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「聞きたかったのだが」
最初、山崎に質問したのは、斎藤だった。
「は何故、補佐を名乗り出たのだろう?」
* * * *
言われてみれば、それは確かに分かりづらいことだった。
影から、そして表からもという人物に張り付いて早数ヶ月。
山崎は、彼女の性格をそれなりに理解したつもりだ。
不可解なことが正直なところ多いということも認めるが、読めないわけではない。
だが、どうしてだろうか。その問いの答えを、持っていない自分に気付いた。
「なるほど――それで、俺なら分かると思ったってわけか?」
「ええ。副長ならば、心当たりもあろうかと」
「監査のお前が知らない情報でも、か?」
「………」
自分が知らぬものならば、他の角度から握っているモノを――そう考えた末の選択。
土方を頼ったのは、間違えだったのだろうか?
「なるほど、斎藤とお前の疑問はもっともだな」
「……という人間は利害で動く場が少ない。斎藤さんには分かりづらい。そして、俺も同様――分からない部分があります」
「推測でもか?」
「ええ。――は山南さんの思考に全面的に賛成しているわけではない」
誤解されがちだが、それは山崎が彼女を見ていて気付いた事実だった。
ちなみに他の隊士は山南さんに気に入られて救われた彼女同様、彼女も山南さんの思考に全面同意していると取り違えている。
「よく見てるじゃねぇか」
「珍しく長い期間張りつかせてもらいましたから」
しれっと言った嫌みはきかなかったのか?
土方は、感じ入ったように手をたたき、
「あいつはあくまで「新撰組の中では」って条件つきで、山南さんを選んだからな」
と物騒なことを言いだした。
「――それでは、まるでが攘夷ではなく……」
倒幕派と組みかねないような言い草ではないか?
言いたかったことは、鬼の副長のその目で制され、
「物騒なこと言うもんじゃねぇ」
やがて諭される。
――でも、それならば何故?
表情で問い返す山崎に、土方はこまったように顔をしかめる。
なぜ、彼女が山南さんの補佐におさまったのか。
のっぴきならない、取引や理由でもあったのだろうか。
土方の様子に、思わず疑念を向ければ、「あー、なんていうかな…・・」
と、平時の彼からはあり得ない歯切れの悪い返事。
やがて、参ったように、出来る上司は肩をすくめる。
「俺でもそこは図りかねてんだよ」
極論すれば、分かるような気もするが、断定することははばかられること、らしい。
監査方に、秘密は付き物だ。副長や、幹部ともなればもっとなのだろう。山崎は少し考えてから、問いかけを飲みこんだ。
そして、
「――此方が勝手に調べてしまったとしても、問題ないでしょうか?」
「あー、ないっちゃないが……」
「ありがとうございます」
それならば、自分の目で確かめるまで。
山崎は、許可を取ると、すぐさま通い慣れた部屋に向かう。
不本意だが、長時間入り浸ってしまったその畳みに抵抗はなく……本人がいないままの、部屋の中央に、座布団を敷いて座った。(隠密行動ではないので、
が――
「どうも落ち着かないな……」
それこそ天井裏やら、タンスの影に慣れ親しみ過ぎたのだろう
が気付いてか気付かずか声をかけてくるので、気にもしていなかったのだが、山崎なりに「定位置」は、あったらしい。
居心地の悪さに、思わず襖の陰に隠れた刹那、
「あーもう、あったまくる……」
噂の人物が現れた。沙である。
「なんなの、いったい!!!」
どうやら、大分御立腹の模様だ。
――これはいい。
山崎は自分の運の良さに思わずにやけそうになる。(実際顔は変わらないが気分として)
と言う人間は怒らせた方が扱いやすい。
ようはきれたときにこそ本音が飛び出す性質なのである。
あともう静かに耳をそませればいいだけ――
あるいは、もうちょっと実際つっこんできいても、このタイミングであれば色々話をしてくれるはず……
「何が夜は使えないのだからさっさと寝なさい、だ! 朝がたぎりぎりまでやってて寝ないのそっちじゃん!!! 羅刹だって、超人じゃないっていったの、自分のくせに」
「あー もうっ」 と、頭をかきむしって、へなへなと座っていく彼女。
――ああ。
山崎は、それが「誰」のことかすぐに分かった。そうでなくとも、分かるだろう。
彼女がこんなに怒るのは、ただ一人を除いてあり得ない。
――あり得ない?
ふと、考えて、そのことに引っかかる。
――確かに、君はしょっちゅう山南さんについて怒っているが……
実際、他の誰かについて?というと、どうだろう?
「――………」
「山南さんの馬鹿……馬鹿じゃないけど、馬鹿っ……分からずや」
餓鬼の喧嘩か?
そういいたくなるようないいようである。
「なんで、こうなっちゃうかな。もう……」
聞きたいのはこっちである。
――けれどどうだろうか?
実際、彼女がこんなふうに子供っぽく、声を荒げたり、後悔するようなそぶりを見せるのは?
――ない……
土方副長に対しても、苦手だと断言している沖田隊長に対しても。山崎本人に対してすらも、直接的にこんな感情を向けることはなかったではないか。
――それはなぜだ……?
質問が増えた。分からないことが多くなっていく。
もういっそ聞く他ないだろう。
ひらりと。
もう一度部屋の中央へもぐりこみ、の横に立つと――
「いっ、いたんなら、言って下さいって……」
「山崎さん?」と聞いた後、すぐさまいつもの様子で彼女は言う。
「すまない」
「――慣れてますけど」
もう、それこそすっかり、いつものペースだ。
先ほど見せた取り乱しは……なかったことになっているかのようだ。
――どういう、ことだ?
疑問は尽きない。
そして、訊ねる。
「……君は、山南さんが嫌いなのか?」
直球。ど直球である。
此処に今土方がいたら、「お前……すごいな」と素直にほめたたえただろう。
あるいは、当の本人がいたら、何を言い出すんですか?と冷たく切り捨てたかもしれない。
だが、は――の反応は違った。
「なっ、何を、な、何いっちゃってん――」
「いや、別に……君は特別恩義を感じているにしては、山南さんを悪く言う。だが、補佐には自分から入るし、呼ばれれば素直に応じる。――これがどういうことか、理由を知りたい」
「理由、……って」
ていわれても、と小さくなっていく声が聞きとれたが「かろうじて」という小ささなので、キニシナイことにする。
「ずばり何か弱みを握られているのなら知りたい。――副長もそれは気に病むだろうし、俺もまた心配しないわけでもない。そもそも、監査方すらも知れない秘密を握られていても困るのだが」
「握ってません! てかないから! まったく秘密なんてないから」
「むきになると怪しい」
「怪しくないって。何いっちゃってんの、本当。山崎さんどうしたの?」
「どうもしていないが?」
ただ気になっただけ。こうなるともう、何が何でも理由は探りたいものだ。
「嫌いじゃないのか?だとしたら――」
と……そこまで、言ったそのときだった。
がらりと襖が開き――
「何をしているのですか?」
噂の人物が現れたのは。
なんと間のいい、と思ったのは、も山崎も一緒。
だが、一瞬、山崎の方がその異様さに気付く。
気配すら感じさせず近づくというのは、どうなのだろう?(一応これでも監査方では有能な方に入るのだが)
そして、何故怒っているのだろう、かということに。
「離れなさい、山崎君」
「は、」
「――その距離は下手な誤解をうみますよ」
と、そう。言われれば、流石に妙齢の女性に対しては近すぎるほどに距離が接近していた。(質問の答えをせまっていただけなのだが)
気押されたこともあり、あわてて距離をとる山崎。
「いえ……そういったつもりでは」
「分かっていますよ」
当然ね。と山南は、たっぷり吐息をつき、
「―」
「………」
天の岩戸にひきこもったように、むくれた顔で端っこに逃げた彼女を呼び捨てた。
「……先ほどのは少しばかり私が言いすぎました。」
「………」
――珍しい。
そう思ったのはか山崎か。
山南は、闖入してきた身で、先にいた潜入者を無視して、ただただ一人へ呼びかけた。
「……君が私の補佐として張り切っているのはわかるんですがね。それでも寝なければ限界がくる。――いざというとき、昼間貴女に活躍してもらわなければ、困るんですよ」
――「だから寝なさい」それだけを言いに、わざわざきたというのか。
だとしたら、長としてよく部下を気遣ってくれている上司となるのだろうが……山崎は若干の「違和感」を感じた。どちらかという、子供をあやすような言い方だからだろうか。
――実際お守といわれれば……
それもまたしっくりきてしまうから困る。補佐といいながら、補佐をしているのがどちらか、これでは分からない。だがどうだろうか。
納得したのか、何か、山南に向けては何か口を開きかけ……
「おやすみなさい」
言葉をそう封じられて……すぐそこにうずくまってしまう。
そうして、山南は山南で、山崎にだけ「用がないなら(眠らせるためにも)戻ってもらいたいものです」と、いい含めると、踵を返してしまう。
――これは……?
どういうことなのか。
ふと、横を向けば置いて行かれた。
ずるずると、畳みを移動する彼女の頬がほんのり紅い……
――ああ。
それを見て、何かがはじけた。
そういうことか、と府におちたわけではない。わけではないのだけれど……
「何で伝わらないかなぁ」
小さく籠る熱。疑問は確実に、山崎へも向けられていて。
答えなければ答えないでいい、といわんばかりの(珍しく)弱気な調子に、……戸惑う。
「――なんで?」
子供みたいな、素直な問いかけには答えてやりたいところだが。
――副長……
これは難問です。
あの人なりの優しさであることはわかるが、実際どうとも言いづらいのが「山南」という人なのだ。
そして、この潤んだ目がどこまで本物なのかもわからない自分もいる。(疑っているというわけではないが、夢かなともおもう)
「………どう、思う?」
山崎さん。
名指しで受けても、質問自体に違う質問が重なるようで――
――好きなのか、と訊ねられてる、なんて……
誤解かもしれないだろうと思いながらも――
「どうしよう」
「っ」
小さくぼやく、調子に――何故だろう。
山崎の方が焦ってしまう。
この弱弱しい音色が求めるのは恐らく、俺の言葉ではない。
そのことだけがハッキリしていて。
けれど、何か出来るはずもなく――
ほんのりと紅潮した顔のまま、部屋を後にした。
「どうかしたか?」と、土方を、珍しくうろたえたそぶりのまま曖昧にごまかして……
今日の仕事は一先ず止める。
翌朝も、斎藤に、
「心配してのことらしいですが……真意はわかりかねるというか……」
知らない方がいい。
そんな曖昧な答えを告げながら……山崎はその妙な気分を払しょくできずにいたという。
本人の中で、その想いが言葉にできるようになるまで、ずっと。
END
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