練習試合 一回目 (忍足MAIN・ALL) |
氷帝!氷帝!氷帝!
いつものコールがコートに響く。
今回は会場校側の意向もあって、さほどメンバーは連れてきていない。
だが緊張は最高潮に達していた。
ダブルス1の二人が入場したからである。
コールは跡部のお決まり、「勝者は跡部 敗者は〜」に変わると思われていた。
呼び方も徐々に跡部からKINGへと変化するだろうと思っていた。
――が、隣には不二がいる。
普段からコールをかけないレギュラー陣の雑談も含めて、一瞬場がシーンとした。
ついでにいえば何故だかあちらのコートも妙に静まっていた。
硬直した空気に妙な居心地の悪さを感じた。
――なんや、これ……。
コート脇で忍足はつい顔をしかめる。
普段コールを重要視していないのにいつの間にか慣らされてしまったのだろう。
沈黙に耐えかねた。
何せコールなしには試合などありえない学校なのだ、氷帝というのは。
「ん?」
異変に気づいてよくよくコートを見渡せば、いるべきはずのあちらのダブルス選手が見当たらない。
「相手をみてびびった?――まさかね」
ちっちゃな声で滝が漏らす。
その問いかけも半信半疑。
そもそも二人ともが完全なシングルスプレーヤーでプレイスタイルからしてダブルス向きではないから、笑われこそすれど、王者立海におののかれるはずがなかった。
「有り得ないだろ。なぁ、長太郎?」
宍戸が答えがてら後輩に話をふる様をみながら、これはあかんなと忍足は考えた。
ようやくコートに入ることを許された後輩は、「ええと」と曖昧な返事をしている。
これ以上の返答を求めるのはかわいそうだ。
何分、普段から不二にジロー、跡部、榊……と不測の事態を起こすメンバー(約一名、生徒外が入っているがそこも敢えて含めて)にはことかかない氷帝だが、残念ながら、一学年下ともなれば免疫が少々足りない。
――ま、適当に相槌でもうって誤魔化したるか?
と忍足が思いかけたときである。
「んだ?あれ……」
思いを読み取ったかのように(だが確実に偶然だろう)即座に反応したのは「とんでもない二年」の良識派代表:向日岳人だった。
「なん?」
視線に、つられるように見れば、立海ベンチがある。
「あれ?」
見れば、先ほどの試合まで置物と化していたコーチ(もどき)が見当たらない。
代わりにどっかり腰をかけたのは敵の大将、幸村精市。
「声が小さいよ」
一喝。
細い体のどこからそんな声がでるのか不思議なほどの迫力で、ベンチ周辺を震わせる。
湧き上がる立海コール(常勝立海大!)
スタートの鶴の一声ならぬ幸村の一声は(ドスが利いてる)は、もはや応援というより罵倒とでも言った方がいい。
ようやく来たかという思いの反面、相変わらず怖いやっちゃなと忍足は仁王立ちの相手大将を見詰めた。
一年の新人戦参加者としてコートで見た、あの鬼のことは忘れようがなかった。
ちなみに、見るのが初めての宍戸は眉根を顰め、滝は肩をすくめて見せている。
ご機嫌なのは、ジローだけだが……
「幸村君かっこE!」
はしゃぐ箇所がずれている。
「あの、あれ一応敵ですから」
「でもかっこE!」
ちょっとやそっとでは止められなさそうなテンション。
お前はどっちの味方かと問いたいが、分かり切ってるから怖くてきけない。
――あれは宗教だなと、宍戸が口走っていた理由はこれか。
忍足はジローの「丸井教」の真価を改めて思い知る。
というか、むしろびびっていたのは後輩たちの方だ。
「だめやこの子」の一言にこくこくと頷いている。
「せやけどな、こっちかて折角のお祭りやん?」
――なんかあらへんの?合いそうなコールとか。なあ?
求めて見回せば……「まあ確かに」といいたげな視線がかえる。
後輩は委縮しているというか、ジローのあれに退いたまんまだったが、そこはもうおいておこう。
「けど、不二のあだ名がなぁ。俺ら、身近なだけに浮かばないやん?」
跡部のコールはともかく不二の……となると、なかなか難しいものがある。
コートでは物凄く嫌そうな顔をしている跡部の横、ニコニコしている当人は、普段シングルスでさっそうと勝負を決めて、コールを許さない。
スピードの達人?それじゃF1だ。
他校から言われているものならばたとえば……
「天才とか?」
「キャラかぶっとるやん」
「侑士、それ私情」
とはいえ、そのあだ名はあまり不二らしくない。
宍戸が突っ込みをいれる。
「そんな柄じゃねーよ」
せやな、そのとおり。うん。
「却下だ却下」
「んじゃジョブチェンジ。
踊り子、商人……?」
「ねーよ。それこそ」
もはや何を話していたのか怪しくなってくる。
ただ、珍しくコールのないスタートに、コート上地味になっていく我らが部長を見るのは忍びないものがある。
流石にジローも何か思うところがあったらしい。
何やらうんうん唸りはじめた(真剣に検討中?)
「うーん弱いな」
「そない言うんやったら、どうにかせいや、滝」
跡部のまねをノリにのってしていた不二を知るだけに、「そない、嬉しそうにせんと今回もなんかやれや!」と、突っ込みをいれたいところだが、コートにつっこむ勇気はない。
「ちゅーかな、そもそも、こここそ平部員の力のみせどころやろ」
「ま、まあ。確かに応援マニアもいるしな、何人かは」
結局矛先はレギュラー陣ではなく、応援に詳しいはずの後輩ら準レギュ以下にむかった。
というか、忍足含め、もはやコートなど見向きもしていないあたり、よっぽど「コールがない」状態より酷いのだが、もはやそれに気づく余裕すらないのか。
これぞ無茶ぶり。
試合中のコートをよそに、レギュラー陣から視線の集中砲火を食らった後輩たちはびびりにびびった。
が……
この空気で何か言えようはずもない。
ところが……コートは妙な盛り上がりを見せていた。
ぱっちーん。
と、コートではお決まりのあれ、がまだ行われていないのだが……。
何やら不二のテンションが上がってきたらしい。
(というのも……コートに出てきた対戦相手を見て、一瞬固まった跡部をみて、不二が笑いをこらえるという一幕があったのだが残念ながら外野からはよく分からない。)
――本当はここがちょうどいいタイミングなんやけど。
便乗したいところだ。
何かが火をつけたらしく、俄然やる気になった跡部が手を振り上げている。
コールが一層大きくなる。
……………と、
ぼそぼそっと何やら呟く後輩の声が忍足の耳に飛び込んできた。
――ん?
「ちょお待て、そこ、今なんていった?」
「え?はい……あの……」
「おう、そこのお前や、お前!……跡部が王様なら不二はなんやて?ちょい、鳳、今なんていったか聞こえた?なあ?」
「あ、その、あの……下級生のつけた、他愛のないあだ名ですよ、忍足先輩」
フォロー、というかかばうように鳳が言うも、聞こえてしまったものは聞こえてしまったわけで――先輩たちがそんなおいしいものを逃すはずもなく……
「なんだ、あるんじゃん、あだ名」
「でもよ、それっていいのか?だって――ダブルスにすっと、王族ダブルス?みたいな」
「ま、いいんじゃない?」
「てか、すでに今ので叫ぶ気まんまんっぽいし。後輩にまかせとけば?」
コールをかけるタイミングを外してしまっていたが、もうここは自分でやるほかない。
――てか、俺、期待されとる?
視線を感じたのは忍足。
コールのかけ始めをやる趣味はなかったが、ここまでいって何もせずというのは許されないらしい。
――しゃあない……
忍足に話しかけられた周囲以外は、そのままコールを続けている。
勝つのは氷帝〜負けるの立海〜
お決まりの声。
コート内が壮絶な空気になっていた。
あちらのベンチからは何やらよからぬ雰囲気と幸村将軍による罵倒がとんでいる。
不二が手を振り上げる。
――いまや。
今しかない。
分かっていた。
「ほな、――キングときたら?」
「「「女王様!!(クイーン)」」
その瞬間、下級生命名「王族ダブルス」は同時に指を鳴らす。
「「 俺だ」」
違和感がない。
コートを支配するのは彼らでしかない。
「 はもりやがった!」
興奮するジロー。
「周助、めちゃめちゃ楽しそうだな」
キングにまざって、思惑どおりというか、もはや下級生が裏でささやいていたあだ名を一挙公開というか――クイーンを呼ぶ声が一層高くなる。
コートいっぱいにどうしようもない叫び声。
相手と握手を交わして、戻っていく二人。
こうして、お祭り試合は始まった。
――が本当のお祭りはそんなもんじゃなかったのである。
「「 「あ?」 」」
意味わかんねーよと、岳人が呟くまでの数瞬。
予想外の展開に一同凍りついた。
ここに来るまでスルーしていた対戦相手……
コートには……
「あ、ありえへん……」
これはお祭り、氷帝のお祭りだったはずだ。
断じて立海には関係なく――
だが――
コートには、堂々と……というより、嫌そうに立つ二人。
「なあ、立海って……」
「宍戸、それ以上言うな」
「手塚と真田って馬鹿?」
「――岳人、あの二人に向かってそれはちょっと……」
「けど滝、あの二人のダブルスじゃ、うちのといい相手じゃね?」
「確かに」
シングルスプレイヤーとしてしか機能しないだろうことが容易に検討がつく二人だった。
「こっちは半分洒落やったけど、あっちがマジだとしたら……」
「許可した幸村もやべーし。あれか?選抜組ってもしかして柳が一番まとも?」
「だよなー」
コートには真田と手塚。
とんでもなさでいえば、いい勝負だ。
そのうえあちらはこちらとちがって、恐らく真剣なのだろう。
若干手塚は諦めたような表情をしていたが、真田の眼は本気以外の何物でもなかった。
「すげー」
――やるきや。
忍足じゃなくてもそれは分かる。
その気迫のわりに結局、勝負は不二と跡部が勝つことになるのだが。
立海の恐ろしさの一端はこのダブルスで分かることとなる。
そう、別の部分での恐ろしさが。