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音楽室にすぐに行く予定が、なんだか急に行きづらくなった。
――今さら、なんで意識してっかなぁ。
考えれば考えるほど……
「わっかんねー」
「何がですか?」
「あ、柳生」
「さんなら、音楽室にいますよ」
「あー……」
「まだ当分は帰らないでしょうし、後にしては?最近、遅れてくるせいで幸村君に余計な心労をかけているような気がします」
「あ、ああ」
単なるやきもちだろぃ。
いってやりたいが、そうこう言ってる場合じゃないよな。
けど、伝言くらい、そう思って、柳生に口を開きかけたとき、ちょうど音楽室の方向からスカートの影が覗いた。
「さん」
「柳生?……ブンちゃんも。あれ?もしかして実習の成果、もって来てくれた?」
「そ、けど、今分けてると部長さんが怒るし。後で来てええ?」
柳生は無言で下がって見てる。
真田や柳だと見張られてる気がするんだが、こいつは誰の味方にもつかねーし、俺がこんなふうに(今更だよなーとは思ってもよ?)もやもや後ろめたい気持ちを持ってるなど分かりはしないだろう。
「うん。いいよ」
は言う。
ここのところ、幸村のことを待つのでもなしに、音楽室に入り浸っている彼女を知ってるから、俺は気楽に「じゃ、後で」といって……
「あ……」
言ってしまってから、ついもう一人の方をみてしまった。
これ、幸村に伝えられるのって俺はいいとして、が微妙だよな。
――だっては幸村を……
それに気づいたのか。
彼女は「ここのところ、一人だし。ほら、遅くなったときブンちゃんと帰れるの、安心だから」とフォローをくれて――俺らはそのまま部室に急いだ。
「そうですね。近頃は物騒ですし、きちんと送ってあげるべきです」
紳士は納得してるし、幸村君に伝わる危険はないだろう。
ほっとした自分を複雑に思いながら着替えてコートにつけば、「残りわけてくださいよー野々山シェフクッキー!」だの「いいじゃないっすかー」だのと叫ぶ赤也がまたで迎えた。
「うっせー。あれは……」
「誰かにやっちゃったんですか!本人からきいたんすよ」
「本人って」
――げ?まさか?
「野々山シェフ!俺にも先輩からくるってきいたのに〜」
そっちかよ。
脱帽に肩を落とし、ラケットをふんだくった。
「さーて、コートに、っと。……ん?ジャッカルは?」
「美化委員だとかいってたような……。マジだったんすかね」
赤也の意見にこればっかは一票だな。
「にあわねー」
「っすよね」
* * * * *
練習中は、相変わらず伺うような真田の様子以外何もなく……
「ブン太、何しとん?」
「おう、相方がいねーの。相手してくんねー?」
「よかと。ところで幸村は……何あれとんのかね」
「そうか?」
――いつもどおりだろぃ?
仁王の台詞も気にとまらなかった。
われらが部長どのはすごい集中だったが、どちらかといえば不調よりは絶好調に見えた。
よって終了までめちゃくちゃきつい練習が待ち受けててすっかり集中して、俺も冷静になってた。
との約束は楽しみでも、そんなこと練習してる合間は考えなかった。
逆に、部室を出る頃には、すきだの嫌いだのってことは抜きのいつもの俺に戻ってたし、単純に早くに、スペシャル野々山シェフのクッキーを食わせてやりたいって気分でいっぱいだったんだ。
だから先に部屋を出た幸村が音楽室に行ったとは思いもしなかった。
それどころかあんな場面に出くわすとも、そもそも根本的なミスにも……気づきやしなかった。
* * * *
防音の音楽室をこれほど呪ったことはない。
――っ。
何やってんだよ……。
幸村はを抱きしめてた。
それだけならいいけど、指先が抱え込んでるのは白い脚……
「まって……」
「待たない」
幸村の愉しむような口調と、肩を押しかえすの弱い息。
飲み込まれて、重ねられる唇の内側に絡められた舌が一瞬ちらりと覗く。
――勘弁してくれろ……
あきれるとかリアクションとるとか以前に、どうしようもなく刺激された。
後で思い返すと滅茶苦茶恥ずかしいことに、顔も身体もすげー熱くなってた。
――嫌でもわかるじゃねーか……。
誰でもいい時期とか、男ってのはそういう生き物だからとか言われるが、そう単純なもんでもない。
想ってるやつに、瞬間湯沸かし器にさせられんのは、乙女だけじゃねーよ。
目の前の光景は映画みたいで、絵になってて、「ここでたちほうけてる俺って悪役?」「見学人@?」とか思っても、もうどうしようもなかった。
「あ」とか「う」とか意味を成さない言葉を発したら負けだ。
へこんだのは一瞬。
冷静に見返せば、は確かな抵抗を見せていて――とめてもいいと俺の中でGOサインが出てしまった。
「何してんだ?」
威嚇とばれたってかまわない。
――ここで妬くも減ったくれもねーか。
確認を心の中で何度もしてても、まあ微妙に「一瞬でもそういう対象に見ちまった俺も人のこといえねーかもしんねー」と思わなくないが。
「そういうのではないから」
――どこがだよ。
思うが、言えないのは幸村があまりに落ち着いてるからだ。
「ちょっとからかっただけだから。安心して」
――て、何でそれで、の手をとるんだ?だから……
そりゃ、はにこやかに笑ってる幸村のことが好きで、付き合ってるも減ったくれもない距離にいて――
でも、戸惑ってぼーっとしてるとか、珍しく何か優しそうな幸村君とかみたことないものだらけ。
――調子が狂うだろぃ?
「は送ってく。近所だからね」
いつも幸村君は温厚。
でもに対して本当守ってる図ってみたことねぇのはみんな同じはず。
だから大した噂もなくすんでんのかも
――って……狙いなのか?
それはないだろう。
断言できる……じゃなければ、あんなふうに辛いは……
――ならいいじゃんか。今のは……
正直かわいいと思う。
いつもより。
自覚したから、ではない。ただ単にそれは……
――っ……んだよ……やっぱ……
舌うちしたくなる。
「なら任せた。さっきもいたから、遅くなるし危ねーと思ったんだよ」
しどろもどろにはならずに済んだ。
幸村は薄く笑ってる。
――こういう顔、苦手……。
いつもは本当好きなんだけど。俺、幸村に懐いてるって思うし。(もちろん、思われてるし)
「てか、あんま苛めてんなよ。言う筋合いないけど、どこまで本気かわっかんねーから見てて辛いし」
そうじゃなくても見てて辛い。
――なんて言えねーか。
けど、マジでどうすんだよ?と思って遠まわしに釘はさしとく。
さすがに、「お前さっき、スカートに……」とか、幸村相手にいえない(確認が怖い、これはもし間違って柳がいたとしても無理だろぃ?)
「肝に銘じとくよ」
適当に返答して、
「ああ、そうしといてくれ……」とばかりに、帰宅をきめこむ。
――ま、けど気づいたもんは仕方ねーんだ。
あえて来た道を戻らず、二人の横を過ぎる。
幸村に、一言吹き込んで――。
* * * *
ににぃっと歯をみせて、「じゃあな」と挨拶すると、戸惑うように瞳が揺れた。
『野々山シェフのクッキーは明日』と口ぱくで加え、
「朝練、明日は遅れねーからまかせろぃ」なんて誤魔化したけど……
――悪ぃな。
もう退くに退けない。
眠れる獅子を起こしたかもしれない。
でも……
――泣かないをこのままにさせたくねぇんだ。
幸村の反応は凪ぐ風のようで、読めないが、それならそれでいい。
欲しいものを欲しいといえるほど子供でもなくて(赤也みたいに素直な時期は終わってる)……。
何も言わず手に入れられる位置にいる人間だって(不公平だけど、今の幸村みたいに)いるけって知っている……。
でもそれだって永劫じゃないんだ。
どこかで努力しなきゃ、奪われるんだ。
「邪魔した――。でも謝まんねぇから」
厄介な敵に囁いた、それは宣戦布告だった。
to be continued……
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