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【真田SIDE】
復帰後、幸村は鬼のように強くなった。
無論一朝一夕で、ではない。
俺たちにも見えるくらいの練習量をこなした末のこと。――それで得た力は相当のものだ。
本来負けず嫌いな幸村は、それまで努力を見せないように、影であるいは部分的に集中してしてきた。
その彼が見えるまでの努力をしたのだから、やっぱりその量は半端ではなく……。一度やるとなれば何でもとことんやるタイプの男だとこちらは思い知らされた。
結局、幸村はなりふり構わず修練に励んだ結果、三ヶ月を待たずして、力を取り戻し、周囲も二ヶ月も過ぎる頃になればその様子に、またいつもの「余裕」を見てとって、気にとめなくなった。
だから幸村はいつもの量に練習を戻した物だと思っていた。ないし、成長に合わせて、の「ほどほど」に調整をしたものだと。
しかし……
「幸村」
目の前で壁うちを続ける彼は軽く呼びかけてもこちらに気付かない。
物凄い集中力だ。
諦めて、目の前に落ちていた黄色いボールをかごに戻す。
その一方で、幸村は肩で息をしていて、いつもより心なし余裕のない顔をしていた。
倒れる手前の光景を思い出すには至らなかったが(あのときは本当は悪夢だった)身体は悲鳴を上げているようにみえてならない。
俺は誤認していたのかもしれない。
幸村は、本当のところ、あれ以降手を休めることを一切していないのかもしれない。ふとそんな予感がした。
自覚ナシに、彼はぎりぎりのところまで追い詰めているのではないかと。
昔の数倍の練習を維持し、必要に応じてトレーニングをこなしている幸村に、「あれから何年もたったから」とこちらは納得していたが、こんな状態になっても衰えることなく、規則的に打たれていくロブには、正直背筋が薄ら寒さを覚える。
焦りを覚えて練習しているのは、復帰したあの頃ではなく【今】なのではないだろうか。
「幸村」
間をおいてもう一度声をかける。
軽く震えている腕と指をみて、本当に限界だと確認する。
これ以上は、チームメイトとしても見過ごせない。
ようやく気付いた幸村は静かに「ああ」と呟いた。
穏やかな調子に、ほっとするもしばし、
「邪魔だてを……」
振り向く顔はまるで鬼神のようで、改めて驚愕させられる。
強張った表情への避難を、何とか思い留めて、
「邪魔をする気はない。だが、やりすぎだ。がむしゃらにやる必要はないだろう。身体を壊すぞ」
忠告すれば、
「ああ、すまない。邪魔も……真田のことではない。――本当にテニスはメンタルなスポーツだなと思って」
ついむきになってしまった。
そう彼は笑った。
「何かあったのか?」
「あんな程度で、【何か】とは言えないな」と幸村は一人ごちていたが、やがて、汗のついた髪の毛を無造作に掻き揚げ、
「……ふふ、真田に止められるまで没頭するなんてどうかしてるよ」
そうだろう?
華のような笑顔を「作り直し」て此方を向いた。
どうにも目だけが冷たかった。
先ほどまでの集中から抜け切れていないのだろうが、笑っている口元以外は、まるで強敵を相手にしている最中だ。
俺も練習に入り込みすぎる気持ちは分からなくない。
心情が察せたので、気にしないことにした。そう、そのときは――。
けれど、おかしなことに違和感は翌日まで続いたのだった。
参謀も心配していたが、幸村の練習の厳しさは増している。
自主練だけならまだしも、全体練習で、時に他の部員がついて来られなくなる。そこにいたって、俺は「何かを知っていて止めない参謀」に、問いただすことにしたのだった。
「蓮二、何故黙っている?あれでは幸村は身体を壊すぞ」
「俺にきかれてもな」
「はぐらかすということは知っているのだろう」
「幸村精市と言う男自身の問題だ」
そういわれてしまえばそれまでだ。
幸村は自分と戦っているのだろう。
そう割りきり、「注意だけはしておく」と告げた蓮二に安心して、俺も練習に戻った。そして直ぐ忘れてしまった。俺に言われてからか、蓮二にいわれたせいか、幸村が練習でそこまで無理な様子を見せなくなったせいもある。
実際どうかは知らないが。
ただ蓮二は「たまには音楽室に行って音楽でも聴いてくるといい」といい、その後しばらく忘れていたが、それはヤツが用意したシナリオに思われてならなかった。
なぜなら、俺はふとその言葉を思い出して、本当に音楽室にいってしまったのだから。
* * * *
切欠は二日後の朝練習だったと思う。
一緒にメニューを検討していた幸村が、ふと視線を逸らした。
先にいたのは、
「丸井と……」
「ああ、は大分懐いたようだな」
「いいのか?」
「いいも悪いもない。あれは俺の恋人でもなく、ただの幼なじみなのだから」
そのときはなんとも思わずにおり、まさか彼女のせいで不調だとは夢にも思わずにいた。
女だ恋だが幸村の調子を左右するとは思われなくあったし、幸村自身が言ったからだ。
「その程度のことで惑わされる人間だとは思われたくないものだな」
――もっとも、あちらは俺に左右されれるのかもしれないが。
そう続けた台詞は、「が来てるが」と何故かわざわざつげにきた蓮二へだったり、あるいは「見学者がいると調子あがんね?」と戻ってきて少しだけ離れたところで、ジャッカルに呟く丸井へのものだったのだろうが、一瞬俺ですら眉宇を潜めたほどだった。
単純に冷たく、簡潔なだけだ。
だがそれが幸村にして、どんなに珍しいことかは、俺たちテニス部ならずと周知のことと思える。
柳生があからさまにたしなめるよう、「幸村君」といい、仁王は珍しげ二眺めていたが赤也の「部長ってクールっすね」という的を得てるなんだか何だか不明な台詞に場の空気は何事もなかったかに納まってしまった。
そして、そのすぐ後のことだった。
蓮二が、
「は音楽室にいるぞ」
幸村にではなく、こちらに向けて(だと俺は思った)
「気になるなら行け」
そう言ってきたのは。
その日の昼休み、俺はふとした思いつきと気紛れ――重なる幸村の相次ぐ「らしくない行動」が気になったり、食事のパンを買いに行くついでに、音楽室側をまわるのも悪くないと思ったり――から自然と特別棟の方に足を向けていた。
無論、それだけで、彼女に会うことになるはずもない。
だが、悲壮な音は特別棟の二階――音楽室から、タイミングよくこちらに響いてきたのだった。
ようするに、俺は誘われたのだ。【彼女】の弾く音色に。
to be continued……
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