真面目なきっかけ 第二回選抜合宿 一週間前 |
【SIDE 立海 幸村】
「俺、行かないぞ」
「ブン太、……まだ一言も言ってないよ?」
先手を決められて流石の幸村も怪訝な顔を見せた。
「分かってるから言ってんだよ。幸村君のいうことなら7割方予想がつく」
お前の言ってることわけわかんねーよ!と、たまにきれてるくせに。と、文句の一つも言いたくなるのだが、ブン太の眼が久々に座っているのを見て、口をつぐんだ。
ここぞというときに、自分を諌めるのは実は柳よりもブン太や仁王なのである。
幸村は経験から学んでいた。
ブン太がこう言いだしたら梃子でも動かない。
夏の大会が一区切りついて、早くも冬を前に二度目の、新しい世代での選抜があるという。
前回のが、個人戦に向けた上級生むけのものだとしたら、今回は世代交代のため――関東選抜と、関西選抜他、全国の選抜試合にもつながる規模の大きいものだ。
十数年に一度の逸材が揃った年だけに、できるだけこの機に若手が切磋琢磨できる場所と、コーチする側のノウハウを育てたいという狙いもあるのだろう。
そんな大人の都合はしったこっちゃないが、高校へプロへ、繋がる大きなイベントであり、選ばれる名誉は前回同様――いや、それ以上かもしれない。
ただしブン太にはあまり縁のないことだった。
「今回はシングルス中心なんだろぃ?俺じゃなくてもいいだろうが」
ブン太のいうとおりだ。
何せ今回の選抜も中心はシングルスプレーヤーなのだから。
というのも、冬にダブルスはダブルスで別選抜が組まれるのが慣例なのである。
ではなぜ、幸村がよりによってブン太を勧誘しているかと問えば、これにはちょっとした事情がある。
例年、選抜には直前の大会成績を踏まえて学校ごとに何人、何人ときりわけがされ、他の枠として、特別目立った(がチームはそこまででもないスター選手)をチョイスしていくならわしがある。
立海といえば、全国ナンバーワンスクール。ということはつまり、選抜のメンバーも多い。ダブルスは上記の事情で抜かれるが、それでも最低でも5人、できれば補欠入れて6人は出てほしいというのが全国連の言い草……大人の事情というやつだ。
前回の選抜から見ても、真田・幸村・柳・手塚は確実だった。手塚の腕も今回は完治しているから、そこに次の世代もと考えて赤也をいれてクリアするはずだったのである。
ところが、だ。
中学生ゆえに仕方ないおうちの事情というのがふりかかったものがある。それが、真田だ。親戚で不幸があった。最期の別れとあっては、さすがにプロでもなく、まだまだチャンスもある中学生をとどめるわけにはいかない。そこで、最終日こそ参加できるものの、真田は後合流になると決定したのである。
となると、残りの1枠をどうするか。
他校で補えないかという話もあったのだが、OBの圧力もあり、新部長の幸村が、任命する方向で片付けられてしまったのだ。
「誰かは任命しなきゃいけない」
「だからって俺にする必要はねーだろ。うまさでいうなら、自覚してっからいうが仁王も比呂士もあり。ジャッカルは、まあシングルス向きじゃねーし、やるつもりねーっていってるから別だろうが」
「確かに」
候補は柳生、仁王、ジャッカル、ブン太と必然的に残るダブルスチームに絞られる。立海はもともとダブルスプレーヤーもシングルスを嗜むから、実質幸村は誰を選んでもよかった。
その中でも妥当なのは詐欺師と紳士の二人だろう。特に、実践経験でいえば一番シングルスを体験しているのはコート上のペテン師、仁王だ。
「でもね、ブン太。ならなおのこと俺はお前を推す」
「んでだよ?」
「ダブルスとしての優秀さを認めてるからこそ、シングルスも使えるようにしておきたい。組み合わせが増えるほど、相手は混乱するし、団体戦には有利だろ?」
「まあ、な」
「仁王も柳生も卒なくこなす。たぶんそれでそれなりに伸びるんだろうね」
「だろ?」
だからと押すブン太に、健孫はない。
行ってもいいという気持ちはあるのだろうが、名誉とまではいかないようだ。
ダブルスの選抜にトップで選ばれることに比べて感慨がないのは仕方ないのだろうか。
まあね、と苦笑すると、ブン太は面白そうにするでもなく、「シングルス向きっていうには、俺は偏ってる」と、冷静に自分を分析した。
いつぞやも似たような会話をした覚えがあった幸村は、頑固だなと呟いた。
『なんで最初からダブルス一本で絞るのか』
そう、きいたのは一年の半分もたたない頃だった。
ジュニアからそうならば納得するがブン太はそういう選手ではなかった。
スクールのような、そういうには珍しいような、そんな中で育って、シングルスもダブルスもちょこっとかじったことがある、という程度だといっていた。
それなのに、俺はダブルスでボレ―ヤ―として世界一になるから。と皆の前にで言い切って見せたブン太がちょっと格好よかったから、なんで彼が女子に騒がれるのか分かったような気がした。
だから、ふたりきりになったとき、きいてみたら、かえった答えは単純に「シングルスにはむかないから」だったのでがっかりしたものだ。
『だからって、諦めるにはテニスが好きすぎるし、ダブルスであることに誇りを持てるとおもう』
けれど、そういったブン太はやっぱり男らしくて、シングルスが好きな幸村は自分としては「やっぱりもったいない」と思った。
あれから一年以上。結局ブン太はシングルスの試合を、練習ですらほとんどしなくて……赤也に付き合わされても、赤也の練習になるように相手をしてやる余裕はあるくせに勝ちにはいかないのだ。
そういう役割がいることも、分かっている。
倒すだけなら、あの生意気さを阻むだけなら、自分たちがいるから。
けれど、一度くらい、ブン太が真剣にシングルスもやるところを見てみたい。あるいはそこまで立ち位置を(無意識だろうと)把握できる彼だからこそ、自分たち、シングルスプレーヤーのフィールドを見てほしいと思った。
――だから……
「伸び幅が一番でかいのは、ブン太。おまえだ」
「……そう、か?」
赤い髪から、くるりと不審そうな――大きな眼が覗く。
こういうときは迷いをもったら負けだ。
けおされかねない、視線の強さにも、押されてはいけない。
「うん」
「……うーん、幸村君がいうんならそうなんだろうな」
赤茶色の髪にからみついた葉っぱを取ると、ブン太はふるふると頭をふる。嫌がってるのではなく、幸村のずさんさを知っているからしっかりとってくれると思っていないのだ。
人一倍周りにやさしいジャッカルという相棒のせいで、面倒をみられる体質と勘違いされがちだが、丸井ブン太には二人も弟がいて……兄貴分なのだ。本来世話はされる方ではなくする方。
――だからこそ、利用もできるしな。
下心は勿論ある。
赤也という困った自分たちの弟分のことだ。
立海以外の学校に喧嘩をうるようなことになったら、それもそれでOBがうるさい。
そこを任せられるとしたら一緒になったイタズラする仁王より、怒るだけ怒るが逃げられてしまう柳生より、ブン太が最適だ。(何せリアル兄貴だから)
が……
純粋に、ブン太は、
「わーったよ。そこまでいうんなら、頑張ってみる。幸村に期待されるのは悪くねーし」
と、こちらをみて笑ってくれるし。
たまにはお前たちの頑張り方を知っておきたいと、まさに欲しい言葉までくれるものだから……
――……いや、そんなふうに思われると……
それはそれで罪悪感が募る幸村だった。
そして、それだけで終わるような、いい兄でないのがこのブン太なのである。
そこは妹よりも、弟という悪戯好きで厄介な生き物を押し付けられているキャリアの違いなのか、
「その代り、俺は一切誰かの面倒はみねーからな」
いつも母に押し付けられてる分、しっかりちゃっかり断わりを入れてくれた。
――ちっ。
舌打ちしたい気持ちになりながらも、まあそこはそこ。
幸村はなんのかんので部長なのだ。
どうあがいても、全体の戦力を把握して、状況をわきまえて策を練る側の立場なのだ。
その私情よりもチームを優先する優秀さがあってこその、幸村精市。
そうして、仕方なく彼は「分かった」と、ブン太に許可をし、
「だから選抜に参加してくれ」
そう乞うたのだった。
そして、だからこそ、あとあと大変なことになるのだが……今はまだその危険に気付かず――
「ま、赤也の面倒なら手塚あたりにさせればいっか」と気楽に考えていた。
どうせ、真田はすぐに合流するのだと、詳しく状況を確かめもせずに。
そして 幸村をして疲労させる 怒涛の選抜合宿 二回目 が幕を開ける。