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【幸村SIDE】
全体を見ればそこまで断言するほどではないが、練習に集中できてないことは明らかだった。しかし、理由になる『どうしようもない苛立ち』は覚えのないもので、朝の練習で不調を指摘された俺はげんなりしていた。
「真田にまで言われるなんてな」
だが、さらに堪えたのは朝・放課後、フリーの日に至るまでここ数日無言で何かを訴え続ける柳(考えは想像が付くが、認められないことも、また参謀とはいえずれていることもあるだろうと言いたい)と、それから……。
「相方はどこだ?ジャッカル」
「んあ?……ああ、ブン太ならBコート……ってまだきてねーのか?」
「そのようだな」
予測は付いていた。
恐らく、家庭室に行っているのだ。
食べ物で直ぐ釣られるため、一年のときからブン太にはプレゼントを差し出す女子の人垣が出来ていた。
大方今日もその延長で、どこかからお菓子を調達しているのだろう。
ここのところ、順繰りに、ドーナッツという課題をどのクラスもこなしているのだから想像に易い。(ちなみにうちは、今日の四時間目だった)
「でもよ、自分のクラスでもないのに、食べにいくなって話だよな。真田が委員会で遅れるんだろうけど」
「そうか、今日は」
真田のクラスでもない。仁王も来ている。ジャッカルも……。
「そういうことか」
「幸村?」
ふと浮かんだのはだった。
納得してしまうのはどうかと思うが、否定する理由もなかった。
考えてみればどこのクラスのものでもいいなら、おあつらえ向きの四時間目があったのに、ブン太が来ないのは不自然だ。
女子とはいえ、特定の相手には頼んだり、ねだったりしない彼(痛い目をみているからだろうが)だから、俺や柳生に直接頼んでくることもよくある。
前のスープのときもそうだった。
「いや、なんでもない」
一人合点がいく中、首を傾げるジャッカルに断わって、俺は、朝『練習の行きすぎ』と告げてきた真田を呼んだ。
「すまない……少し相手をしてくれないか」
「……あ、ああ」
しどろもどろになっているところを見ると、まだ心配しているのか?
それとも何かあったのだろうか。
――まあいい。
倒すと決めるものがいる以上、そこまで集中できない俺ではない。
「試合形式なのか?」
驚く彼に微笑んで、「全員集まるまでだ。たまにはな」と持ちかけると、あちらもあちらで考えるところがあったのだろう。
「諾」と頷くかわりに、グリップを握り締めなおした。
「サーブを取っても構わない」
挑発するように言ったら後はもう集中するだけ。
コートではコート以外のことは考えないように……。
真田のボールはいつもより鈍くさえ感じた。
――これでどこが不調だ?
そのときはそう思った。
ふざけてしていた練習前の試合は思いのほかに長引き、部員が集まってもなお、終わりそうもなかった。
いつもの倍の時間をかかり、アドバンテージを幾度となくすぎた挙句1ゲーム先取した後、柳から留めが入り、通常練習に戻った。
今日は軽く止める予定がそうも行かなくなっていた自分に憤りながら別コートを見つめれば、そこには赤い髪と、見づらそうな前髪を書き上げる旧知の顔があって、何故だか苦い思いをかみ締めた。
まあいい、練習に集中してしまえば何でもないことだ。
そう思って「集合」の声をかけた。
* * * *
しかし、結局、いつものような心地よい汗は流れず、気分はかえって淀んだ。
練習が終了するなり、真田に何かいいたげな調子で声をかけられたが、気付かないふりをしてコートを出た。
横目で、軽くコートの隅を眺めたが、は来ていない。
ここ数日ずっとだ。
思えば、これまで毎日必ずといっていいほど昼休みや他の時間すれ違うことがあったがここのところそれもなかった。時間割の被りがあるとはいえ、そう簡単に毎日会える環境でもなかったのだろうに、接触していたのは、ひとえに彼女が俺を張っていたせいなのか。
考えるまでもなく合点がいく。
「意地悪が過ぎたか……」
最後に帰ったとき、少々強く手首を掴んで引いた。
繋ぎたいともいわず持て余していた手をもどかしく感じて、苛苛してやった行動だが、は黙って半歩後ろをついてきて……余計にむしゃくしゃしたのを覚えている。
――隣にいればいいのに。
卑屈にしている気はないのだろうが、我がままを受け入れるといっても彼女は滅多なことでは強請らなかった。
こちらが好き勝手に読み取ったふりで、遊ぶのにも飽いてきた頃だ。
「精市」
声がかけられる。
忌々しいほどに正確な、このタイミングは蓮二でしかない。
「音楽室か」
言われる前にきいた。
前に尋ねたときも――あのときそういえばは丸井といたが、そうだった。
もう二度と行かないのかと思い込んでいたあの場所には居た。
「ああ。最近この近辺も物騒だからといったんだが、また弾いているようなので止められなくてな」
「犯罪沙汰になってもらっては困るか」
俺に迎えにいけというつもりなのだろう。
気持ちを汲んだように返せば、
「そういうことだ」
満足げに頷かれた。
これしきのことでに気を取られているなどと思われても癪だが、そういう理由であれば不自然ではない。
ただ、どこかで音楽室に足を踏み入れるのに少々ためらいも感じていた。
蓮二にもそれは伝わったようで、何かいおうと口を開きかけていたが、こちらが遮った。
彼の問いかけは、聞くまもでなく、読める。
「はどれくらい弾けるんだ?」
「完全に」
答えは即座に戻された。
しかし、「ならば何故復帰しないのか」と納得できない気持ちの方が勝る。
「もともとそこまで弾くことが好きではなかったそうだ。お前のテニスとは違う」
「……そうか」
違うものだといわれて苛立ちながらも、どこかで少し胸がすっとするような思いがした。
あの音色とともに彼女は離れていったから、かもしれない。
ただ彼女もピアノを愛していて、それは俺のテニスに近いこともまた確かだともどこかで思っていた。
……分からない。どうも全てにおいて、確信がもてなくなってくる。
――とまともに話さなくなって、どれくらいがたった?
お互い分かりきっている幼なじみだと思いこんでいたが、今はが何を考えているのかさっぱり理解できない。
「精市は聞いていないのか?の演奏を」
自分が聞いているからこそいえる其の台詞に、俺は答えられなかった。
荷物をとって、部室から特別棟に歩く途中、かわりにぽつりと漏らす。
「入院する前から……彼女が予選で入賞したあたりから一度も聞いたことはない」
誰かが見てるだの見ていないだの……それしきのことが勝敗が左右されるはずはない。それは何度も言ってきたことだ。
けれど……
「避ける理由はなかったな」
もう大分たってしまったけれど、あの頃の言葉がふと脳裏に舞う。
お互いにお互いの場所には立たなかった。近くにはいて、離れることこそしなかったのだけれど。
はコートに、俺は音楽室に、あまり近づかないことをお互いに前提にしている、そう思っていた。
『やることはやる。そこに介入はできない』
だから、お互い戦う場所を見る必要はないのだといった。
『弾いてるときまで誰かのことは思えない。練習に必死になるほど音符と音と、それから自分しか見えてこないよね。そういうことでしょ?』
そう彼女も言ったから、分かってるつもりでいたのだ。
ただ一つ、引っかかるのは倒れる直前の予選にがきたときのことだ。
『それでも観てたいから』とコートにいた彼女に、「NO」は言わなかった。
少しだけ嬉しかったのだ。
――きっと、そのせいだ……。
集中は途切れず、試合にも勝った。
マイナス要因になどなっていない。
――むしろ今も覚えているから……
そのせいで、狂うのだ。ねじれた関係を今更どうこうするつもりなかったが、彼女の不在には少々違和感がある。
それから、チームメイト……ブン太と一緒にいるところを見るたびに、何となく不思議に思うのだ。
――どうして、こんなことになってる?
テニスをするのに誰かが邪魔にならないよう、誰かといるのに、テニスは邪魔にならない。
「左右されないのなら、側においても構わなかった」
何故それを避けたのか?
彼女がよらなくなったのか?
ピアノのせい?……それとも?
to be continued……
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