「流石にこれ以上籠られても仕方ないからな」
というわけで、――自由には出来ないが、ちょっとは外に出ていいぞというお達しが土方から下ったのは、まさかの半年以上が過ぎたある日のこと。
聞けば、山南さんが口利きをしてくれたらしい。
命の恩人に加えて、自由への恩人にもなった山南。
――ちょっと、怖いとこあるけど、憎めないっていうか……ありがたいな本当に。
そんな気持ちでいた頃の出来事。
「で、お出かけOKとなったはいいんだけど、ちゃんみたいに一人で動いていいってわけじゃないもんな」
誰にくっついていこう。
それが問題だ。
無難なのは、原田。それから新八、平助あたりだろうか。
沖田は明らかに嫌われいてる自覚があったし(何だかわからない。本能で感じるもんだから仕方ない)
斎藤は仕事が忙しい。(というか話しかけづらい)
最初は、隊士クラスがいることを条件にされているので、では厳しい。
となると、残るは……
「土方さんは、ダメ。近藤さんはちょっと苦手。山崎さん出かけちゃってるし……」
――山南さん。
その選択肢ももちろん、脳内に舞うのだが、だがしかし……
「却下」
いつもと同じではない方が気晴らしになるというものだ。
なんせ、は山南さんのおかげで生き延びた分、彼の資料整理にせいをだす日々を送っていたのだから。
――一番遠慮しないですんで、一番遊びにもつきあってくれて……出来れば非番のがいいかな。巡察だと迷惑になるかも?
そうして、決まったのが……
* * * *
「ありがとう」
「いや、別にいいぜ。結局、巡察をかわることになっちまったから、それに付き合わせる形になるが、は外に出られればいいんだろう?」
「そう。ちょこっとうろつく程度からしないと、私、結構迷子になるし」
「その年で迷子はないだろ。はは、面白いやつ」
一緒に行くことになったのは新八、平助組だ。
「今日はそんなに範囲も広くないし、気張らなくていいから他の隊士連中と一緒についてこいよ」
そういって、先導をするあたり、やはり二人は隊長株なのだと、は感動した。
――屯所内にいたら、見られない光景ってやつ?
気分も少し浮ついていたかもしれない。
だからか、
「ちょっと此処で確認してくっから、待ってろ。あ、は来るか?」
「うん」
――小物やなんて、滅多に見られないし。
買うかわないはどうでもよかった。ただ他の人、他のものに触れてみたい。
好奇心がうずいて、瞬間、同意していた。
危ないなと、思っていたにもかかわらず。
そうして――
「ふうん、べっこう、に、錦か……さすがは京都。これって2000年台でも同じか、それ以上の値打ちだよね」
見るモノ見るモノきらきらして見えるというか、時代がかって渋い……しぶかっこういい。そう、感動しているうちに、ふと……浅黄色の上着姿の者たちが見えなくなっていたのだ。
まいった、と思うも、もう遅い。
それより早く追わないと逸れる。はぐれてしまっては大変だ。
その気持ちの方が強かった。
後に、
「動くから迷子になんだろ、馬鹿」と各所に罵られるわけだが、仕方ない。このときは本人なりに必死だったのだから。
――ええと、入ってきたのが、こっちだから多分出たら右。
実は反対であったことを補足しておく。
だが迷いがないのが、迷子の特徴。
右側だよね うん。と、
決めたら早い。
すぐにそちらに直進を始める。とはいえ、当然、間違っているわけだから目印も何も見つけられたものじゃあない。
「……どうしよう」
助けて、もうどうにかして。
こんなに気持ちがめげたのは最初此方に来たとき以来だ。
あのときはよかった。すぐに浅黄色に捕獲されて……そりゃあ最初はかなり怖かったが、気付けば目いっぱい主張していて(学んできた学問上、思想についてはどうしても語りたくなるくちなのだ)
……でもどうにか助けてくれた人がいて……
――帰りたい。
切実に思う。どこに?ときかれたら、残念ながら、が想像したのは、2000年台ではなく、あくまで、この時代の、此処の街――京の、屯所だった。
そうしていくうちにもゆっくりと時間が立ちつつあり…
* * * *
一方、大変なことになっているのは屯所だった。
「いやいや、アイツが脱走とかあり得ないって」
「俺のせいだ。何かあったときは、この永倉新八が責任をとる。監督不行き届きは俺のせいだかんな」
「平助、新八……」
「土方さん、だから、もうちょっと待ってくれよ。アイツ多分迷ってるだけでそろそろ戻ってくるから」
はお馬鹿認識と、いまいち扱いづらい場所に置かれているとはいえ、残念ながら、隊の秘密の根源に近づきすぎている。
実際、何かあったら――もし、無理やりで、故意ではないにせよ、どこかの間諜に吐かされでもしていたら――情報を漏らした咎めを受けてもおかしくない身分だ。
気楽に言っているようで、平助も、また新八も必死だった。
もちろん対する土方とて、悪いようにあつかいたいわけでは決してない。
場が硬直する。
巡察がかえって、既に2時間が経過していた。
「限界だ。そろそろ――隊を出して、無理やり捜索しないと」と――
誰かがいいださんとする頃合いだった。
「どうしました?」
一体何の騒ぎです?と、奥から山南が出てきた。
「アンタ、今日は外じゃ」
「ええ会議も早く終わったのでもうとっくに戻って、今は研究の続きをと思ったのですが。どうにも騒がしい。――それでこちらに来たのですが」
「山南さん!!」
兄弟子の登場に、力が入ったのか、平助が飛び込んでいく。
山南はそれをひょいとよけて、「落ち着きなさい」と嗜めた。
「事情を」
「――が行方不明になった」
「な」
「すまん。俺のせいだ。俺が目を離したすきに」
「――そうですか。まったく仕方ありませんね」
「仕方ないって!」
見捨てるのか。誰もがそう考えてもおかしくはない調子だった。山南の口調があまりにかわらなかったから。
けれど、土方はわずかに目を見張って、
「行くのか?」
訊ねる。
「部下の不始末は私の不始末でしょう」
「おう」
「ならば、ね」
肩をもう一度竦めて、
「諦めて探索してきますよ」
「探索だけですめばいいが」
それは「もしも情報を漏らしていたら殺せ」という指示をも、含むもの。
気付かない山南ではなく……さしもの周囲も、空気が悪くなる。
土方はそれを落ち着けと、なだめるように見回して、参謀の方をみやった。
腕のいい参謀は、静かに嘆息すると、
「あれは、頭だけは無駄に働く。何かあっても、我々と関係ないふりくらい、します」
請け負った。
あっけにとられる周りに、笑ってかえす。
「連れてきたら、暫く外出禁止ですね。少なくとも私がいないときには」
「おう。きつく仕置きしてやれ」
「げ……」
雰囲気はすでによくなっている。がしかし、二人が組んでお仕置きとなると、もただでは済まないだろう(命こそ救われても)直に兄弟子の怖さを知る平助は、げっそりした顔で思わずぼやいた。
* * * *
さて、はといえば、実はただただうろついているだけではなかった。
残念というか、幸運というか、保護されていたのである。
あんまりに可哀そうな顔でうろついていたところ、お腹がすいたのと勘違いしたお茶屋の娘さんが声をかけてくれたのだ。
そこで、世間話をしていたのだが……
まあ、いつまでも長い出来るはずもなく、再びうろつき始める、そんな頃合いだった。
甘いものにほだされて、ちょっとだけ気分も上向きになっている。
裏を返せば能天気に戻ったどうしようもない状態だった。
――きっと会えるよ。うん。
落ち着いて、元の小物やまで歩く。
一応正体はふせておいたから、屯所までの道をきくわけにはいかなかったのである。
せめて、ときいたのは元の小物屋。
地図には、運よく、見慣れた寺も記されていて、屯所の近くだと言うことは分かる。
茶屋の娘のいうことには夜は危険だから、気をつけろというのが、西の路。
東側と通って、寺沿いにいけばいつか辿りつける、そんな予感がした。
問題は予感でしかなく……むしろ直観ですらなく…・・・・それが如何にあてにならないかということなのだが、この時点では能天気に逆戻りしている。そんな考えには及ばない。
そうこうするうちに、再び元の迷い子へ。
途中合間に人と会話してしまっただけに――その心細さがますますのものになっていく。
そのうえ、日がだんだんと落ちて本格的に夜に入りはじめていた。
迷子の基本を、今さらながら唱えてみる。
「迷ったら動かない」
これだ。
「戻ろう! うん」
「ええ、そうですね。いい心がけだ」
「っ」
「外へ出れば調子に乗り、動けば迷う。何かあったと思えば密偵どころか、何です? 何を相伴しましたか?」
ついてますよ、と指がさらうのは唇。
「っ」
「みたらし、ですか」
「……や、あの……」
「甘いですか? 私も相伴にあずかりましょうか」
「え、いや、んっ」
ぺろり。
唇から限りなく掠ったそこを、山南の舌が這う。
「――甘い」
「ひっ」
「静かに――。何もされていませんね? 毒はないようだ」
――ああ。毒を、罠を警戒したいたのか。
そう浮かぶも、もうの頭のなかは混乱している。
「そのままで信じてもらえると思いますか?」
「おも、わ――」
「ならば、慎みを持つように。泣くから仕方なく慰めるために、茶屋へ入った。それでいい」
「え、それって」
「それまで君はただただ迷っていた」
「――はい」
「いいですか?」
でも、それでは、山南さんに迷惑がふりかかるのじゃ。
そう、分かっていても、これは命がけの小芝居なのだ。ふりかかったとしても、負ってくれるというのなら、そこは素直に甘える。
計算は出来る。
は馬鹿ではない。――山南ならばまだしも、他の面子に簡単に頭が悪いとされるほど「計算ができない」女ではなかった。
受けるものは受けて、かえして、生き延びて……利用もして。けれど、きちんと戻す。
そういう心づもりはある。
だからこそ――
山南は、を生かしたのだろう。
ようやっとは気付いた。なんのかんの我儘はいうし、文句もいいたくなるけれど、
――山南さんでよかった。
自分を見つけてくれたのが。
そうでなくても、新撰組は結局のところ女に甘いから(というかにも甘いから)どうにか生き延びもしたかもしれない。けれど、ある一定までそれが行き過ぎれば、それは「死」をまねく。
にか、あるいは組自体にか。
それよりは、姦計に嵌ったとしても山南のやり口の方がよっぽどの好みだ。
――きっと、ただのきまぐれ。
けど、
「……ありがとうございます」
「御礼よりも詫びるところではないのですかね」
嫌みで返されもきっと、嬉しいのに違いないから。
素直に頷いて……おっかな吃驚しながら、差し出された腕をとる。
「時間つぶしが必要でしょう」
団子を食べるくらいの。
つけたされた言葉に同意するよりさきに、恩人なのか変人なのか分からないその人は前を歩きだしていた。
ひっぱられるままに、も後に続く。
散々後で、土方のお説教を食らい――かつ、山南からももっときついお仕置きを食らうことになるのだが、それが分かっていたとしても、なお。引かれた手は暖かった。
END
オマケ
「だから、私は、は酷い方向音痴だと言ったんですが」
「だがな、。普通あそこまでひどいとは思わないだろう?なあ斎藤?」
お前もそうおもわないか?
土方にきかれて、斎藤がこくりと頷く。
「普通は思わない」
「普通じゃないと、言ってたのは土方さんだったとおもうんですが」
「――それは…………もうあれだ。のことは、全面的にお前と、山南さんに任せた方がいいんだろうな」
「――………」
「…………」
「なんだ?」
「いえ」「別に」
――仕方ないだろう、苦手というか図りかねるのだから。
とは土方のいい分。
実際、一番図りかねるのがではなく、をまきこんでの「山南」の動きだったりする。
まあそれもすべて言わずとも、部下二人(、斎藤)には伝わってしまっているのだが。
おしまい。
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