天邪鬼君主論(鬼のマキャヴェリズム G消えて)

【幸村SIDE】

「どうして、機嫌が悪いんだ?」

 平然とそう言える自分をみたら、誰もが笑うかもしれない。
 『微妙』とはっきり顔に書いた状態で、ブン太はピアノの脇を陣取っている。
 は最初呼びに来たこっちと、ブン太との間で困ったようにしていたが、「続けていい」と許可を出したことをきっかけに曲を奏で始めてからは、気にならなくなったようだ。

「ちぇっ……俺が独占するつもりだったのに、幸村君、ずるぃよ」

 拗ねたようにブン太が言う。
 可愛い調子なのは、自分に心を許してか、はたまた彼女を落ち着けるためのポーズか。

 ――ブン太はを気にしてくれてるのか?

 そう思えば合点がいく。
 気遣うような仕草はすれ違いに、何度もあった。
 ……とはいえ、特にこちらに敵意をもたれることもなかったし、どうも思わない。
 俺はといえば、今はただ時間を埋めるように、の復帰後のピアノの音色に耳を傾けるばかりだ。
 ――相変わらず上手い……。
 指先が黒いキィを軽く押して、その下を別の指が潜り抜ける。
 目を逸らさずに、こうしてじっくりと様子を伺うのは何年ぶりだろうか。
 ――あの日……。
 音楽室からもれたの音をきいてから、自分の中で何かがかわったのだと思う。

 ――のひく曲がいちいち好みだというだけかもしれないがな。

 そう思っても勿体ないことをしてきたという意識は消えないのだ。おかげでちょくちょく音楽室に立ち寄るようになってしまっている。
 ブン太は、その前から(いつの頃からか聞いてないが)の弾く時間帯を知っていたらしく、昼休みや、今のような練習後部日誌をつけ、鍵をかけた後に自分がいくと、既にピアノの横を今のように陣取っている。
 あの何かのゲームでの勝利宣言のようなやり取りが嘘のように穏やかで、時折ブン太らしい文句ともつかない駄々をこねる手前の意見が飛んでくるのみ。

  ――まあ、なんだかんだいっても、ブン太は俺になついているから。

 思って、その刹那、ふと違和感が覚えた。
 ブン太の方から――視線がこちらに刺さるように、あるいは苦いような思いで向けられたような気がしたのだ。

「どうかしたか?」

 他にブン太しかいない。
 だとしたら、一体ブン太は何を考えてるのだろうか?
 それをかみ殺して、単純に「何か用事か?」と問えば、

「うんにゃ。次のリクエスト、俺がしようって狙ってただけ……?……つーか幸村、お前、帰んないの?」

 ――煙たがってる様子ではない……?
 軽く聞きかえされた。

 ――それにしても、何でいきなりそういう会話になるんだ?

 分からないから、適当に半分本当だけの真実を告げておくことにする。

「今日の仕事が終わったから、こうしてを迎えにきたんだよ」

 残りの半分は、ただピアノが聞きたかったから。とはさっきから自覚するとおりだ。
 だがブン太はようやく、ともとれるが、とにもかくにもピアノの鍵盤を見た俺の気持ちを、敏感に見て取ったらしい。
 何か発見したかの、びくりとした表情を向けてきた。
 何だか分からないが、気分がよくない。
 恣意的に目を逸らし、俺はタイミングを見計らったかのように、

も来い。帰るだろう?」

 そういって、ピアノの鍵盤脇から、の細い肩に手を伸ばす。

「あ、うん……」

 おどおどしたの調子に、途中、抱き寄せてからかうのもアリだと思ったのだが、その気もすぐに殺がれてしまうこととなる。
 何かを考えるより先に、ふと目に飛び込んだのだ。それは……

 ――痣……。

 あのときのものだろう。
 よくよくみずとも、細い手首には指先の痕が鬱血して残っており、さりげなく目立っていた。
 気づかないふりで、くるりときびすを返す。
 一瞬、ブン太と目が合った。
 あの鋭い視線の理由はやはり彼だったのか、と思わせるような、凍りついた表情(表面は何食わぬ様子に見えるが緊張しているのだろう)は、すぐにの手首を見る、痛々しそうな……心底心配そうな様子に変わってしまった。

 ――警戒されてるのだろうか。

 まさかと思う気持ちと、合点がいく場面とが交差する。
 そのまま、音楽室を出て戸締りをまかされた彼女を待つ間も、どうにも気になってしまうのはブン太と……それからの手首で……
 すっとブン太の目がそれた一瞬、影になった方の手で、の指を分からないようにそっと触れた。
 ピアノのせいで冷たくなった指先は小さくびくんと震え、鍵を取り出しかけていた逆の方まで伝染した。
 さっと手を離し、キーを奪い去る。
 急いで鍵をしめて、
 
「鍵もうまく閉められないのか?は不器用だな」

 笑ったが、不器用なのは、指先じゃない。 

 ――お前は俺を好きなんだよ、。 

 そのまま静かに移動を開始する。
 三人でいる空気もいつのまにかなじんでいた。
 ――ちがうな……。
 ただ、の、ピアノを弾く指にふれて満足しているのだ。
 あれだけ綺麗な音を奏でるものだから。 
 そう思っていた。

  *      *      *      *      *
 他のメンバーも三人でいて何も言わないものだから、気づかずにそのまま数日が過ぎた。
 しかし、やはり視線の先に移ってしまうものはあるのだ。
 部長だから、なおのことかもしれない。
 
「ブン太はがすきなのか?」

「かもな」

 部活中、ふと思い立って、柳にたずねて見ると意外な答えが返った。
 かもな、といいながらも柳のあの表情は「確定」だ。

「俺は鈍感なのか?」

 そうかと思いながら無意識に目をそむけていたのだろうか?
 恋だの愛だのといった野暮な意味ではなく、単純にお気に入りの友達として気にかけているもの、と思いこんでいた。  そう、つぶや
くと、

「ようやくきづいたのか」

 後ろからもう一つ声が重なった。
 振り向くまでもない、我らが副部長だ。

「真田に言われるとは参ったな……」

 誤魔化すように苦笑して、俺はそれでもを呼んだ。
 休憩中で、向こうも練習が終わったのか気分が向かなかったのか、音楽室を抜けてきたのだろう。
 珍しいタイミングだ。
 ブン太の視線がこちらに来るかどうか、確認もかねて手招く。

「おいで。早くしないと休憩が終わる」

 と、近づいたを引き寄せて……どうしてだろうか。
 急にそうしたくなって……

「ちょっ、な、何……?」

 抱き寄せるように、手を取り、まだ消えぬ痣に口付けた。
 単純に、それは鬱血からますます色を悪くしたそこを見たくなかったせいかもしれない。
 あるいは、ブン太の思いを本気かどうか審査するため?

 ――そうじゃない……。

「幸――精市?」

 素に戻った声で、が呼んだ。
 強要した気はないが、帰り道くらいしか、は「らしい」しゃべり方なんてしなかった。
 テニス部員の前でも、めったにだ。
 そう思った途端、珍しさに勝てなくなった。


 顔を上げさせたかったが、まるで泣きそうな声で「何?」というだけではうつむいたままだった。
 心なし赤くなった顔はまるで泣いた後みたいで掴んだ手首を、思わず撫でていた。

 ――消えてくれ……

 残る痣が痛いなんて、なぜいまさら思うというんだ?
 ブン太が見てるかどうかはもはや忘れていた。
 あまりに硬直しているものだから、そっと名前を呼んで、顔を覗き込んだのだがは動かない。
 
「もしかして……」

 ――照れているのか?
 そんなはずはないと思いながらもいつも通り抵抗はしないが、どことなく様子が違ってみえるを見つめる。
 どうしてか、顔を赤くしてうつむいている様が可愛い……
 純粋にそう思えて、可笑しくなってきた。

 ――まるで昔みたいじゃないか? 

「あ」

 声を詰まらせている
 今更、どうしろと?
 撫ぜただけなのに痛いのだろうか。
 さりげなく腰が引けている。
 それでも離せないのは、その傷痕を自分が彼女につけてしまったからだろう。
 もう一度、消毒も何もない、その痕をなぞるように(痛まないようそっと)唇を押し当てる。

「おい……。いい加減にした方がいいぞ?」

 少し奥から声が聞こえて、ふと、目を上げれば、斜め横の真田と目があった。
 照れたように視線を逸らされてしまう。
 見てはいけないものをみてしまったようだが、アイツはあれでシャイなのだ。珍しいことでもない。
 ただ釈然としないのは……

 ――真田は何に照れているというんだ?

 憮然とした表情を作って、

「どうかしたか?」

 震えていたの手を離し、(こちらの方が手っ取り早く答えるだろうとの判断のもと)しのび笑いをする柳に問えば、

「いや、甘い、と思ってな」

 促されるように、顔をある方向にむけられた。
 つられて、そちらに動かすと……
 手を離したのに、どうしようもないといった様子でその場に立ち尽くす幼馴染の姿が映った。

 ――どうして……?

 途方にくれようにも、熱を求めて再び彼女の指先に触れるじぶんの手がますます自分を追い詰めるのだ。
 掠める痣が熱をもって感じられて、痣も自身も、もう目の前から消えてくれと思った。
 なかったことにして欲しいのではなく、苛苛しても八つ当たりなどもうできそうにもなくなっていたせいだ。
 目の前のを見て、困惑しきっていたが、やがて……

『好きなんだな』

 誰が、とも誰をとも、言われなかった。
 だが、いつかの言葉が思い出される。
 ――あの時は『何が?』と答えて、スルーしたのだかけれど……

 今この刹那、全てがすとんと落ちてきた。

 ――これが好き、なのか?

 そばにいて、普通に、ただピアノを聴いて……テニスを見にきたを呼んで……?
 は辛そうで、でも、そうでなく見えることも、あって……
 何を考えてるのか、分からないが、ただこの手を離す気はない。

 ――『どんなにわめいても、嫌がっても、は俺のそばにいるんだ?』――
 
 それは自分の願望だったのかもしれない。

?」

「もう……からかわないでよ……ね?」

 手を振り払われたわけじゃない。
 でも……。
 その一瞬、指先が離れた。

 ――気づいたのに……。
 ああそれはでももう今更なのかもしれない……。
 それでもとはつながっているような気でいるのはこっちのエゴなのだろうか。

   to be continued……



どさくさ更新。残り二話。
次はブン太。ちょっと甘くなりすぎ。後で微妙に変更するかも(原稿やれよ…自分)

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