選抜合宿 一回目 前日の各校 

普段は交流のない関東の若きテニスプレイヤー。
だが、年に数度、限られた人間だけが招集される行事がある。

その場に呼ばれることは、ある種の栄誉。
同時に試練でもある。

その行事とは――


選抜合宿  一回目   前日の各校の巻




【SIDE氷帝】

「いいか、お前ら。俺様がいないうちに馬鹿なことすんじゃねーぞ」

何故こんなに気をもまなければならないんだ?
自分は選ばれた側なんだ。
もっとすんなりと送り出されるもののはずだろう?

そもそもこういうのは三年の役割だ、と跡部はため息をつく。
たしかに自分たち二年は個性の塊だという自覚もあるのだが……にしても「よく躾けておけ」と、故障で選抜を辞退した副部長にまで言われるのは、どういうわけか。

「特に誰とはいわねーが、忍足」

「なっ」

言うとるやん。と突っ込みを入れる自称「近頃改心気味」忍足侑士は、跡部がせせら笑うように声を投げると、苦虫をかみつぶしたような顔を見せた。

「きいたぜ?校門の女三人とっつかみ合い事件。てめぇの身から出た錆びなんだってな」

アーン?
すかさず、所業をぶちまければ、周囲に白けたような空気が流れる。
普通ならこの年代、「武勇伝」になるもてっぷりも、つきあいの長い中にあってはもはや呆れに変わっていた。
何せ巻き添えを食ってストーカーにあったり、無駄に待ち伏せされたりと、被害はきりがない。

ちなみに「校門の女三人とっつかみ合い事件」とは、読んで字の如く。
近所の有名女子高(※「高」である。お姉さまである。女の園である)から押しかけた女生徒数名が、誰かを巡って「デート待ち」の喧嘩を繰り広げた一件だ。
あまりの大騒ぎに生徒会まで出る始末だったので、みんな承知の上だ。
結果、犯人は分からずじまい、女生徒も体面はあったらしく――何事もなかったように戻っていったのだが、

「またかよ、侑士」

あきれ顔で、自覚のない忍足教育係「向日岳人」が突っ込みを入れた。

――これで大丈夫だろう。
よしよしと、跡部は計算をする。
注意するまでもなく、意外に世話焼きな彼が見張っててくれるに違いない。

――次は……

ふと、横にいる慈郎もなぜだかそっくりな目で、きらきらとした顔を向けているのが目についた。
が、

「後回しだな」

「?」

首をかしげる慈郎をよそに、他を見る。
もっと面倒な相手がいるはずだ。(慈郎は懐柔しやすい。なんのかんの)

ぐるりと周りを見回すと―― 一番の問題時がにこにこと微笑んでいた。
実のところ、選抜ならばコイツも選ばれるだろうと目をつけていた相手。
不二である。兄の方である。

――実はコイツが(選抜から)外されるとは思わなかったけどな。

まあそれほどに厳しいところなのだろう。今回の選抜は。
それはそれで仕方ない。

だが、跡部は不二をおいていくつもりがなかっただけに多少対応に困った。
ため息が漏れる。

何せ、最近ようやく自分とも打ち解けてくれはじめている彼だが、知れば知るほど放置しておけない気がするのだ。

悪戯でいえば慈郎よりも性質が悪いが悪気はなく――
おまけに宍戸まで巻き込んでくれる。
かといって、素行は悪くもないので岳人の教育的指導も利かない。

副部長に託していいコでお留守番させるのには、もっとも厄介なのである。
上級生の言うことをきかないというのではないが、そのまま放っておけばいないうちに何を吹き込まれるかわかったもんじゃない。
周囲への悪影響もある。

困った挙句、いいアイディアもなかったので、月並みなセリフで絞めることにした。

「不二も、大人しくしとけよ」

投げたともいう。
戻ってきてからのことはそれから考えよう。
跡部は、不二から コマンド「諦める」をゲットしていた。
取りあえずレベルは1。
後で悲鳴をあげることになるだろう予測に、隣の滝が苦笑している。



さて、氷帝学園からは、唯一、二年代表で、跡部が選ばれて、そんな問答を繰り返している同時刻、他の選抜組はどんな状況かというと少々異変が起きていた。
一番人数の多い立海大付属。
そのメインでもあった手塚国光が、腕の故障で大事をとって選抜を辞退し、代わりの選定がされていたのである。



【SIDE 立海】

「え?手塚いかないの?」

「精市、お前が二年の総代だろう。なぜ知らない?」

呆れた声で、「提出書類を書いてただろう?」と首をかしげるのは柳。
その横で椅子にもたれて「聞いてないって」とむくれるのは幸村精市。
どちらも選抜のメンバーである。
更にもう二人立海には、選抜のメンバーがいる。
そのうちの一人が辞退したというのである。

「ねえ、知ってたか?真田」

「うむ」

部室に入ってくるなりきかれたのが真田弦一郎。
正式に選抜組に行くメンバーでもあり、手塚を含めて四天王だのとよばれている立海の要メンバーだ。

「ふうん」

真田のくせに生意気だとでも言いだしそうな顔を一瞬見せた後、幸村はすぐ興味を失ったように椅子の背のタオルを手にする。

「どこへ行く?」

「筋トレ」

「他のメンバーについては聞かないのか?」

「うちから出すつもり?無理だろ。実力で手塚の次とくれば、他校からの選抜になる」

なんのかんのとリーダー格を任されているだけあって、こういう分析は冷静だ。
尋ねておいて勝手に自分で納得した柳を気にすることなく、幸村はコートに出ていく。
後姿をみながら一拍おいて、真田がきいた。

「で?誰なのだ?」

実力で言うと恐らく柳や、下手をすれば真田より上だろう氷帝の跡部は、とっくに選ばれている。
この年代で噂になっているのは後は氷帝の不二だが、試合をこなす数が足りないため実力がいまいち分からない。
六角やルドルフにもそれなりに実力のある人間はいるらしいが、敢えて二年のうち、しかも前期の選抜合宿で経験を積ませたいほどの人間となると思いあたらなかった。

「分からない。だが、山吹から出るという噂だ」

「山吹……」

「ダブルスが有名だ。だが、選ばれるのはシングルス要員だろうな」

「では――」

「俺も万能ではない。情報が足りない」
 
 さっさと話を切り上げた柳蓮二だが、実のところ名前だけは聞いてきたのだ。
 しかも強引に三年から、である。
 だが、分からないというのも事実だった。

 ――【千石清純】か……。
 どんな選手なのだろう。
 皆目見当もつかない。
 幸村は特別に興味を持っていないようだったし、真田は手塚とは学校で打ち合えるのでこだわっている様子もない。
 ただ、おどおどしているので、訝しく思って、声をかけると……

「いや……あの調子で幸村は大丈夫なのだろうか。その……他校ととの接触となると……」

「ああ」

 いわんとするところは分かった。
 スタートからフリーダムなのが我らが二年代表幸村精市だ。

「安心しろ。典型的な内弁慶だ」

 というか、専制君主は外には戦争は吹っ掛けるが同盟を組んでいる間は極めて理性的なものだ。
 こっそりと呟いて、焦る真田をなだめるでもなく柳は遠くを見た。



【SIDE 山吹】

 その頃、選抜に間違えて選ばれてしまった山吹の救世主。
 千石清純は、職員室で悲鳴をあげていた。

「えーーー!!南、行かないの?!きいてないって!」

 南、と呼ばれるのは、立海でも噂されていた(名前はスルーされていて相変わらず影は薄いが)ダブルス南健太郎である。が、何度も言うがここは職員室。
 千石がフレンドリーすぎる態度で悲鳴を返した相手は一応監督というポジションにいる、教員である。
 伴爺と呼ばれているが、一応教師である。

「ほっほっ。余ったのは手塚君の枠ですからねぇ。シングルスの選手でないと意味がないでしょう」

 まあ相手もにこにこ対応しているところを見ると、ため口がいつものことなのだろう。

「千石君、二年生は他にもいますよ」

「いや、それは分かるっていうか」

「君なら大丈夫だから選ばれたんしょう。よっぽどプレッシャーに強いか馬鹿じゃないと手塚君の後釜は厳しいですからねぇ」

「うわ、ひどっ。敢えて言うんだ、そこ」と口にはしているものの、もっとも千石も気にしちゃいない。
 んじゃ、これで南に泣きついてくるかーと思いたって、職員室を後にするだけだ。

「はい、出席っと」

 伴爺は、よーし南にいってくるーと走りだしたエースの背を見ながら、にっこり書類に印鑑を押した。
 *        *      *      *

 その日の――つまり出発前日放課後。
 本人の口から唐突に選抜入りを知らされた南健太郎(一応二年生代表)は、飲んでいた牛乳を一瞬吹き出しそうになって、あわててパックを置いた。
 報告に来た千石を心配そうに見やる。
 ついでに、この場に、(やっぱりダブルスでやはりそこそこに名の知れている同級生)大石秀一郎がいなくてよかったと、ふとほっとする。
 胃痛でいえば、彼の方がよっぽどひどいことを知ってるからだ。
 ――しかも、主に千石にせいで。

「行くべきか、そりゃ俺だってちょっと迷うけどさ」

 千石はその様子に、あっけらかんと「大丈夫だって」と返してきた。
「選ばれちゃったんだけど南どう思う?」と気軽に言ってきた千石に「お前、そりゃ行くべきだろ」と気軽に返しておいた後ではあるが、遅ればせ南が本気で心配しはじめたことに気づいたのだろう。

「でも、いい機会だって言われたし。南だって、やっぱいけっていったし」

「まあ、やっぱりなかなかない機会だからな。うちはそこまでシングルスの強い学校でもないし、他校のレベルを探るにせよ自分のレベルを上げるにせよ……」

「んー。だから、ま、気はのらないっていうか、実感がわかないんだけどいこうかなって」

「そ、そうか」

 選抜にそれはないだろ!と思うが相手は千石だ。
 対して考えてないのだろう。

「ま、頑張ってこいよ。せっかく氷帝の跡部や立海の幸村たちもいるしな。同学年も一人じゃないんだ」

「そっか!せっかくだから友達になって、可愛い子紹介してもらうってのも手だよね!そうだよなー。氷帝の制服って人気高いし」

「や、あの、千石?」

「うんうん。友達百人出来るかな計画。ありあり!そうときまったら、用意しなきゃね。んじゃ、南、俺今日は部活早退するから」

「えええ?ちょ、ちょっ」

 ――まて?これでいいのか?
 いや、突然手塚の代わりにされた身は案じてはいたが、それ以上にコレを野放しちゃまずくないか?
 疑問がわく南である。
 千石はうってかわってご機嫌になっているし、今さら止められようもないが……

 ――かくなるうえはとりあえず……

 そのすっとんで行きそうな腕を掴んで、 

「いいか、千石、くれぐれも変なことは」

「しないしない」

「本当だぞ?いいな?何かあったら連絡してきてもいいから」

 一時期はやったらメールが来るのでもうかけてくるな、メールもだ!と切れた南だが、こうなったらもうやむをえない。
 どうせ携帯持参なのだろう。
 こうなったら、遠距離射撃で、どうにか大人しくさせるほかない。
 気やすめだとは分かっていても何度か注意をして、その後、更に注意事項をまとめてメモにする。
 伴爺から、選抜の資料をもらってきて千石に渡すと、意外にもスケジュールが出ていたので、更に注意を足す。

「だいじょぶだって」
 
 南は心配症だなぁと笑う呑気なエースを前に、そういや伴爺もちゃんと資料を渡さないでどうするんだよ、とため息をついた。

 千石は、「友達百人計画」が偉くお気に召したらしく浮かれていたが、実際選抜メンバーはといえば知りうる限り友達はおろか知り合いになっていいものか迷う曲者ばかりだった。

 千石はやたら「おれ、仲良くなるの得意だから」と笑っていたが……

「だから、その軽口が信頼できないんだよって」

 南の心配もなんのその、翌日千石はわざわざ滅多にこない朝練に顔を出して、満面の笑みを浮かべていた。

「んじゃ、千石清純、いってきまーっす」

 はいはい、と送り出した南は知らない。
 後ろから、お母さんがいるよ、と同級生はおろか、先輩後輩につっこみをいれられていることを。
 ついでに、本気で泣きつきのメールや電話を待ち構えていたというのに、本気で友達百人計画中の千石は泣きつくどころか、曲者どもを謳歌するという事実を。


さて、本篇に続く。
  
  選抜スタート。 おそくなってすみませんでした。