g1 Knight to f3 〜一手目〜    :【SIDE Prince】
 【SIDE 
 店は平日の夜だけあってそこまで混んではいなかった。
 薄桃色を基調にした、涼やかなイタリアンレストランである。
 一つだけある奥の個室をうまく抑えると、一番楽なお薦めコースを二つ注文した。
 前菜はイベリコ豚のローストサラダで残りはメインとパスタを一点ずつ。
 跡部がローストビーフとアラビアータのパスタを選んだのを見て、子羊をメインに、ゴルゴンゾーラのフィットチーネと決めた。
 ウェイターを下がらせる前に、ついでに田中は別の席に(携帯で)呼んで、彼好みの料理を選ぶ。
 ――時間がどのくらいかかるか分からないのだし、口止めを兼ねてこれくらいしてもいいだろ。
 払いは跡部だが何も言わなかったところをみると、ヤツも同意らしい。
 こうなれば時間も気にせず、後はもう打ち合わせばかり……。

「――で、まず必要なIDや暗証番号だがこちらで手配して新しく指定できるようにした。変更コードは携帯に送る」

「そうか」

 説明しながらふと携帯の交換がまだだと気付いた。
 生徒会室をでるときもっていたものの他にも私たちは端末を持っているのだ。
 特に跡部は端末を用向きで分けて使う癖がある。
 跡部が渋い顔をしたのは、どうしようか思案しているのだろう。

 ――こっちも……一応パスしておとくか。

 車の中で使ったGPS搭載型とは別に、友人用普通のものもある。
 生徒会室を退席するときドサクサ紛れにしまったのそれを、(中身跡部)に差し出す。
 跡部も、頷いて私が手にしていた跡部の鞄を取り上げ、手元に一つ残して他をこちらにまわした。
 一つはメール専用なのだろう。
 私の声でも問題のないものでなければ持っている意味がないのは言わずもがな。

「学籍以外はこれで問題ないはずだ。学園関係はが統括してるからうまく聞き出すか
生徒会室の机の2段目、鍵は指紋だ」

「わかった」

 ――これでこちら側はほぼ終わりだな。
 勉強については心配ない。
 相手は跡部だ。
 交友関係も、さえ気をつければ、あとは同じように扱えばいい。

 ――いや……以外にもう一人ややこしいのがいたか……

 クラスに一人、稀有なまでに普通に接触するやつを失念していた。
 敢えて彼女に取り繕う必要はないのだが……ただ、相手はなんというか面倒を引き寄せる存在なのだ。

「阿須地知世には注意しろ」

 名前を端的に答えて、「なんだ」と訝しげに見る自分の姿(中身、内訳=跡部景吾)に、舌打ちをした。

「部活の助っ人にいったらライバルだと思われたらしい。張り合いにくるが仲は悪くな
い。そうだな……ツンツンしない宍戸か」

 言いえて妙だが恐らくそういうことだ。
 軽く説明を足す。
 可愛げのあるライバル候補。つっかかってくるのも愛らしい、がいざトラブルに巻き込まれると自分が出て飾るをえないタイプ(そこが問題)
 だが……
 ――……よく考えれば跡部は得意、か。
 任せても平気な気がする。
 本当はもう一人思い出さないでもなかったがアレは無視すればいいからいい。を好きなくせに認めず私にも彼女にもつっ掛かる後輩は、あくまで「後輩」だからな。
 
「それから後は――」

「薔薇か?」

 薔薇はの私設ファンクラブだ。特に貴族と呼ばれる幹部は有名で私も認識があ
る。
 跡部が知ってるとしたら――

「うちの眼鏡も入ってんだろ」

「忍足は薔薇のトップに気に入られてるからな」

「トップか」

「彼女も巻き込むとややこしい。ただ使えるな。うまくやればいい」

 ファンといいながらも私とを客観的に見られる稀なやつだから忍足も気に入られたんだろう。

「ちなみに私としてはにはばれてもいいと思ってる……」

 というか多かれ少なかれ早いうちにばれると踏んでいる。
 後は跡部の考え方次第だ。

「で……氷帝の方だが忍足には知られると面倒なのは分かる。としていえば鳳長太郎にも見つかりたくない。ただ他はかまわないが、協力者を作ってもかまわないか?」

 率直に聞くと、跡部は

「宍戸は向かない。跡部景吾(オレ)としてはにも出来るだけネタにされたくねーからな。向日には知らせるな」

「分かった。――樺地は?」

「協力してくれるだろう。あと、萩之介は――……いや、やめておけ」

 有能なのになぜときくより先に、分かってしまった。
 なのに、敢えて跡部が、「からかわれんだろ」と ふて腐れたようにいうものだから笑いがこみ上げてくる。
 うちも知り合いといえば知り合いだが、跡部の方も滝家とは付き合いが古いようだ。
 付き合いの長さでいえば、日吉も、だが、何も言わないところを見ると信頼しているのだろう。話してもいいということに違いない。

「ところで……初の女子校潜入だな」

 調子にのって言うと今度こそ本気で嫌そうな顔をされた。
 事実なのに、「なんかそういうふうに改めて言うとやらしいんだよ、お前は」だなんてよく言う。

「今は跡部景吾(お前)だぜ」

 ――あ、またしかめ面……。
 早くも楽しませてもらっている私がいうのも悪いが、跡部を信頼しているからこそこうも気軽なのだ。
 ――それから、の力も。
 明日明後日には、この珍現象を何とかしてくれるためにチームが発足されるだろう。
 それなりの家柄とはいえどうなるともわからないが、偶然私の身内には医者が多い。
 しかも心因性とこういった現象の類を突き詰めるためだけに投じている叔父がいる。
 跡部の方も、かかりつけが何年か前に似たような現象に見舞われた患者を抱え込んでいたと、ツテできいている。

「大丈夫だ」

 一人ならきっと食べた気にならなかった食事を終え、「好物とは暫くお別れだな」というぼやきに顔をあげれば、跡部はいつもの跡部らしい笑みをうかべていた。
 私の顔でやっても似あわないことはないが、少し精悍な顔つきに見えるのが不思議だ。

「ああ」

 きっと私も、なのだろう。
 跡部の視線が、跡部景吾という顔の中の私を探し出して、まっすぐに交わる。
 本当の勝負はここからだ。
 だが……

 ――二人ならば乗り越えられるってやつだな。

 そこに愛情はない。
 友情すら存在しているとは言いがたい。
 私たちの間にあるものは、すくなくとも跡部とテニス部の一部のような、あるいはと私のような親密さの種類ではない何かであることは間違えない。
 だがそのと跡部景吾を結ぶ糸の大きな要素が、「共有」であり、「信頼」であることに代わりはない。
 同じような立場として、同じようなものを築き上げてきたのだ。
 正確に言えば違うが、それくらいのもの自分を演出してきた過去を思えば容易く構築できるだろう。

「楽しもうぜ」
「楽しもう」

 どちらからともなく強がりとも誓いとも付かない言葉を吐いて、私達は別れる。
 今の間によんでおいたうちのお抱えに外側だけの(中は跡部景吾)を預け、私は跡部景吾として田中のもとへ。
 
 g1 knight to f3…… 一手目は基本に忠実に。
 今テニスとは別の試合の、始まりの合図が告げられる。

 TO BE CONTINUED……
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田中ってだれ?の突っ込みはなし。