MOVE〜 発 端 〜     :【SIDE K・A】
 【SIDE 跡部】

 後頭部にがつんと、衝撃が駆け抜けた。
 次の瞬間にはもう何がなんだか分からないまま……視界が変わっていた。しっかりと立っているはずなのにいつもより視線が低い。

 ――確か、忍足がドアをあけようとして……
 そうだ。はどうした?彼女にぶつかりそうだったんだ。
 ――だから俺がかばって……ドアごと結局彼女にぶつかった。

 考えこんでいるとこちらを覗きこむものがある。
 元凶たる忍足だ。

「おい?」

 文句の一つも言ってやろうとしたが相手の方が早い。
 心配そうに覗き込んで、目がかち合った瞬間ほっとしたように肩の力を抜いて言う。

「ああ気付いて良かったわ!!」

「アーン?」

 ――今こいつなんて……?
 聞き取れなかったわけではない。
 わけではないが……

「ほんま堪忍な。今跡部んとこ連絡したからついでに見てもらってぇな。問題ないやろ」

「今――」

 なんて言った?
 確認せざるをえない状況だ。
 ――なぜなら、忍足が呼んだ名前は……
 だが間髪いれず、質問は遮られてしまう。

「何も言うな、混乱してるんだろう」

 アイスブルーの見慣れた顔が、他人のように口を開いて……

「うちに連絡しろ。それから長――アイツにも心配ないと言っとけ」

 そっけなく一言そう述べた。
 ……それは紛れもなく【他人】。
 たとえ外見が跡部景吾その人であっても、自分ではありえないもの。
 だが他人の空似にしては似過ぎていた。
 見た目も……中身すら……

 ――待てよ……

 さすがに頭が付いていけないと思った。
 むしろ理解は出来てるはずなのだ、恐らくはこの跡部景吾が「彼女」であることも。
 よくある迷信や物語の筋から思いついたわけではなくて……単純に分析すれば分かることだった。
 これだけ自分に似た人物はいない。
 立ち振る舞いも、中身も。

 ――ちっ。

 舌打ちが出た。
 分かっていて直視できないこともある。それからこんな今ですら動ける自分も、かわいげがないが、いるのだ。
 もう少し動揺しろよと思う。

「――忍足すまない。急用を思いだした。頭が痛むから跡部に送ってもらいがてら診断を頼むことにする――跡部」

「――ああ」

 現実味はないのに、やけに落ち着いた声で、気付けば話を進めていた。
 自分の声、が遠いのは、本来のそれとかけ離れているからだ。
 ――声だけじゃない。
 無言で立ち上がればスカートは予想した以上にすうすうして頼りなく感じたし、セーラーの襟元も寒い。

 ――今、俺はだ。

 動けば動くほど思い知らされるのに、認めて動ける自分がどうにかなってしまいそうだった。
 ――話はとにかく車に逃げ込んでからにするべきだ。
 既に(の入った跡部景吾)も意識を切り換えている。
 エスコートに差し出された手をとり、さりげなく隙間にとらされたメモを見ると「長」の文字があった。
 ワンコールで繋ぎ、
「生徒会の急用だ。にあって来る」
 先に帰るとはいわずに伝言を残す(これはらしいやり方だ)
 時間稼ぎはできた。

「助かる」

 横で自分の姿をした彼女……が、小さく告げた。
 冷静な相手で――いや相手がでよかった。
 悲鳴を堪えて心配そうに顔をゆがめる忍足に心地悪さを感じながら何とか歩き出す。
 校舎の裏手に来てしまえば、後は早い。
 まだついてこようとする忍足(これはうぜぇ……毎度もご苦労なこった……)を上手く振り切って、それから尋ねる。

「――いつ立ち直った?」

 自分の顔の……は、少し考えてから、

「まだ……安心しろ正直かなりびびってる」

 普段しない言葉選びをした。
 びびる……という言い方が、既に跡部(自分)らしくて笑えた。
 ワザとなんだろう。

「言葉遣いは少し雑にして、あとは一人称だけ気をつければいいな」

 ……と自分で確認しているを見ていると、

「こっちは、やや芝居がかっておけばいいか」

 そう思わざるを得ない。
 ―― 一人称は私。
 これは社交場でなれている。造作ないだろう。
 ただ敢えていえば……周囲に対する対策はいる。

「さて」

 校門を通過し、車の出入りが許されるグランドの西側に迎った。

「あれだ」

 迎えはすぐに見つかる。
 リムジンは目立つから銀のセダンにしたのだろう。
 より先に動きかけ、一歩譲る。
 ……が彼女(見た目は自分)は進まない。
 早くしろと口を開きかけて、ドアにむける視線にのいわんとすることを察した。

 ――エスコートは男の役目だから、今は女……俺が先でいいのか。

 やはり打ち合わせなしにはいきそうもない。
 長年の癖は予想以上に厄介なものらしい。車に乗り込んで一息つく。

「田中、今から話すことは聞かなかったことにしろ」

 とも懇意な運転手でよかった。
 のまま彼に命じてから、改めて向き直る。
 紛れもない自分の肉体。そこに今宿っている魂、その持ち主は――

「確認するまでもねぇな、お前は

「そうさ。――跡部だな」

 やはり、そうきたか。
 ならば思うことは同じだろう。

「俺は今初めて神ってやつを信じる気になったぜ」

「同感だ」

「至急調べさせる。研究所のホットラインは分かるか?」

「××××ー○○△△……声でわた――だと分かる」

 一瞬いいかけた「私」がすぐに名前になる。
 ――流石に俺の声で丁寧ぶってるのは嫌か。
 そういえば、とはなんのかんの公式の場でも顔をあわせてこなかったなと思う。
 あったとすれば、バルコニーで休んでるときか、女から逃げて外に出たとき……大概は形式的になんぞなる必要がない場面だ。
 番号をプッシュしながら、「俺の方を任せていいか?」と口にすれば、女だてら一人称がやたらはまった。
 ――忍足が惚れるのはまだしもこれじゃ女への受けがよすぎるな。
 やはり一人称は気をつけるべきだろう。
 そんなことを考えながら、携帯を研究所のナンバーにあわせて渡す。

「頼んだ」

 震えるかと思った声はようやく落ち着いてきた。
 それもこれも、慣れでもなんでもなく……今と二人が必死だからだ。
 目の前で何か解決しようと動いている間は、その現実を信じられる。
 自分たちをパニックの魔の手から繋ぎとめているのは、次への動作であり、戻るための行動だ。
 ――空白の時間の方が怖いってやつか。
 ただ、

「戻れるといいが……」

 零れ落ちた言葉に応えるものは居らずとも、自分たちは平気だという変な確信があった。
 似ているから最悪入れ替わることだって……勘弁願いたいが出来なくはない。
 そのせいもあるが、それ以上にコイツとなら何とかなるという予感もなくはない。

「「……よろしく頼む(ぜ)」」

 それぞれワンコールで繋いで要件を述べ、電源を切った。
 息をつく。
 どちらからともなく顔を見合わせる。

「明日からの打ち合わせをしよう」

 提案に頷く。
 車のソファーがいつもより柔らかいのは身体のつくりのせいか。
 兎に角今、休んでしまうわけにはいかない。止まるわけには……。

「ああ……期間は、10日間。その間に戻れる確率が一番高い。自然で駄目でも薬で何とかなる可能性は高いそうだ。今取り寄せている」

「こっちも同じことをいわれたよ、跡部」

 高速の脇を抜けて、路地に入る。
 閑静な住宅街には人影が見られなかった。
 どのみち、うちに入れば安全だ。

 ――……まて……。

「悪ぃな、。てめぇを連れ込むとヤヤコシイ」

「……だろうな。そろそろ婚約者の選定、か」

「まあな。時間も早ぇことだ。ここから店を取る。そっちで話してそれぞれ家に帰る。俺の方は今日は一人だが、母親が零時をまわったら戻ってくる。そっちはどうだ?」

「こっちは離れだからな。好き勝手やっている。……長太郎が尋ねてくるかもしれないがあしらってくれ」

「…………」

 ――ヤヤコシイ……
 コイツの生活に関与する気はなかったが、乱れてないことを祈る。(とはいえ、鳳が一方通行でベタぼれなのは今に始まったことじゃねーし、それなりに楽しんだとしてもこいつがそんなに軽い女じゃないことも分かりきってるが)

「すまないのはこっちだな。……店も、こっちが抑えてる場所の方がいいだろう。下手に勘繰られない場所ならいくつか知ってる。の紹介だから、な。人気はあるが若者向けだ。ヤヤコシイ連中には見られないですむ」

「……頼んだ。……ってこっちから電話するとこか」

「いや。……予約をいれたことはないんでね。直接行ってみよう。――田中」

「はっ」

 急に話を振られて運転手が困惑する。
 間違えなく俺――跡部景吾の肉体から放たれている命令だが、話はそこそこにきこえていただろう。
 ちんぷんかんぷんかあるいは……

「――あの……僭越ながら、医者にみせなくともよろしいので?」

 ――心配、か。
 ありがたいことだが、この時間でいけるところなど限られているし、そこには絶対世話になりたくねぇ(忍足が絡むと問題がでかくなる気がするぜ。そもそもアイツは元凶ときている)

「安心しろ。明日にはいってやる。……いいか、このことは漏らすなよ」

「……分かりました」

「親父たちにもだ」

 重ねていえば、さらに横からが「の名もかかっている。すまないが頼む」と、殊勝な調子で言った。
 なんのかんの俺らはコイツを信頼している。
 田中は運転手の中で唯一、ガキのときからの付き合いなのだ。

「はい」

 しっかりした答えに、どっと疲れが吹き出したがこれからが本番だろう。
 情報の交換の必要はない……付き合いの長さだと思うが、一応の確認は居る。

 ――何せ、がいるからな。
 の側近とも、恋人とも懐刀とも恩人とも言われる彼女、は、「姫」と呼ばれながら内実はもう一人の女帝、あるいは騎士だ。
 正直なところ、俺が騙せる相手とは思えない。
 それから、氷帝でいえば、慈郎のやつ……

「……どうやったら、お前、あんなに嫌われられるんだ?」

 「アーン?」と、俺そのものの調子で言う(我ながらよくにてやがる……)ときたら、本気で慈郎に避けられているのだ。
 ――これは一筋縄じゃいきそうもねーな。
 苦悩は始まったばかりだ。

 MOVE…… チェスの駒は動き出す。
 さて、次の手は?

   

 TO BE CONTINUED……
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説明不足がないようにと思いますが、わかりにくい方は(薔薇用に設置予定の)ゲームネタバレ有りちょっとだけ紹介ページをどうぞ。