不二兄弟とレギュラー(MAIN跡部&不二兄弟) |
氷帝学園テニス部は200人を超す大所帯だ。
準レギュラー、正レギュラー、平部員ときっちりと仕切られているのも実際人数の関係で、システム上やむを得ないからという部分が大きい。
だから比較的まとめやすい人数に収まる準レギュラーと正レギュラーについては、週に2、3度ではあるが合同練習も設けられている。
「跡部、今日合同練だろ?」
「ああ」
代替わりをへて二年中心になった部での、正レギュラーと準レギュラーの初めての合同練習ともなれば、きになるというもの。
ましてや、自分たちのレギュラー入りは確信しているが、下の学年についてはまだ発表もされていないのだ。
とはいえ、それだけが理由ではない。
わざわざ宍戸が訪ねてくる理由など一つしか浮かばない。
跡部はため息まじりに、教えた。
「不二の弟なら準レギュラーだ」
「お、さんきゅ。じゃあ俺、周助に教えてくるわ」
「どうせ、分かってるだろ」
「まあな」
一年次からレギュラー候補だった不二周助(中盤からは実際に試合に出ていた)の弟なのだから、当然裕太は注目されている。
跡部自身まだあまり話したことはなかったが、どうやら宍戸は兄を通じて親交があるらしい。
――どんなやつなんだ?
跡部が不審に思うのは、普段不二兄の方にさんざん手こずらされている(彼の尻拭いがまわってくる)せいだろうが、顔合わせとともにその不安は解消される。
「よろしくお願いします」
不二裕太は本当にまっとうだった。
礼儀正しく、控え目、一生懸命……隣にいる鳳とともに主力候補であるが(カバジはさておき、もう一人の日吉もちょっとタイプ的には違うだろうが)何というか腰が低い。
――あたりだ。
テニス的にではない。強さももちろん折り紙つきなのだが、それよりもまず、跡部は部長として判定を下した。
こういうタイプは指導するのも楽。ひきつれるのも楽なのだ。
曲者揃い、曲者の方が強い自分たちの学年を見ていると、「あくの強さがなくては」と思うところもあるのだが、就任早々跡部は疲れ気味だった。
何せ、新体制になったからもうないと信じたいが一年時から遊び倒していた男忍足を筆頭に、いうことを一向に聞かないどころか何の恨みがあるのか聞きたくなるような反応の不二周助、実力はお墨付きなのに試合では迷子・練習中は居眠りのジローなどなどマイペースにもほどがある。
新人生のオーダーひとつとっても頭の痛い作業だった(真面目に試合参加してくれるメンバーと実力順で選んだメンバーの乖離が激しい)
補欠ひとつとっても万事がこの調子である。準レギュラーの裕太が清涼剤並みに見えたのも無理はない。
だが、そんな跡部はこの時点ではいまいち分かっていなかった。
兄弟がどういうものであるか。
一人っ子の跡部に想像しづらかったのだろう。
* * * *
「レギュラーと準レギュ、順番にコートに入れ。まずは不二だ」
「えー、僕からなの?」
文句を平然と言う不二(兄)にぎょっとする新規準レギュラーたち。
十中八九こうなるだろうと踏んでいたレギュラーがわいわい騒ぐ。
「トップバッターいいじゃん」
「なんやったら俺が変わろか?」
「それも魅力的だけど、やっぱいい」
不二はあっさり忍足の提案を蹴って、コートに入る。
反対側にはこれから呼ばれるだろう準レギュラーが入ることになるのだが……
「俺も不二」
離れたところでもう一人の不二――弟の方が、こっそり隣のキノコヘアに突っ込みを入れていた。
彼が知らないはずはない。一足先に準レギュラーに抜擢されていたキノコヘア、こと日吉若は裕太と同じクラスなのだ。
知ってる、と、呆れたように返す。
だが、裕太は悪びれず、さらに告げた。
「部長、俺のことどう呼ぶ気なんだろ……」
「――お前な……」
なんのかんの余裕だよな……とでも言いたげに、日吉は裕太を見返していた。
自分のラケットを少し下にある裕太のそれにコツンと合わせ、いさめる。
そんな下級生の様子は跡部からも何となくうかがえたのだが、声までは聞こえない。
ただ、
――そうか、あいつも不二だな。
……と、まさに裕太が考えていたことを思うだけだ。
どう呼ぶか。
迷うより先に、その兄の方が宣言する。
「なら僕指名していいよね」
「ダメだ」
ぴしゃりととめて、跡部は日吉を指名した。
「ちぇっ、裕太にしようと思ったのに」
「可愛く言っても跡部にはきかねーって」と横で宍戸が茶々を入れているところを見るとどうやら兄弟仲は悪くないらしい。
とりあえず「裕太か」と呼び方の検討をしながら、跡部は次のオーダーを組み立て始めた。
何、呼び名なんてそのうち、周りの連中が勝手に決めるだろうと思った跡部景吾(14)最近不二のお陰で諦めることを覚えるようになった苦労人。
* * * *
ストレッチ、ランニング、軽い打ち合いをこなしてから、サーブ練習のノルマをそれぞれに課す。
次はボレーの強化。
――今日はダブルスの練習を取り入れるか。
氷帝はシングルス目当ての選手が多い。
特に準レギュラーは、ダブルスをまだまだ甘く見ているメンバーがいることも経験上分かっていた。
跡部は組立てたメニューをメンバーの特性にそって見直す。
自分のメニューの合間に、器用にもノートに軽くメモを取るのが彼なりに部長として始めた試みだった。
……と、ふと右腕に違和感を感じた。
つんつん。
このパターンで休みだなんだゴネ出すのが誰か、大方分かっていたから「ああ……」と脳裏で呟いて、そのままにさせておいた。
「静かにしてろ。自分の分は終わったのか?」
が、予想外の声がかかった。
「休憩の時間じゃない?」
てっきりジローだろうと思いこんでいただけにびくりと手が震える。
その拍子にノートを取り落としたが、拾おうにもその手が邪魔でしゃがめない。
気にせず動けばいいのだろうが……よりによって自分が若干苦手だという意識のある相手をスルーすることは跡部にとっては荷が重い。
更に追い討ちをかける声。
「えー休憩しようよ」
「わがままを言うな」
お前はジローか、と叫びそうになるのを、ぐっとこらえる。
こんな調子で話しかけられたことはなかったのだ。
そもそも代替わりの手前にあったデモンストレーション用の試合には自分も参加していなかったし、その前の部活も――跡部だけ部長からの引き継ぎで忙しくしていた。
クラスは隣だが、敢えて話すという発想はない(そもそも跡部はともかく相手の方が自分を華麗にスルーしていたのだ。あの忍足ですら苦笑いしていたではないか)
おっかなびっくり答えると、不二は敢えてやっているのだろうジローのよくやるすねた表情をまねている。
――これは何かの罠か?
まさかあの練習試合がきっかけで不二が自分に親しみを覚えているなんぞ思いもしない跡部である。
まっさきに思ったのは、本日が(顔合わせ以外で)部長として準レギュに指導する初めての日であること。
初回くらいはせめて寛容な大人でいたい。そんな願いを、この気まぐれ男はくじくつもりでいるのだろうか。
そんなうがった見方をしてしまう跡部にせきはない(それだけのことを不二は平気でやってのける。悪戯に悩まされるのはいつだって跡部だった)
ともすれば、ここは堪えるしかない。
下へのイメージの大切さは歴代の部長を見ていて、よくよく分かっている。
跡部は黙らせるための応急策を考える。
結局浮かんだのは……
――弟、か。
仲がいいのであればてめぇの兄貴くらい躾けてくれるだろう――とは、とんでもない思い込みである。
だが、弟の性格は何となく理解したような気になっていた。まだ兄よりはマシだと、その一点において特に。
「じゃあ、お前、弟の面倒でも見てやれよ」
もう自棄だ。
餌を与えれば黙る、の法則、とばかりに吐き捨ててやれば、兄貴はあっさり「ならいっか」と引き下がった。
――ついでに、どう呼ぶか決めてくれればらくでいい。
なんて思う跡部をよそに、かくして楽しい兄弟指導が始まることになる。