練習試合 一回目 (宍戸・岳人・滝) |
「組み合わせ見た?」
後ろからとんできた声に、宍戸はぎょっとした。
コートでは、くだんの恐ろしいダブルスを前に、ジローがアップ中。
既にわくわくしているのだろうか。ラケットをぶんぶん振りまわしているのが見える。
いつもより高いそのテンションに、「丸井のどこがいーんだかな」と隣の岳人と苦笑しながら、できるだけオーダーに関しては触れずにいたのだが……声の主――滝は、ずいぶんあっさり地雷を踏んでくれたものだ。
なるべく、しどろもどろにならないよう注意しつつ、
「いや、てか試合もなにもないだろ」
突っ込みかえす。
事実、今日の試合はどうしようもなさそうなのだ。
何せシングルスに、ジローも跡部も不二もいないときている。
おまけに……
「んだよ?」
こっそり伺ったつもりが、やはりばれたらしい。
「仕方ねーだろ」とけだるそうに返してくるのは、まさかのシングルス2、向日岳人だった。
選出された当人が一番参ってるのだから敢えてなにも言うまい、ときめていたのに、これだ。
滝もひどいことをしてくれるものである。
そもそも、どう見ても歩が悪い勝負なのだ。跡部も不二もシングルスにいないという状況自体が……。
――そうしてまで、あの二人のダブルスがみたいと言う根性は買うけど、お前、断ってもよかったんじゃね?
宍戸自身不二に同意しておいて今さらなのだが、さすがに、自らダブルス専用と言いきる男のデビュー戦が王者立海というのは不憫がすぎる。
コートの向こうでアップする幸村の剛速球を打ち返している真田を見ると、何ともうすら寒いものがあった。
(あれ相手で無傷でいられるか怪しい……相手はもはや気迫だけで人を殺せそうなのだ)
そんな宍戸の様子は素直すぎる表情から漏れでているのだろう。
滝は笑いを堪えかねてるらしく、宍戸からもそれは分かった。当然岳人にも伝わっているだろう。
が、岳人は別段気分を悪くした風でもない。
「順当に行って真田、手塚。よくて柳か」
お遊びのために明らか各上の相手と勝負となると本来ならレギュラーの座すら危ないのだが、わりに冷静だ。
まあ実際今回は監督もかんでいない(だからこそ無茶ができたともいう。彼はしたの学年の臨海学校引率の代打となったのだ)なのだろうが……。
「あーその三人、今年の選抜決定組だよね」
「た、滝!余計なこと言うなよ」
宍戸が追い討ちをかけては可哀想だとばかりに慌てる間もなく、岳人は器用にその帽子を取り上げて、「大丈夫だって」、と手をひらひらさせる。
「いいって気にすんなよ。ちょうどいい機会だろ。アイツら――跡部が不二に馴染むのにも」
意外なくらいあっさりと引き受けた理由はどうやら「とんでもないダブルス見たさ」だけでもないようだ。
「俺も見てみたいし」
とは茶化しているものの、
「悪くねーよ」
にぃっと笑う同級生はいつもより大人びている。
これには、テニス部アダルト組と評判の滝も完敗の模様。
「ふう、なら杞憂だったかな」
「あ?」
「実はオーダー見ないままがっかりしてんじゃないかと思ってね」
見せないようにしていた左手を目の前に――白い紙を取り出す。
どうやらさんざんからかってから渡すつもりだった当てが外れたようだ。
紙の真ん中には、見慣れたオーダーの枠が印刷されている。
「そんなわけで向こうもよくやるよね。
――実はまだ跡部たちも見てないんだ。フライングだよ」
そこに記されているのは、向こうの対戦相手。
笑う滝は相当人が悪いが、
「うおっ!…ほっとしたーー!」
やはりそれなりにはビビっていたらしい岳人が、胸をなでおろしているのでよしとするか。
実際、メンバー表――対戦相手には、手塚や真田の名前はなかった。柳もである。
仮にも王者ともなれば残りのメンバーも強敵には違いないが、まだ彼らよりはましだ。
シングルス2は今のところ立海ダブルス要員だとみられる、柳生比呂士の名前があった。
同じダブルスでもジャッカルはスタミナがある。
仁王はわけが分からないが、何と無く忍足とか滝とかに近い雰囲気があるから、宍戸からみても気がひける。
岳人も同じような感性の持ち主だから多分遠慮したい相手だったのだろう。
丸井はジローのヒーローだからあとが面倒なので嫌だろうし、残りのうちでは紳士は妥当に思えた。
そもそも怪我の心配なさそうな相手だということが一番。
それさえなければ格上とやるのは楽しみなのだ。氷帝レギュラーというものは。
「じゃ、いこうか」
「ジロー、きっとうっせーぞ」
滝が促し、岳人が答える。
「見てないともっとうるさいよ。それにダブルスの撮影しなきゃ、二度と無さそうだし」
「同感」
あっけらかんと言う岳人はふとふり向いて「ん?」と黙りこんだ宍戸の方をみた。
「急がねーとな」
誤魔化しながらも、その岳人らしい気の回しかたにどきりとする。
宍戸が視線をずらすと滝と目があった。
苦笑するその表情に、思わずつられる。
今更ながらどうして跡部や不二、忍足がぎゃいぎゃいやられながらも岳人を無視できないのかわかった気がしたのだ。
「一試合で分かりあえるとは思わねーよ」というのは、少し前根性を叩き直すという名目で忍足にダブルスを申し込んだ岳人の口上。
あのときも随分安直なやり口だと思ったが、結果、忍足はかなり丸くなった。
「ダブルスねえ」
どちらかというとシングルスを取りたいはずの心が揺らされるのも岳
人の影響なのだろうか。
いずれ本当にダブルスに絞るとは思いもしないまま宍戸は小さい頼れる背中を追い掛けた。
END