ヴァンパイア(立海SIDE)   >宰相 

「真田?」
 ドアが開き、中性的な声がフロアに響いた。
 周囲の兵士が緊張したのを見て、階段を上ってきた貴族らしき男は「幸村」と嗜める。
 こちらも若い。
 軽く瞑られた目と落ち着いた雰囲気に幸村と呼ばれた青年――まだ少年のような細い、危げなバランスの肢体を持つ男性は頷くことで答え、
「柳……。研究院にいるんじゃなかったのか?」
 呆れた様子で一瞥をくれたが、本気で怒ってるようではなかった。
「抜け出してきた」
「青山のものに示しがつかないだろう」
「貞治がいるからな」
「幼馴染か」
 幸村は「仕方ないな」と小言を止めて、柳と呼ばれた青年を執務室に招きいれた。
 立海城の最上階右奥のその一室は宰相だけが立ち入ることを許された空間である。
 青山公国と合同の研究ということは国家(ないし大陸)規模であることに間違えないだろうが、研究院に出入りする下級貴族の許される場所ではなかった。
 だが、柳はあっさりとドアの間に滑り込み、
「守備は?」
 目の前の上級貴族より先に口を開いた。
 立てかけられたブロンズの像の位置を直しながらの質問に、
「俺を誰だと思ってる?」
 幸村はさっきまでの儚げな風情を脱ぎ捨てるように、舌で唇を軽く舐め、笑った。
 刹那、鼻をすり抜けて出た嘲笑はかすかなものだったが、高慢さでなく何か空恐ろしさを感じさせる。
「すまんな、至上最強の宰相殿」
「ならば聞かないで欲しいものだな。ところで、真田は?」
「将軍職だ。この時間は鍛錬だろう」
「俺も一緒にしたいところだが――宰相の立場上、しばし無理だね。それで、赤也だが、連絡が途切れてる」
「弦一郎がお冠だな」
「だろうと思ってね。……朗報を用意しておいた。真田には柳から伝えてくれ」
 幸村は机の上の大量の書類から、一枚厚手の金箔が施された正式文書を抜き取り破り捨てた。
 丁寧に裂いた紙をまとめて、柳の手に落とす。
「【不動】の弱点はなくなった。その件では脅しがかけられない。だが、ラッキーなことに新しい『弱点』はできてね。そちらを赤也にまわす」
「なくなったとは?」
「吸血鬼は昼間弱いから、襲撃にはちょうどいいと思ったが、彼は【入れ替わった】らしい」
「橘将軍が?」
「ああ。知ってるだろ?【入れ替わり】……吸血鬼遺伝を持った家系に時折現れる――」
「『滅多に現れない女吸血鬼の出現により、一族内の吸血鬼遺伝を持っている者、すなわち男が文字通り、女と入れ替わって、人間になる現象』とお前は言う」
「そういうことだ」
「では、新しい弱点とは彼の家の女性、か」
 赤也向きではあるな、と柳は納得した。
 幸村は面白くないと言った様子で、「確率は?」と尋ねたが、恐らく柳の答えを知っていたのだろう。聞くだけ聞くと、興味なさそうに部屋の奥へと足を進める。
「六十パーセント。橘家は青山の領内にある。面倒なことに巻き込まれかねない。あそこには古参がいるだろう」
「いるね。千石はともかく不二にはまだ近づかせたくない」
「赤也がアチラ(吸血鬼)側に引きずられるとは思えないが」
「知っている。だからこそ、命じる。真田にこの書類を。同盟は破棄する。近いうちに――。そうでなければこの国は持たない」
「ああ……。ロイヤルブラッド(貴族)は溢れているが真のロイヤルブラッド(王家)が不在だと知られるわけにはいかんからな」
「各国のヴァンピールに連絡をとっておいてくれ」
 ヴァンピール――吸血鬼に敵対する吸血鬼だ。本来、狂ってしまった吸血鬼(なんて最近お目にかかれやしないが)を排除するべく、主に地元の軍に協力しているのだが、立海は密かに彼らを好条件でスパイとして雇い入れていた。
「王の筋を見分ける吸血鬼は危険すぎる」
 そういうことである。
 この国の王はとうに崩御していた。ついでに世継ぎがない。分家も取り潰しが相次いで、血縁が全く見つからない状態にあった。
 先ほどの「ロイヤルブラッド」発言も自嘲でしかない。貴族はどこかで王家に血が繋がってる、という語源を持つ言葉だが、この国は実力主義に切り替えて久しい。
 何故王も実力主義にしなかったのか――幸村は悪態をつくかわり、手持ち無沙汰に脇の花瓶から花を抜き取り、窓の外へこともなげに捨てた。
 遠くを見つめている。
 実際、王はシンボルとしてならず、帝国内の他公国との実務の関係上、まだ権力の大半を占めていた。その地位に人がいないことが国際問題・国の生存をかけた大事であるのは言わずもがな。
 国内権力を全て任されている宰相の焦りはもっともだった。
 柳はこれ以上何もないと見てとって、踵を返す。
 だが、ドアを出る手前、幸村は窓から目をそちらに向け、
「それから――」
「まだ、あるのか?」
 何を考えているのか、柳にさえ読めない表情で呟いた。
「聖ルドルフへ『紳士』を」
「『柳生』でなく?」
「ああ、非公式に教会内部を探ってもらいたい」
 執務室の扉が閉まる。
 それ以上言うことはないという意思表示だ。
 苛立ちでなく、何かその頭の内側で、最強を歌われる宰相の老獪な部分が躍動しているに違いない。

「聖ルドルフ……教会軍に触れるなということか」
 それから橘の家からなるべく女を政治関係者に触れさせないこと。
 柳の中でもまた計算が始まる。
 立海は伝統と、実力、個々の能力で王崩御を国民は愚か上級以下貴族にも知らせず持っているのである。

これが立海側の状況
そのうちヴァンピール(赤也)辺りとの契約話をアップ予定。
その後がこの後の話ですが、その前に聖ルド側

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