夜闇に花 〜〜 

【SIDE 雪麗】

「ワシが魑魅魍魎の主と知ってか?」

歪む唇に、相手の影が怯む。地に住まう妖だ。

――そのまま消えていくだろう。

思うも、逃がすことが癪だったのか、細い腕が後を追う。

「なんじゃ。風雅のない……」

「――ぬら組を馬鹿にするものが運命と」

生真面目に答える牛鬼相手に、「ハン」と、楽しげに笑って、主は続ける。

「姫には知らせるでないぞ」

悪戯を隠すような言い草に、思わず肩をすくめてしまう。

――そんなこと言わずともとっくに。
と、雪女――雪麗は、呆れていた。

気付かない主も主ならば、気付いていて黙っている牛鬼も牛鬼だ。

――一体何を考えてるんだか……。

そうだ。いかに誤魔化そうとも、相手が悪い。相手――瑶姫は、

「妖様、何をなさってるのですか」

――ほら、いわんこっちゃない。

すぐ後ろにあった気配は、一筋の凄みを帯びて、ぬら組幹部の前に姿を現した。
白いほむらが、幽かに後ろに漂っているのは、きっと――雪麗の気のせいではない。

「よ、瑶姫……」

先ほどまでアレほど自由気ままにふるまっていた主が、ぶるりと震えた。

「牛鬼様も……」

「…………」

「あんなに、今はこの子も不安定だから外に出ないでくださいといったではないですか?」

「じゃがのう……ワシは、百鬼の主で――」

「妖様」

「それに、餓鬼にはきちんと、子守も――ほら、首無と、黒羽をつけとるじゃないか」

「瑶姫は、瑶姫は哀しゅうございます」

「ひ、姫……」

「第一お忘れですか? この子になかなか父上の顔を覚えてもらえないと嘆いたのは、あなたさまではありませんか?」

む、と声をなくす総大将は、牛鬼に視線をおくるが、牛鬼は牛鬼で、

「組の者が期待して、二代目をあやしすぎたが全ての原因では」と控えめに述べた答えを、

「そうですわね、妖様が、あなた様に分からぬことを全て聴くものだから、あなたさまが父様と勘違いされているんですものね……」

痛いところをぴしゃりとつかれ、黙り込む始末。

こうなると、一気に分が悪くなる二人。

――これだから、男どもときたら、

雪麗は、同じ女として、いまや瑶姫に同情していた。

「けれども、この土地はぬら組の地、勝手を許すわけにも――」

おいおい、良く言うと言いたくなるのは、あれくらいの妖怪であれば、牛鬼や大将なくとも、自分やだるまで十分片付くと知っているから。

下手な言い訳はいいが、そんなことした言って心配なんかさせたもんなら……

「――分かっております……姫とて」

俯いた瑶姫が、か細い声を吐く。裾をぎゅっと握った結果、白い指はますます白くなり、可哀そうなほどだ。

哀れなというより、庇護欲をそそるその姿は、男どもにはよほど効くに違いない。
妖怪のことは分からないから、と、雪麗に教えを請うてきた姫。
主のコトバだけを信じて、その身一つで嫁入りした人間は、ぬら組の誰もをの傷をいやし、笑顔一つで明るさを導く――「花」になった。
だからこそ、だ。その花が鎮めば、組はゆるりと沈んでいく。ぬら組の中心は間違えなく、「主」である「総大将」なのだが、今やムードメイカーは彼女へと移りつつあった。
そして、それは主こそが、彼女の空気に感染してしまうからに違いなかった――


「姫」


我儘をお許し下さいと、踵を返しかけた潔白の姫君に、彼女を誰より愛する主はふわりと何処からともなく近寄って……

「妖様?」

「気づけば近くに居てしまう、瑶姫も、ワシの「のらりくらり」が移っていたようだな。……ワシですら、きづかんかった。こんなに傍にいて、自然になってしまっていたと」

「どういう――」

「あまり自然にいるもんじゃから、大切にしそびれるところだった」

後ろから絡める腕に力を籠め、


「っ」


一房の髪に、唇を乗せる。
途端、朱色に染まるかんばせは、あまりに美しく――みずみずしいものだから、見ている雪麗や牛鬼の方が緊張してしまったほどだ。
「あ……」と、か細く漏れる声までも、濡れるようで、部下は此処までかと悟る。

――まったく、いやんなっちゃう…・・。

これこそが、彼女の「畏」ではないのだろうか。まるで、最初からあつらえられた絵のように、並べば花開くその光景は、人も妖怪をも魅せて動けなくする。
涙が滲みかけた表情ほど凛と、咲いているようで……

――あ……

ああ、そういうことか。
つまりは、この「花」見たさに――【畏】を楽しみに、主は此処まで遊び呆けていたのか、と。気づいて、雪麗は、頭を抱えた。
誰の畏れをも通じないこのひとにとっては、姫の表情、この尊敬の念――【畏】を抱かせる風情までもが、あくまで楽しみの一つでしかないのだ、と。

――それでこそ、彼女こみで、このぬら組の【主】なんでしょうが……
弱みには他ならないくせに、この駆け引きまでをも愉しんでいるのだとしたら、

ぼそりと、嫉妬すら諦めた雪女は思わずぼやいた。

「なんて、たちの悪い――」

同意の気配が、横から濃く濃く漂う。同じように、隣の型物(牛鬼)は意図を知っていたのだろうか。そのうえで付き合わされているのだとしたら、とんだ茶番は自分たちの方になってしまう。
見せつけてくれるわ。と、怒れた頃が懐かしい。

いっそ吹雪でも起こして、二人きりに閉じ込めてあげようかしら。
雪麗は、三度息をついた。
何はともあれ、ぬら組おさめるこの浮世絵町は、今宵も安全のようだった。

END

こっそり書いてた じい様&ばあさま。瑶姫と総大将が好きすぎます。あと牛鬼!!