あ  だ  名 (手塚 & 幸村/真・ジャ・柳生) 

 始めに断るのならば、手塚はこの学校を選ぶべきではなかった。
 特にテニス部には行かない方がよかった。
 更に言えば、何が何でも、親切心を出して、その女性的な「少年」を助けようなどとしてはいけなかったのである。

 *        *      *      *
 「(美)少女しか見えなかった」というのが後で手塚が、ジャッカルにこっそり吐いた意見で、これには部室にいた真田もこそりと同意(と同情)を寄せてくれた。
 ジャッカルはどうやら危険察知能力……というか別口の不幸(某悪戯ペアによるいじり)のため、幸村に関わる暇がなく、何事もなく済んでいたようだが、真田は同等の被害にあったらしい。

「幸村は……言わなくても非力扱いされたとみたら容赦ないからな」

「……ああ」

 全くだ。
 手塚は大きく息を吸った。
 思い出すのは一週間前――入学式での光景だ。
 入学式とはいえ、部活は春休みから既に始まっており、当然のように自分にも来ないかと誘いがあったから……結果的に、手塚は他の一年生とも既に一ヶ月は顔をつきあわせていた。
 とはいえ、強豪だけあって最初は人数が多く、全員の名前を覚えるのはまず無理。
 面倒見は悪くない方がだと自負する手塚だが、人の名前と顔を一致させるのが得意かといわれれば、実はそうでもなかった。
 それが悲劇を呼んだのか。あるいは、もともと運がなかったのか。
 重そうなゴミ袋を担いだチームメイトを、女生徒と勘違いして、手伝いを買って出た挙句……その当人に、笑顔で「ふざけてるのか?」と吐き捨てられ……胸倉を掴んで、凄まれたのである。

(あのときは……)

 思い出す。

「一発二発殴られることは覚悟したが……」

 壮絶なまでに綺麗な笑みと、似あわない物凄い握力――そのまま持ち上げられそうになった時、思わず「どれだけ筋肉がついているんだ」と叫びたくなったほどである。
 すると、真田は「殴られなかったのか……」と、変な部分に反応した。

(そんなにあいつの荒さは、有名なのだろうか?)

 ジュニアの大会はブロックが違った為彼とあたったことはない。
 詳細は知らないが、真田の血の気の引いた色をみていると、もしや相当バイオレンスの嵐を起こしているのではないか、疑わしくなってくる。

「……俺は、練習中『マネージャーにもたせるわけにいかん』といってボール籠を奪ったところ、本気で殴られたが……幸村とはそういう男だ」

 それでこその幸村だ、と真田はとんちんかんなことを言う。
 多少ずれている感もあるのは、「幸村の強さに男として惚れた」かららしい。
 なるほど、あれだけ強ければ……憧れるかもしれない。
 全てを知った今になって、手塚も納得いかないものが混じりながら、首を立てにふる。

(確かに手伝い無用だな……)

 テニスコートで見る幸村は鬼だ。
 あれだけ繊細な見掛けにもかかわらず、プレイはあくまで男性的であり……パワーテニスといってもよかった。
 テクニックも素晴らしい。
 これで、一年生かと先輩が唸る筆頭はやはり幸村精市なのだ。
 自分も負けるつもりはないが、今の時点で幸村とやったらどちらが勝つかは想像に易い。
 あのプレイを見て、羨望より先にぞくっとしたものが背中を伝ったと告げたら、真田はなんというだろうか。
 知能プレイを推奨するすらりとした目の細い同級生(名前が裏覚えだが、幸村のことは知っているらしい)は横で「怖いな」と同じことを呟いていたが。
 だが……
 
「性格のすごさを知らなきゃ素直に尊敬できるよな」

 ジャッカルの言うことは正しい。

「実際、俺なんか『ハゲ』呼びだし」

「む……」

 真田が詰った。
 それはそうだろう。なぜならかく言う真田も名前呼びより先に「オッサン」呼びされるわ「年齢詐称じゃないのか?」と明らかにからかいの言葉を投げられるわ……結構な目に遭っている。
 間違えたことを根に持ってるのかもしれないが、かれこれ一ヶ月ともなると……少し悲惨である。
 辛うじて名前は覚えたようで、「真田」だの「弦一郎」だのと呼ぶこともあるのだが。

(まだいいじゃないか……)

 問題は自分の方だといいたい。
 手塚は更に深い息をついた。

「……まあお前は、な……」

 気遣ってくれるジャッカルが切ない。
 紅い髪の毛のやんちゃ坊主、丸井ブン太に大層気に入られて弄られる、ガムをねだられる、妙な銀髪に騙される……と速くもヒエラルキーの下層に位置づけられつつある彼ですら、手塚の境遇には同情を寄せているのだ。
 というのも……幸村は手塚のプレイに興味を持ち、一緒にうとうとしきりに持ちかけてくるのだが、名前を一切覚えてくれないのである。
 もともと、自分よりもずっとそういうことが苦手な……ズボラな部分の多い彼であるが、わざととしか思えない理由がもう一つある。
 話を避けるように、先輩たちのかえった部室をそろそろしめるようかと真田が居心地悪そうに立ち上がった。
 はっきり言いたいが、言えない自分がいる手塚は、控えめに、真田に、

「真田は……柳(※←名前を思い出した)とは古馴染みだそうだな」

 と振ってみた。
 彼なら何とかしてくれる予感があるのだ。(なぜなら幸村が真っ先に名前をよんだのは彼だったからなのだが)
 だが、真田は「蓮二も、面白がる奴だからあてにならん」ときっぱりきってくれた。
 そこに……

 ガチャ

 ドアがあき、眼鏡をかけた少年が入ってきた。
 
「お疲れ様です。真田君、手塚君、桑原君」

 模範生とよぶなら彼だと、皆が認めるその人、柳生比呂士である。
 彼の名前は特徴的だったが、特徴は眼鏡だけでプレイも聊か地味である。
 ゆえに、幸村は「眼鏡」というお決まりの呼び方をしていた。
 正しくは「眼鏡1」
 ……そうなのである。
 手塚こそが「眼鏡2」。なのだが……略して「めが2」と呼ばれているのだ。
 ヒドイこと請け合いの呼び方だが、困ったかな、幸村は先輩受けが非常によろしい。
 突出したプレイのせいで叩かれるかと思いきや、その風貌の愛らしさと、面白いこと大好きなシャレの分かる性格が受けているのである。
 おかげで、幸村のあだ名はテニス部の公式になりやすく……手塚も例外ではない。
 コートの端から「メガニ!」と叫ばれることの不快さは……中学一年生としてはなんともたまらないものがある。

「柳生、幸村といたのか?」

「ええ。彼は面白い。……といいますか、毎度のことながらこちらが遊ばれていますよ……。相変わらず眼鏡呼びでしたが、気が変わったのでしょう」

「気が変わったってどういうことだよ?」

 詰め寄るジャッカルに、柳生は丁寧に返した。

「『別のあだ名にしよう、そうしよう』と、はしゃがれました……」

 嬉しいんだか迷惑だか分からない顔に、全員が顔を合わせる。
 今度は何だ……?とききたげに。
 このとおり、幸村のあだ名は進化するのだ。
 ともすれば、いつ自分が一番不名誉な呼ばれ方をするとも限らない。
 わが身可愛さと、柳生への同情とが一体になり、異様な期待が高まる三人である。
 手塚もこっそり、

(……となると……俺が眼鏡1か……)

 そんなことを思って、「いや……そんなことはどうでもいい」と自分の考えを打ち消した。

「明日発表するそうです」
 
 幸村君のお遊びにも困ったものですね。
 怒った様子もない、柳生は一年にしてなれ切っている。
 適応力のよさに感動するべきか……それとももうちょっと怒れとつっこみをいれるべきか。難しいところだ。

「まあ真っ当に呼ばれているのは丸井君と仁王君、柳君くらいですね。……それでも、われわれは名前を覚えられているだけマシといったところでしょう」

「そうだな」

「覚えていてよんでいないところもあるんだろうが……アイツは強いものにしか興味がないからな」

 先輩の名前もうろ覚えなのに、何故憎めないのか。
 一同は再び肩をすくめる。
 このおかげで、変な結束が出来ていることに彼らは気付いていない。
 そして、幸村にあだ名を付けられるものは順当にレギュラーに近づいていくことも……もう少し先に分かることなのだ。
 この時点では、恐らくは立海を背負ってたつことになる天才の奇行と……自分の明日の呼ばれ方に恐怖するばかり。

 結局この日は、幸村が戻る前に解散となり……幸村は方向が別で丸井たちと帰るため、手塚も先に部室を出た。
 柳生は次の日から早速「眼鏡紳士」と名誉なあだ名を与えられ、それが形をかえながらやがて「紳士」へと変形していく。
 そして手塚は……もっと吃驚なあだ名をつけられることになるのだが、結局今のところは「メガニ」のまま、いくのである。
 ときに、「タラバと、シャンハイ、どっちがいい?」と蟹扱いなどもされながら……。

(本当にこの部で平気なのだろうか)

 手塚の悩みは尽きない。
 だが、それ以上に、にこにことあだ名をつけながら君臨する変わりものの鬼と、彼を憎めず受け入れてしまう貧乏性の同級生……一緒になって悪戯をしかけるが、コート内での戦法までもが悪戯っぽいため関心させてしまうチームメイトに囲まれ……なんのかんの過ごしてしまうのである。
 他校にいっていれば、理不尽ないびりにも負けず先頭にたって一年生をまとめていたり……やがてトップに君臨し、こことは違うベクトルの個性派(?)を統治したりする予定だった手塚国光は、今日もテニスのプレイ以外のところでどうにも負けている。
 上手さを認めてからかっている幸村の意図に気付くまで、むっと膨れながら……。やがてなれて「諦める」まで。


 幸村の出てこない幸村最強話……と、手塚の苦労開始話。……幸村は変な人みたいですが単に悪戯が好きなだけ・見た目とプレイと、性格のギャップが凄いという話。