c7 Pawn → c6 〜 様子見2  〜       :【SIDE K・A】

【SIDE 跡部】

 目を開けた瞬間に自分の顔を見る驚き、というのがどんなものか大抵の人間はわからないに違いない。
 ――俺もそうだ。
 間違ってキスでもしかねない位置に、跡部景吾の顔がある。

「アーン?」

 正直な感想は「勘弁してくれ……」だったが、中身が誰か分かっているうえ、無意味な来訪でないとも知れているので言葉を飲み込む。

「やっと起きたか。話をつめるぞ」

「……悪ぃ」

「慣れないからな。私は低血圧だから、そのせいもあるはずだ。それより支度をしたら学校にいきがてら聞かないとならないことがある」

 要件はこの時点で想像できた。
 ただ、が支度を〜といっているということは、それなりに時間がないのだろう。
 
「朝食は?」

「まだだ」

「ならこっちで用意させるか」

 こっち=家だと思うと可笑しい。
 むしろ、コイツ持ちなのだ。
 だが、彼女に気にしたところはなく、

「厨房によってシェフに頼んできた」

 当然のように返事がある。
 ――それだと厚かましく思われるのは俺(跡部景吾)じゃねーか……
 のことだから上手く誤魔化したのかもしれない。
 が……少しばかり不安になる。

「安心しろ、(私)と約束があったことにした」

 兎に角速く着替えろ、と言い残し、は奥の部屋に消えていく。
 自分の身体だからここにいても同じだが、落ち着かないのはこちらも同様。
 今の間に自分の手元においておきたいものなどもあるのだろう。
 大人しく横にかけておいた制服に着替え、顔を洗い、髪の毛を整える。
 自分より癖のないショートヘアはあっさりとまとまり、櫛を入れる必要などなかったかもしれない。
 軽くブラッシングしてから、仕上げに香りを加える。
 ――ローズ、か。
 のヤツはやたらとさっぱりしたものを使いたがるが、本当はもう少し甘くてもいいだろ、と常々思っていたのだ。
 たまに、公式の場であうと仄かに漂ってきた薔薇の甘さは落ち着いたものだった。
 思い出して、ピンク色の小瓶に手をかけた。

「……そうか、【パーティー】か」

 が来た(というより跡部景吾が尋ねてきた)理由はうすうす気付いていたが、をそれに引きずり込めるかもしれないという考えは盲点だった。

 *        *          *
 ダイニングにいき、用意された朝食を前では、との会話は対人上の注意事項を交換するだけで終わってしまったが、「車で移動しながら」と切り出したのはあちらだ。
 黒塗りに乗り込んで、先に姫宮に行くとは宣言した。
 意外だったが、学校につく時間は彼女の方が早いらしい。


「お前が聞きたいのは、婚約者選定か」

「そうだ。が勝手に選ぶわけにはいかない。断ることも――」

「……ああ」

 気が進まない。
 結局誰が選んでも同じなのだ。
 ガキみたいに選ばれることに反発する気も怒らないが、勝手に決められるのは癪に障る。かといってその誰かを、見つけることができるか……

 ――……忍足みたいにはいかねぇ……

 盲目的な恋に堕ちたことなどない。
 女性不信ではないが、何処かに居るかもしれない誰かを探すロマンティストにもなりきれないのに、どうしても踏ん切りがつかない。

「まだ早すぎんだよ」

「そうだな」

よ」

「何だ?跡部」

「……お前は、いつ――」

 鳳に決めたのか。
 聞こうとして、少し躊躇う。
 は全部応えるだろうが、楽しい質問ではない。
 ――愛情があっても……
 それが肉親に対するものでしかなく、鳳もそれに承知した。
 経緯がどうあれ、は鳳に自分をゆだねたが、今こうして目の前に見ていても――姿形にとらわれず、はどこまでも自由だ。
 ――カモフラージュか……
 だとすれば、自分を選ぶと踏んでいた女が、何故鳳なのか。言い寄られて情に流されたか……あるいは……

 ――読めねぇ……

 だからこそ聞きたくはあるが、聞かないでいたいと思う。
 なんのかんの別のヤツにそのポジション――の共犯者を譲ったことへのこだわりなのだろうか。

「長太郎はややこしい。あのガキが何を、と思うかもしれないが、あれで結構複雑なんだよ。ただその餓鬼じみたヤツのおかげでわりと自由が利く。
 ……けどな、跡部。たぶんそっちも同じだろうが、親たちは、そこまで真剣に誰か相手を〜なんざ考えちゃいないさ」

 見透かしたわけでもなくは言う。

 ――確かに、非生産的だからな。

 家と家をむすんで〜という王道のビジネス形態をとるのは今や元華族関連のお歴々のみ。
 企業家である自分達の親(むしろ祖父母)からすれば、娘息子の婚約者選定なんて形ばかりで、むしろ誰かを選べと葉っぱをかける意味合いが強い。
 ミスをするなと。今のうちから肝に銘じておけ、と……そういうメッセージだろう。

「だから、一通り真面目に探してからなら【いない】という答えを出すのもありだ」

 まるでそうする予定だったとでもいいたげに、昨日までの【自分】の顔が感傷的な笑みを見せる。
 わからないのが癪に障り、しかしそれをまた出すのが許せず、

「はっ、そこまで言うなら、コブつきでもいいだろ。……知らしめてやる」

 ――そうだ。この手があったじゃねーか。

よ、俺もいく。――として」

「……つまり?」

「今日は入って挨拶をし、お前に会い、お前が俺を連れ出して抜けろ」

「理由は?」

 ――に片思い?
 まさか……そんな茶番はゴメンだ(忍足じゃあるまいし)。

「『選びおわった(ヤツ)もあくまで自由だ』ってことが分かれば、無理に一人に決めて、それをかさに豪遊されるより、真剣に自分で探させた方がマシだって思うだろ」

「……なるほどね」

 ちょうどターミナルを横切り、車が学園の裏手に着く。
 そうと決まれば今夜は準備か。

「鳳にはばれないようにな……もちろんあの眼鏡にも」

 スカーフを直し……――跡部景吾のネクタイを掴んで言う(は苦手らしく、解けてたから何とかしてやろうとしただけなんだが、自然とそうなっていた)。

「そっちこそ、に勘繰られるな」

 ここからは一人の戦い。
 終われば、二人の戦いの幕が空ける。
 今日は長い一日になりそうだった。

 TO BE CONTINUED……
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念のため…… スカーフ直してるのは 中身は跡部……。(いいのか?