「っ、んで……」
なんで――何で羅刹に?
あのとき、答えなど分かりきっているのに、は、言わずに居られなかった。
――抑えて、好きなようにさせてあげるつもりだったのに……
あるいは心配すべきは自分の身であって、彼の身ではなかったはずなのに。
どうしたことだろうか。
は、一人部屋でごちた。
漏らした声を聞くものは――いない。
焦燥したの状況は仮にもよいとはいえず……土方が指示を出したのだろう山崎が、たまに見るくるものの、言葉なく戻っていく。気配でそう感じた。
混乱した山南が抑えられた後、数日が過ぎている。
今朝がた、土方に問えば、
『あとは、わからねぇ。――あの人の強さ次第だろうよ。そもそも落水については、、お前の方が詳しいはずだ』
突き放すでもなく、個人的に彼も参っているのだと分かる調子で答えが返ってきた。実際、そのとおり――薬物についての知識はの方が多い。この時代だけに、いわゆる「理系」的な知識(綿密な薬品成分についての知識)ではなく、伝承と――実際の症状をまとめ上げた知識だったが。
「……………」
覚えているありったけの例を思い出す。
落水を飲んだものの末路。苦しみ。特性……
「――だ」
やだ。だめだ。
そんなふうに辛くなっていくあの人を見守る覚悟など――ない。
さりとて、は知っていた。もう自分は決めてしまっているのだと。
彼がどう変化しようと、自分はその傍で控えて――支える役目を、請け負ってしまったのだ。あのときの覚悟を覆したり、否定するつもりは毛頭なかった。
「一人でいるから、弱気になるんだよね、きっと」
明は何処にいるだろうか。
原田、新八、平助辺りは?
せめて、気晴らしにでも誰かと会話がしたい。
そう願って、自室の襖をあける――
と――
「心配をかけましたね、」
一番、逢いたくて――逢ってどうするのか迷っていた彼がそこにいた。
* * * *
「山南さん……」
「はい。そうですよ。どうかしました?」
「どうかしたって!!」
「意地悪な答え方でしたね。……もう大丈夫です」
「っ」
そう言う彼の表情はどこか晴れやかで、落ち着いている。
いつかの、腕を可笑しくしてからの焦燥や嫌みが抜けて……最初の頃のようだ。(とはいえ、からすれば、どんな山南も、「意地悪」な上司もどきでしかないのだが)
言葉に詰まったこちらを見透かして、
「昼夜逆転だけは免れないようですが……」
そう茶化した。
言われて、気付けばとっくに夕刻といっていい時間になっていた。
「さむ……」
「ちょっと冷えてきましたかね」
ふわりと。
その上着を此方にかけて寄こされる。
「え?」
「風邪をひかないように。――私には必要なくとも、君には要るでしょう」
自嘲でもなく、微笑んで、かけられた上掛けを片手で押えて見上げる。
そう差のない身長に比べて、精神年齢は大分違ってしまっているようで……見上げて睨んでも、その「したり顔」は崩せそうになかった。
「時間がかかり過ぎてしまいましたが……小言は聞きません。泣き言も。選んだのは私です」
「知ってます。けど……文句の一つも言わせない気ですか?」
「文句、ですか?」
心外だ。
呟いて、肩を竦めるその人に、はふつふつとこみあげてくる何かを誤魔化すように言う。
「だって、山南さんが夜しか起きられないってことは、昼の仕事!全部、私の管轄になっちゃう……」
「ああ」
――なに、その、意外だな?って顔……。
もちろん、本当は仕事が増えるとかそんなことどうでもよかったのだけれど。
こうも急に何事もなかったようにいられると、人の心配を返せと言いたくなる。
言うのもしゃくだし、筋違いだと分かっているから、そんなふうに言いかえたのだけれど。
相手は気付いて気付かないでか、しゃくしゃくと
「そう言えば、は私の補佐でしたね」
なんてのたまってくれる。
「そういえば、って……一応、これでも、ちょこっとくらいは役に立ってるつもりだったんですが……」
「まあまあ、そう拗ねないでください」
「腕も自由になったので、もういいかなとおもったのですが」と何やら酷い台詞もあったが、子供をあやすように言われたことの方が腹立たしい。
「剣の腕がなまっていないか確認も必要ですし、羅刹隊を整えることを本格的に仕事にせざるを得ないでしょうから、実際、君にも任せられる仕事が山ほどあります」
「なんか、それだけ聞いてると私が物凄く仕事好きみたいですが……」
「ほお、では仕事でないのなら、何が好きなのでしょうか?」
「っ」
「はいはい、怒らない。、君が君なりに、私の思想を理解し、賛同してくれていることは分かりますよ。たとえ、一部分であったとしてもね」
「――ええ」
全部を重ねるほど、盲目的にはなれないから。
素直に頷いて、続きを――今後のことを聞こうと、話の先を促した。
「全面的に賛成しているつもりなかったのですが、結果こうなると――」
「――どの道調べることです。山南さんがどうあれ、力を有効に切れるかどうか、その為に研究は必須だから」
「ええ……。これで剣も自由に振るえますし、結果上々というところでしょう」
「……はい……」
「何泣きそうになってるんですか?」
「なってないです」
「私がいなくてそんなに不安でしたか。まあ、山崎君や原田君たちはまだしも、は無駄に敵を作ってましたからねぇ」
「そんな、ことな……人の話、聞いて下さい」
「聞いてますよ。だから言うんです――もう大丈夫だ」
かえってきた。
笑う人を見ていると、ここ数日が嘘のようだ。
本当は羅刹になんてなってほしくなかった――ただ腕があの状態で、山南の場所を確保することは、が東奔西走したところでなかなか難しく……結局路は他になかったのかもしれない。
拘りもないように、何事もなかったかのように笑う彼……一気に力が抜けていく。
――何が大丈夫なんだか……
止めてもききやしない強情なひと。
優しいふりをして、自分を置き去りにしかねない外道めが……。と悪態をついたところで、山南はきっと笑って流すのだろう。
泣きたいような、笑いたいようなそんな、彼のマイペースっぷりを――その未来を見てとって、はゆっくりとほほ笑んでいた。
泣きそうな、そんな笑みだった――後にそう山崎は言う。
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