◇ 誤解が過ぎると、愛にされる◇

「好きなんだろう?」

溜息がてら齎された一言に、はショートした。

「な、にいって、」

土方さんらしからぬ苦笑に、否定が遅れる。

「俺に小言言うほどだとは思わなかったが」

――決めつけられている。

話の概要が、「彼」に関することだとは、とうに知られているようだ。
だというのに、土方は、の言葉を止めるよう、

「隠す必要ねぇだろうが」

上唇を弓型に逸らす。

「ちが、」

は思わず絶句しそうになった。
が……やがて、何とか弱弱しいながらに否定する。

「そんなことありません。山崎さんならともかく……」

近いところにあって、けれど、確実にそういう甘い話ではない「本題」を前に、土方のからかいなど、些細なことなのだ。
けれど――土方は、なおのこと面白そうにして、

「へーぇ、山崎ねぇ。まあ、そっちもありうるとは思ってたが、あっさり言われてもな。かえって信じがたいもんだ」

「……」

「それとも、本当に山崎が好きか?」

「……それはそれで……どうでもいいんですが」

変なところで素直さが出てしまったである。(お目付役として数カ月真っ当に話してるのが、山崎だけなので、恋愛は兎に角としてどうしても贔屓は出てしまう)
だが、もうそろそろいいだろう、ということは、何となく理解していた。

「で……だ」

土方の目はゆっくりと真剣味を帯びていく。
は黙ってその視線をうけとめる。

「はい……」

土方は苦笑して、かしこまるなと、一声。
正座も崩していいと――先ほどからこっそり痺れていたに忠告して、もう一度場を仕切り直す。

「距離の問題はさておき、お前の命は山南さんが救った」

「分かってますよ」

その山南さんが怪我に倒れたのは先日。
はついさきほど知らされたばかりだった。
犯人は斬ったが、あの人の腕は恐らく――かえらない、そう山崎に言われて真っ先に考えたのが土方の反応だ。

「だからって、好きになれとは言わないがな……。けど、お前は山南さんの件で此処に来た。違うか?」

ふるふると。
首を横に振る。
の様子を見て、土方は肩を竦めた。
そうして、きっぱり言う。

「恩返しっていわれる方が、あの人にとっちゃ酷だと思うぜ」

あのひとはああいう人だから。

剣を振るうように、真面目に……。
土方の目は、に分かるように、「止めとけ」と――「恋愛沙汰ってことにしておけ」と訴える。

――ああ、やっぱり……。

土方は理解したうえで、言っているのだ。
今は保留にしてあるが、いずれ、土方自身が山南の身を考える。
そのときに、決して悪いようにはしない――そんな未来とともに、に今は何も言うなと。そう言うのだ。

――けれど……

は今、何かしたかった。
――否。
しなければ、ならないと強く思っている。

「あの人は、同情を受け付けない。恩返しのがまだいいが……それも嫌がるだろう」

「ええ……」

――でも――。

状況を把握済みだ。
あるいは、土方よりも冷静に分析出来ているかしれない。
数か月、近くで見ていて、近藤の新選組が決して一枚岩ではないことを、は部外者だからこそ肌で感じていた。

「思考」「思想」の問題。

この時代ともあれば、「流派」にかかわる部分もあるのだろうが、その区分についてよくよく理解できている。

結論から最初にいえば、「動けない山南敬介」に対して、そのままの状況で居られるほど内部の状況が芳しいとは言い難かった。

「既に動揺が広がっています」

「何か」がこのままでは起こりかねない。
匂わせれば土方の肩がピクリと動いた。

「山南さんをどうしたいんですか。最初から思想に若干のずれがあるのはみて取れます。だから……」

「だからこの機に斬り捨てる?まさか、あのひとは必要なひとだ」

「ならば!」

「まあな。 だが、腕のことで自棄になられてちゃあな……こっちが、やりづらくてなんねえのも事実だ」

「……ひねてるのはもともとって気もしますが」

「否定しねぇ」

自信があるようで、どこか不安を抱えている山南は、だからこそ勤勉だったのだろう。の命を救うかわり、から「思考」について教えを乞うたのもそれがゆえに違いない。
からすれば、あれだけできるお人が、何故焦るのか全く理解できなかった(実はその必死さが、真っすぐで怖くて仕方なかった、とこっそり打ち明けておく)

よりも長い付き合いの土方だ。
その不安定さとともにある彼の「ひねた」ところに、思う部分もあったのだろう。

「そこまでおまえが分かってんのが意外だったが?」

わざとにやりと笑ってくれる。
もちろんこのままからかわれてやる義理もない、は、

「だてに遊ばれてもいなかったんで」

にくまれ口で返していた。

「あの人は……」

人に教えを乞いながら、半分は答を知っていて―――滅多にかえないくせに、そこをこちらが指摘すれば、乾いた息を吐いた。
何時の間にかからかわれることが気にならない程度に、は、山南の理想を知っていた。

「私見ですが――」

正直に言おう。土方相手だ。
多少啖呵をきったって、山南は許してくれる。

「此処で唯一大局を見られているひとです」

今のところ、でしかなくて……たまに自信過剰になったり、自意識過剰になったりするところもあったけれど。
そこは嘘じゃない。

「それに……まだ、あのひとの悪知恵は必要だとおもいます」

全面的には賛同しかねる場合もあるが、実際的な「目先の調達あれこれ」については、残念かな他に方法がない「随一」を生み出す才覚は天才的だともいえる。


「悪知恵って、お前な……」

「違いますか? 影働きがいても、使う方が善良ではやっていけないでしょう……かといって、山崎さんがあのひとについてなくてよかったとは思いますが……」

それくらい、あの人は汚いことも考えられる――だから彼が必要だと。
は、土方の「真っ当すぎる正義心」を暗に指摘した。

だから、まだ消すなと。頭として残せと。
言われるまでもなく、土方とて考えてはいるだろうが、あえて第三者として表現した。

……しかし、さすがに言い方が悪かったのだろうか。

君」

「あ、山崎さん……」

本人はともかくその下――影をつとめる山崎自身も真っ当なだけあって、何処からともなく、土方との合間に立ちはだかる。

「山崎、落ち着け。こいつも山本の知己だ。痛いところをつかれたが間違っちゃいない」

「ですが」

「そんなことより、――、それで、何の話がしたい?折り入って相談というからには、ただの嘆願ってわけでもないだろうが」

「ええ」

最初から言わせてくれ、と顔に書いて。「渡りに船、だといいのですが」などと断ってから、提案を一つ。


「私を補佐につけてください」


「山南さんのか?」

「はい。戦いには出られませんが、知恵なら使えます。あの人に出来ることで、此処(新選組)に必要なことが私にも見えてる」

「いうじゃねぇか」

「本来なら、本人が見えてるはずなんです。でも、今は……きっと、目が曇っているから」

だから、私が言う他ない。
それこそが、「彼が私を残した理由」なのだろう

「まわりが許さないなら、恩返ししたいから落ち着くまでといってもらって構いません」

言いきった。
その刹那、土方は小さく唸ったようだった。何を考えているのか、にすら読めなくなる。山崎も一緒だったのだろうか。

「――副長、自分からも頼みます。今の山南さんは同門の藤堂ですら近づきがたいものがある。周りがひやひやしている状況は本人にもよくない」

あるいは、山南、新撰組のことを考えてのことか。珍しくも意見を述べる。

「まあ、こいつがいて代わるとはおもえないが――」

土方は一瞬、目を見開き――
やがてにぃと、その上唇を多少逸らして「鬼の副長」らしい顔を作ってくれる。

「おい、、覚悟はあんだろうな」

「ありません。殺されたくないし、役にたつ保証もない。でも――」

でも、あの人を無駄にするのはちがう。

「だって、勿体ないじゃないですか」

「――上出来だ。そこまで言えるやつがついてんなら、あの人は大丈夫だろうよ」

「じゃあ、」

「いいだろう。好きにしろ」

出入の範囲を少しばかり広げるだけだ。だがあんまり外には出るなよ。

つけたされる説明は、ただただ耳を通り抜けていくばかり。

「聞いてるか?」

「あ、はい……」

「必要なときは山崎か斎藤にでも言え。後は……あの人がきっと何とかしてくれるだろ」

もう頼れないといいたげだった土方の調子が、すっかり戻っている。
がいればあるいはそうなるとでもいいたそうにして――責任転嫁のような、なすりつけのような……けれどもハッキリとした信頼をに託して。
土方は言う。

「頼んだ」

「はい」

決めてしまったのだ。
もう引き下がれない。
卑屈になる彼が元のふてぶてしさを取り戻すまで、がんばろう。苦笑とともに、は席を立った。
理屈はわからないが、説得に協力してくれた山崎に勝手な感謝を思い描きながら。

ようやくスタートしていく予兆。
だがしかし、愛はなし。
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