ヴァンパイア(王宮 ロイヤルブラッドSIDE) >始まりの死神と、それまでの悪魔

 「ツマンないならやる」

 「何を?」と聞こうとしたんだ。
 そうしたら答えは塞がれた。
 差し出されたのは……牙だった。
 首筋へのキツイ接吻。

「これで、俺と同じだC?今ならまだ人間(もと)にも戻せる」

「ああ」

  そういうことか。
 でも、残念ながら――

「ごめんね【慈郎】。僕も同じなんだよ」

 そう。
 自分はあいのこだから。
 けれど、ヴァンピールにもなりきれない、人の皮を被った吸血鬼(悪魔)。
 だから、悪いけれど永遠なんて言う退屈は出来ないんだ。

 * * * * * * * *
 滝が紫陽花の咲く下で寝ぼけた少年を見つけたのは午後四時半。
 王宮の図書館が閉められたのと同刻だった。あそこは、毎月月末だけ閉鎖時間が一時間早いのだ。
 そんな折、王宮の深くに潜り込める人間はそうそういない。
 滝は宰相の書記官として、そういう【特別】は心得ているが、残念ながらこの金髪には見覚えがなかった。
 ――人間じゃない、とか?
 長雨にやられて土だらけの紫陽花の葉を気にもしないで眠る彼は、綺麗だが血の気が薄い。

 「まさかね」

 思わず、閉じた目から輪郭にかけてを視線で辿った。
 癖のある金髪と、薄い色素の肌。
 執務室の天使の肖像を思わせる少年だったが、どこか疲れた感がある。
 宰相――忍足ともまた違う、どこか達観したようなイメージ。
 若くして老衰した雰囲気に覚えは一つしかないが、決め付けるには早急だ。
 言い聞かせて、目をつむると、ふと、

「おめぇ、何が欲しい?」

 下から声が聞こえた。
 慌てて見る。
 ぱっちり空いた目がこちらにむかう。
 それも一瞬で、すぐ目は眠そうにたらんと垂れて、

「つまんねぇの?」

 欠伸をかみ殺し、少年はまた目を閉じる。
 予想外の言葉に、滝は思わず黙り込んだ。
 何せこれまで「何をしてても楽しそうだ」だの、「得たいが知れない人」だのと散々言われ続けてきたのである。こんなふうに自分を評したのは、忍足と、この少年で二人目だった。
 いや、もっと昔のもう一人、いたような気がする。
 ああ、あれは自分が≪人間≫側を選んだ直後のこと。
 ――ロイヤルブラッド、か……。
 誰か思い出してしまえば、それも癪で、記憶の底に再びその名は封印しておくことにした。
 ソレより今はこの闖入者だ。
 と、その少年は何か強請るように手を伸ばしてきた。
 ――ああ、起きるのかな?
 手を差し出してやると、案の定勝手に反動をつけて起き上がってくる。

「つまんないならやる」

 土がマントを汚すが、払う気が何故か起きない。
 起き上がってこちらをじぃっと見やる二つの球に囚われるうちに、

「え?」

 少年はそのまま反動で倒れて滝の肩に顔を寄せ――……そのまま、押し返す間もなく、首筋に痛み。
 甘噛以上の力で、皮膚に傷を付けられたのだ。
 ――吸血。
 その行為にかっと身体が熱くなる。
 それは単なる生理的反応だったが、滝はそれ以上を知っていた。

「これで、俺と同じだC?今なら好きな方が選べる」

 にぱっと笑った少年の名も、こうなれば遠慮なく≪透視(よ)≫めた。
 ついでに、その好意の狙いと、それが失敗する事実も、滝は知っていた。

 「ごめんね【慈郎】。僕も同じ(吸血鬼)なんだよ」

 ゆだねられる重さに人としては足りないぬくもりを覚えながら、ジロを引き離し、滝は盛大にため息をついた。
 「同じ」と言った後、急に痛んだ目を押さえて、ゆっくりと唇が上端だけ上がる。
 吐息以上に不自然な微笑が零れたように感じた。

  * * * * * * * *
「マジ?スッゲー!俺、始めて見るC」

「ああ、あいのこは珍しいからね」

 滝は吸血鬼のハーフだった。
 珍しいことに、生粋の吸血鬼ではなく、噛まれて望んで吸血鬼になった人間の息子と、吸血鬼の間の混血だ。そのせいか、生半可なヴァンピールとも違い、吸血鬼側に憎しみもない。
 ヴァンピールの場合彼らのほとんどが親に捨てられたり、あるいはマトモな吸血鬼を守るためにその仕事に就くのだが、滝にはそうする理由も必要もなかった。
 人間である方の親は貴族で守る必要もなかったし、吸血鬼側も自由気ままに暮らしていた。
 滝は気付けば、彼自身書記官として王宮に出入りするようになっており、親もいつの間にか屋敷から姿を消していたが、単純にバカンスなのだと予測もついたので放っておいている。
  滝にはあせりも困りもなかった。
 そういった事態に慣れっこだったのである。
 ――定職にも就けているし。
 不満はない、とまあそんな状態だ。

「じゃあさ、俺に噛まれてもぜんっぜん平気なの?」

 ところで、ジロは見るに生粋の吸血鬼だ。 この反応や知識のなさからすると、そこまで古株ではないようである。
 生来の年代なのかもしれない、と滝は思った。
 「うん、平気だと思うよ。僕には噛む趣味もないけど、たぶんやろうと思えば吸えるだろうし、一応ソッチの血も引きついているのに感染も何もないねー」

 補足すれば吸血鬼とは種族というより最早遺伝性の病気みたいなものだ。それが証拠に現在受け継がれている吸血鬼の特徴は元来とほぼ変わらないが、個体差があり、中には全く人間と変わらないがちょっとだけ光アレルギー気味なんて者もある。
 スタンダードは次の3つ。
 その1、十字架、聖水、にんにくが苦手
 その2、吸血鬼を作れる
 その3、朝日に弱い
 それから後は血に食欲を覚えるだけ(ついでに性欲を満たすことでもそういった食欲は代替可能らしい)

「ふぅん。けど、つまんなそう」

「そう?」

「滝の顔、疲れてるって書いてあるC」

 それはそっちの方だろう。
 元気に見えても、「お腹がすいてます」といわんばかりにさっきからグーグー腹が鳴っているし、瞳孔も妙に開いている。吸血鬼的な飢餓に襲われ、寝られていない顔だ。
 見覚えもあるし、滝自身、昔はわりとあった光景。
 仕方なく、滝はジロに腕を差し出した。

「飲めば?」

「いいの?」

「いいよ……別に」

 コンマ数秒、ジロは遠慮なく牙を立てた。
 これが始まりだったのだと、滝は後に振り返る。

 * * * * * * * *
 懐かれてしまった、というのが正しいところだろうか。
 大体同い年だと発覚して、ますます愛着が沸いたらしい。

「あー?……滝かー……眠ぃ……」

 ジロはここのところ、毎日ここで寝そべっている。
 図書館奥の特別な一室である。
 外で待つジロが、時おり雨に濡れて寒そうにしてまで自分を待っているものだから、思わず「ここにしなよ」と薦めたのがまずかったのだろうか。
 だが、眠るジロに危険な力は感じられない。
 吸血鬼の例にたがわず、昼間は弱かったが夜はどうかと思えば、夜も寝ぼけている。気分屋。興味があるものにしか覚醒しない。
 王宮へもたまたま好奇心で来たか、無意識に、飢えに誘われてきたかのどちらかだろう。悪意はなさそうだ。

 「ジロ、何か食べる?」

 ――例えば僕の血とか? 言わずと、≪透視≫んで、ジロはこくりと頷いた。

 餌付け。
 これは滝にとっても甘美な誘惑だ。
 こうしていれば、自分はヴァンピールでも吸血鬼でも、人間でもなくても……ただの滝として、ジロの餌という目的を得ることが出来る。

「ん」

 文句なく快楽に溺れるジロも、それに満足を得る滝もどこかでズレが生じていると気付いてはいる。
 だが滝はソレでいいと思っていた。
 ――つまんなくはなくなったしねー……
 退屈逃れは、時間に限りある人間にとっても時にありがたい。

 ――お互いがお互いしかみなければいいのに……

 それは無謀で、ジロは好奇心が強くはないが、そのうちこちらの異常さに気付くだろう。
 ――ヴァンピールにもなりきれない、人の皮を被った吸血鬼。吸血鬼の皮を被った人間……。
 不安定さは意識すればするほど増す。
 吸血鬼が吸血鬼を増やすときは取り込もう、相手を仲間にしようと意識せねばならず、ジロはもうそれはやめていたはずだったが滝は如何せん元が吸血鬼性質。
 生来のものを引き出すのにストップはかけられない。
 結果、ジロが吸えばすうほど滝は飢餓を覚えたし、生きる目的は得ても永遠という退屈は近づいていた。
 カウントダウンの音が聞こえる。

 「ねえ、ジロ?」

 それを終わらせるのはどちらか。
 図書館を最後に出ることになるたび、部屋の明かりをけしながら「結局、自分が終わらせるのか」と自問自答していた。
 ――そうだね。
 ソレも悪くない。
 滝は薄い笑顔を浮かべたが、あのときよりもずっと泣きそうだと思った。
 いつのまにか付いてしまった表情が、ジロに気付かれないように目を逸らせ……
 でも、出来るだけ綺麗な微笑を導く。

「僕はあいのこだから。
 ――だから、悪いけれど【永遠なんて言う退屈】は出来ないんだ」

 ――吸血鬼とは違うんだ。
 ――だから終わりだよ?

 そういって図書館を出た滝を、ジロは止めなかった。
 滝にはそれも分かっていた。
 ゆったりとした廊下を進み、執務室に戻る。
 書記官の業務は終了済みだったが、昼来なかったせいで書類はまだ少し残っていた。宰相(忍足)というオプションもいる。

「おう、なんや滝?お昼はどないしたん?」

「あ、うん、忍足。子犬と遊んでいたんだ」

「ほぉけったいなこっちゃ」

「宰相忍足殿もたまにはいいんじゃない?」

「……あのなぁ」

 直ぐジロを何とかしてやれそうな人材を周到に導いてから、滝は自嘲しようと唇を歪めようとした。
 が、残念なことに表情はすぐまた引っ込んでしまっている。
 ジロには自分より忍足の方があうし、自分にもまたジロだけでは足りないことを知っていたからかもしれない。
 ――つかず離れず、でも一緒にいる……
 それがジロとはあっているような気がしたから、滝は不思議とショックは受けなかった。
 だからだろうか。日数がたつと、滝は忍足も出入りを始めたあの図書館の部屋に再び通いはじめた。ジロはまだそこにいた。

≪もう、滝はこっち(永遠の退屈)側に来てるじゃん≫

 と、そう、ジロが二人の時間に呟いたことなど知らなくてても――滝はあくまで滝で――。
 吸血鬼の滝でも、人間の滝でも、ヴァンピールの滝でも、ジロの滝でもなく、自由な「滝」のままだった。

≪ねえ、滝、俺らはもうちゃんと仲間なんだよ?≫

 二人の秘密の場所が三人の、になっても、当然のように一緒にいる。

「それで何故駄目なの?」

 ジロの呟きの中身を、滝が聞くことが叶うのはもう少し先のこと。
 ついでに「そうやで」と吸血鬼に懐かれた可哀想(と書いて阿呆とも読む)な宰相が相槌を打つのも、ロイヤルブラッドの中のロイヤルブラッドまで巻き込んで大騒動を起すのも……もうほんの少し未来の話。

 だから今は滝は哂う。
 ――これでよかったんだよ……
 ほんの少し寂しそうに、あるいは無表情に。
 しかし反対に、その諦めた表情が滝らしい飄々としたものに納まるまで、ジロは「何で気付かないかな」と首をかしげる。
 滝は知らなくても、滝がどうしてか分からなくても、「滝が一番マイペースだ」ということなど、既に周囲の人間(ジロと忍足)は知っているのだ。

【 だから、悪いけれど永遠なんて言う退屈は出来ないんだ。 】

 自分では気付かずにいても知らずに人を楽ませ、永遠の退屈を吹き飛ばす人材こそ、永遠なんて長い時間退屈できやしないのだ。  
 この調子で他人と関わっていれば、この先がそれを証明するだろう。
 気付かぬ滝はまだ自分を「あいまい」にしてしまうのだけれど。



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