執務室に入ってきた宰相、忍足は意外そうに顔を潜めた。
「心外だなー」と、机に寝そべっていた滝が呟いて、本音の見えない笑顔をこちらに向ける。
いつもならばこの時間、補助役でも日程調整係でもあるこの書記官は、のんびり図書館に篭もって仕事の続きをしているはずだ。まるで趣味のように日課となっていたというのに……。
「何かあったのか?おかしなやっちゃ」
「そうかな?ちょっと可愛い迷子と遊んでてね。遅くなりそうだったから先にコッチに寄ったんだよ」
「ほお、猫でも迷いこんできたんか」
「うん、そんなところ。んー……子犬、かな」
滝はニコリとすると、またぺらぺらと紙をめくりだした。
宰相の机の横、自分用のミニデスクでくつろいでいる姿が妙に優雅だった。
甘い香りがする。
忍足は急に複雑な気分に襲われる。
――なんや、男やん……。
そう知ってはいても、滝は中性的過ぎて目の毒だ。特に今日は色気が増しているような気がする。
勿論、大抵の貴族がそうであるように忍足は女に不自由したことがないし、夜になると女が恋しくなることもショッチュウ。いうなれば、わりと盛んなほうだ。
――せやって、誘われるっちゅうか……。
自分でも半分、そうみられたいかに振舞っているように、滝の流し目がおもわせぶりだった。
「アホかと思うがきいてもええ?」
「ああ、手短にね。忙しいから」
「自分、誘っとる?」
「さあねー」
「……あかん。騙されかけた」
正気を取り戻す。
切り口の激しさは健在だったようだ。
「さあね」といいながらも、きらりと光った目にはうっすら光が宿っていたような気がする。
同時に、ふと原因にも思い立った。
――図書館に、子犬か。
あっさり聞き流していたがわりと貴重な情報だ。
謎賭けが好きな滝のこと。
きっと何かいたに違いない。
遊びやすい玩具が。
「ほな、ちょお、こっちも休憩にするわ」
「了解」
忍足はゆっくりとその足で図書館に向かった。
* * * * * * * *
王宮の図書館は品のいいつくりで、補強こそされておれど昔からの建築の様式を色濃く残している。それでいて流行の飾りをさり気なく柱や扉にあしらうのだから、腕のいい職人たちでも舌を巻く。
「相変わらず派手やな」
城の主がいなくなり、もうこれでかれこれ四年が立つが、都は益々栄えている。図書館も、貴族のみならず大勢の庶民――主に学生と学者を中心としたアカデミーの連中が来て、大いに本を調べ、奥の部屋で語っていた。
そんな脇をぬけ、滝のお気に入りの部屋――王立専用の研究室に向かう。
一階の一番奥の部屋だ。
詰めている研究員たちも顔馴染みで、対応が違う。
大臣やら宰相やらの官吏を始め、騎士含む貴族郡は後ろの専用扉から入場することが多くお忍びだが、忍足と滝は特別だ。出入りの多さから(そのほとんどが滝の、であり、忍足は滝を迎えに来る羽目に陥ることしばしばだった)面から入ってくることも多々ある。
みんな慣れっこであるせいか、TPOをそれなりに考えた服にごく普通の貴族のおぼっちゃん程度の扱いで済ませてくれている。
今日も忍足は会釈で、「奥に見たいもんがあるねん」と言い、「仕方ないですねえ」とお小言のような許可を得た。
「で?子犬言うんはこれか」
「……んー……」
何かの気配はした。
ただあまりに人の気配から遠く――確かに言われてみれば子犬に近いかもしれないが、害はなさそうな謎の物体A。それはふわふわくしゃくしゃな金色が眩しい顔の整った少年だった。
思い切り寝ているのだろう。
突付いても起きない。
「滝?」
少しだけ暗めに声が響く。
まるで中途半端な飼い主に餌を強請る子犬のようだ。
威嚇と牽制しながらも、おなかがすいて必死になっている。
「滝ちゃうで?忍足や、忍足」
「忍足?んなやつ、知らない……」
「おう、寝ぼけてんか?ま、しらんでもええわ。せやけどここは立ち入り禁止やで。いくら滝のお連れさんだからってな」
「……ちがうしー……」
「やるねーのまねかい?」
語尾を延ばす癖をまねしても、相手には通じなかった。
「ぐー………」
規則的な寝息。
実は寝ていない、と、忍足は感づいていた。
あまりに規則正しかったからである。
寝るに寝られない種族、不自然な飢餓。
不意に思い当たって、凝視する。
「吸血鬼――」
「おめぇ、知ってんの?」
ぱちりと大きな瞳が自分を移した。
やっぱり寝てなかったらしい。
「そら、な」
この国の中核を担っている王宮側の人間だ。
いくら希少種になっているとはいえ、吸血鬼もヴァンピール(あいのこ、あるいは人間側に寝返った吸血鬼)も伝説だけでなく史実まで、ある程度は学んでいた。
「マジマジすっげー!滝もさ、知ってたけど、別だC!」
「別?」
「アイツ、わかんねぇの」
「なにがや?」
確かに滝は生きてるのが希薄なところがある。
だがその分、吸血鬼にとって狙いやすい餌だとも思うが。
「もう、こっち側に来てるもん」
「?」
「こっちの話〜……ねむっ……」
「…ほんまに眠くはあるんかい」
吸血鬼イコール昼間眠らない、は嘘なのか?
呆れて眺める横で、吸血鬼は「ジロ」と、確実に子犬くさい名を名乗り、「『忍足』ね。んーわかった」と吸血鬼特有のインサイト染みた『読み』を働かせた。
――なんのこっちゃ。
思っていると、ジロの手が腕をひっぱった。
こてんとその上に頭が乗る。
「うまそ……」
「あんなぁ。吸血って移るんちゃうか?」
伝説と曖昧な部分を尋ねてみる。
現代を生きる吸血鬼は、基本的に、単なる吸血鬼種族の遺伝情報のため弱体化が進んでいるだけで基礎は人間だ。ちなみにそういった弱点のかわり神経筋に特別なものを持っている――第六感が極めて発達し、また瞬発力・体力ともに夜・血のフレーズによって一時的に極限まで高められる。ただ血が栄養になるかというと、そういうわけでもなく、実際は「飢餓感」を払う為に必要――正気を保つ為に必要だとも言われていた。
ちなみに血という食欲の他、古来から受け継ぐ資質もある。
その1、十字架、聖水、にんにくが苦手
その2、吸血鬼を作れる
その3、朝日に弱い
ただどれも本当とも嘘ともつかないらしく、詳しい情報を取り寄せてもいつの間にか違う例が出てくるところをみると一言に吸血鬼といっても千差万別らしい。
「移らないよ。ていうか、血じゃなくてもいいC」
――じゃ何が欲しいん?
言う前にジロはまた先読みで説明をくれた。
「女のコのがいいんだけど……最悪お互い気持ちヨクナレレバお腹いっぱいになる……」
「……あんなぁ、ふざけとらんか?」
「……マジだし」
要するは、ジロに言わせれば性欲イコール食欲になるらしい。満たす為の方法も同じく。
「男と寝る趣味はないで?」
「奇遇。俺も」
「じゃ、どうするん?」
「吸わせて」
「……率直なやっちゃな」
といいつつ、既に腕を捲り上げるジロを留める気もせず、「せめて指にせいや」とばかりに、忍足は自分の指の皮を一部薄っすら噛み切り、ジロの口に突っ込んだ。
「へんなキスマークつけられたり歯立てられるよりはましや」
「ん」
眠さ半分ジロは答えて、だるそうに指を齧った。
「あんま痛くせぇへんでな」
「……」
「何がかなしゅうて男に……」
嘆く忍足を無視して、子犬はそのままミルクがわりの血を吸うと、眠りについてしまった。寝顔を眺めながら、忍足は起すわけにもいかず午後の執務を丸々休んでしまう羽目に陥る。
気付けば夕焼けに書庫が照らされ、奥の部屋を除く図書館が閉館の合図がされる。
――これじゃ、滝のお気に入りに手出したんちゃうか?
翳りつつある書棚の隙間窓を見て、忍足はふとまずい事実に思い当たった。
何となくジロと滝は知り合い――しかも尋常でない知り合いだという気がする。
加えて、この眠るこの言い草では「こっち側」――吸血鬼側、なのか?
――なんや偉い面倒なことに関わってもうたわ。
貴族の血――ロイヤルブラッド。
元々は王家の血をさしていたが、いつごろからか貴族全般を指すようになったその「血」を吸血鬼は格別に好いていた(王家はやはりまた別段らしいが)
忍足は知らなかったが、それは吸血鬼にとって格別に美味しく感じるものというだけでなく、『常習性』をも含んでいたのである。
かくして、帰宅前執務室でお小言をもらいつつも、何故か見透かされ――ここにまた滝は吸血鬼では疑惑があるが、怖いので言及しないことにした忍足である――自宅に引き返した忍足の日課はこの日から少しづつ変化を余儀なくされた。
家のドアを開けた途端、
「なんでお前がおるねん!」
「だって、起きたんだから仕方ないC!」
夜も更けて、やたらご機嫌モードになったジロが忍び込んでいたり……。
昼は昼で休憩時間に滝に頼まれ、本を取りに行ったら、
「おはよー……」
眠りこけていたジロに挨拶され、食事をせがまれたり……。
言うなれば子犬の世話係、に、任命されていたのである。
忍足は王宮入りびたりのこの困った吸血鬼を見て、博士に辞書の一ページを書き換えを命じざるを得なくなった。
すなわち、吸血鬼とはいえ、非常に有効的なものもおり、一概に全ての体質が当てはまるわけでもないのだ、と。
王宮側はこの三人が基本。跡部に乗り入れる千石@ヴァンプ話もあるかもですが
この三人はHPオンリーでぐだぐだいこうかと……。岳人と日吉あたりは乗り入れたいですが……