に鍵をかけ、自宅に戻る間もなく、さっさと最上の自分の部屋でシャワーを浴びて寝てしまった。
夕方会う前に、一度起き上がって、まともな服をとりにいくのも悪くない……そんなことを考えながら。
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歌舞伎町二丁目。
過去と現在が交錯する街。
だんだんと日常になってきたいくつかの光景。
第一ピリオド 終了