EPISODE:00> Three month ago〜再会〜(SIDE ATOBE)

 まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった。

「あっれー?跡部君も来ちゃったの?」

 自分も事情がありました、といわんばかりに――だがあっけらかんと言う人物の名前は忘れられるはずもなく、跡部は「アーン?」と昔と同じ調子で返してしまった
 ハッと息を飲む。

(ここはソウイウ場所ではない)

 気楽に話せる人間などいていいわけがなかった。

「何強張ってんの?俺がいたからびびった?」

「千石、てめぇ……」

「あ、何でここにいるかって?全部は話せないよ。ただ……ま、跡部君ならいいかな」

「……んだよ」

「雇われてんの、俺。君の会った人に」

 会った人、つまりはここに跡部を連れてきた人間ということになる。
 無意識に、跡部はちっと舌打ちをし、視線から逃れるように遠くを見た。
 夕焼けと夜の狭間に、いくつもビルが聳えている。
 どうにも目につくのは……

「先生、元気だった?」

「っ」

「ありゃ驚いた?俺のいったこと、カマ賭けだとでも思ったのかな。……でも、悪いけど俺は知ってる」

 何を、と千石は言わない。
 それこそが、跡部本人が知ってる以上の情報を握っている証。

(だから当てにしろとでもいうのかよ)

 先ほどの会談で全てを取り上げられ……だが多くを守ることに成功した、そう信じていた。
 だが、まだ取り上げられてなどいなかったようだ。

(これからが試練ってか?)

 そして、千石は警告を発してくれている。
 「歯向かうな」とではない。「情報を持っているのは自分だから使え。お前は無知だ」と言っているのだ。
 元々頭がよかった跡部だが、ここ数年で落ちることもしった。プライドの高さを克服するのには才能だけでは追いつかないこと、郷に入れば業に従うことも、できるようになった。

(観念するか……)

 先ほどまでは「誰か」のため。
 けれども、今からは「自分」のために、頭を下げなければならない。

(それがコイツだっていうのは、癪かもしれねーけど……)

 でも、運がよかったのかもしれない。
 死んでも本人にはいってやらないが、相変わらず能天気そうなオレンジ色の髪を見たとき、救われた気がしたのだ。
 やっぱり緊張していたのだろう。
 
「ね、跡部君、聞いてる?」

 にっこりと話しかける千石の神経には目を見張る物があったが(ここではとんでもないことが行われていることだけは確かだったから)

(――考えてみればこういうヤツだったな)

 昔から勝手に懐に入ってはすり抜けていく。
 インサイトでも考えを容易に読ませない。
 千石清純はプレイヤーとしても、人間としても興味深い逸材だった。
 
「ああ……」

 跡部はすんなりと、ここに溶け込んでいる千石に畏怖するでもなく、憤るでもなく、妙な納得をしていた。
 オレンジ色も、瞳の強さも昔とは変わらない。
 ただどこか翳りも帯びていて、それにいらだった。

(時間がたったんだな)

 変わらないことを望んだわけでも、そもそもまた会う予定もなかった相手なのに、無性に不安がこみ上げて、気付けば呟いていた。

「テニスコートはあんのか?」

「はは、本当テニス馬鹿だね……」

「てめぇはもうやってねーのか?」

「……久々、かな。真剣にやるんならね。時おり遊びではならしてるよ」

「なら付き合え」

 やめていなかったのか。
 可笑しなところで安心しながら、跡部は不遜な態度を取り続けることにきめた(むしろ、それが跡部のデフォルトではあったのだが、一応上司もどきになるのだとしたら〜とも瞬間は考えたのだ)

「地下はしょぼいよ?数日中には訓練がてらきちんとしたコートに連れて行って上げられるけれど?」
 
 刹那、浮かんだのはテニスできるという嬉しさで、外に出られることは後から付いてきた。
 自分でも大概どうかと思うが、跡部は取りあえず身体を動かして集中力を高めようと、無理やり理屈をつける。
 なんだかんだで、テニスを、しかも千石と、したかっただけなのだ。

「場所なんてかまいやしねーよ。……やんだろ?」

「果せのままに」

 悪戯っ子のように笑う千石は先ほどより幼く見えて、その表情に少しホッとしながら、「早くしやがれ」と案内をせかす。
 色々なものを失った。
 恐らくはこれからもなくし続けるのだろう。
 だが……

「何もたもたしてやがる。てめぇはここにいんだろ?」

「方向音痴なんだから仕方ないっしょ。あーあ、これから跡部君に色々教えんのやだなー」

 俺より先に覚えそう。
 笑う彼との再会は此処に来なければなかった。

「おかげで俺様と対戦出来るんだ。ありがたく思え」

「そーだね」

 それならば、悪くない。
 ひとまずそう思っておこう。
 跡部は、渡されたラケットに文句をつけながら、どうやら心底嬉しそうに髪を跳ねさせる千石を見つめた。
 非日常の世界はここから始まる。


written by MAYMOON

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