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【SIDEブン太】
何があったのか具体的に知らなくても、空気の変化に、俺は敏感な方だ。
幸村が、部活中にを呼んだのはびびったけど……まあ許容範囲ってやつ?
――って強がっても……俺、沈黙は得意じゃねぇんだよ……。
それにそもそも知っているんだ……。
現状を確認してみる。
場所……部室
時間……現在=放課後
人間……幸村君と俺。
部活が終わって、あとは帰るだけだけれど、俺ら二人はなんだか動かずにいた。
――着替えなんてとっくにおわってんのに。
「どうかしたか?」
じろじろと眺めていたからか、幸村がこちらに視線を移す。正確にはそういう方向にもってくよう、我らが部長ならわざと黙ってたって気もする。
――この後、音楽室、行くかどうか……なんだよな。
問題は、一緒に言って、またも「はい、さようなら」とを渡すのか、一人で行かせてもらえるのか……あるいはもう諦めるのか。
――仕方ねぇの。
認めるほかない感情が胸んとこに渦巻いてて気持ちが悪い。
俺はが好き、なんだ、どうしようもなく。
それから幸村も、多分……。
――あー……、俺こういうの苦手なんだよ……。
時間はそこまで立っていないが、作り出される(勝手にこちらが感じるだけだろうが)緊迫感とじめっとした空気に嫌気がさす。
よっぽど「のことすきなんだろ」って直接的言ってやりたかった。
……とはいえ、そんなことしようものなら、この天邪鬼は絶対言わないと思うから、俺は無理やり言葉を飲み込む。
こらえきれなくなってきて、少し目だけはそらしたのだけれど。
「…………」
「………?」
「………………」
「どうかした?」
「…………」
――だーっ!……沈黙って得意じゃねぇんだよ!
「んー……まどろっこしくて見てらんねーと思って。好きならすきって言えばいいじゃん?」
最低限の軽さを装ってみる。部長に通じるかどうだかは分からない。
ただ、ふと、返答のこない数秒に、そちらを見てしまったのが間違えだった。
何故って、幸村は静かに笑ってたから。
困ったような、いやみのない、そんな調子はテニス部を離れたあのときに似ていた。
……参った。
これでは負けを認めるようなものだ。
――否定にならないだろぃ。
でもまだ渡せない。
そう思うのは俺の勝手。
だけれど、今朝の彼女をしってるんだ。
「俺、のこと気に入ってるし?泣かせたくねーんだわ」
「うん?」
「だから……」
せめて優しくしてやれ、といいたい。俺のかわりにとかいわないし、あんま甘やかされてもむかつくし……。でも……
「くそ……」
――言えるか。
ここでライバル宣言しても試合にはならない。場外乱闘でしかないってもう分かってるんだろぃ?
だっては……
* * * * *
登校時に、たまたま一人だったを捕まえたのはラッキーだった。
「おはよう」
――あれ、幸村は?って……きくべきじゃねぇな。
思いなおして、軽く「おう」と声を返せば、
「自主練っていってたけど、ブンちゃんは?」
先に聞かなかった質問の答えは、主語(「精市は」)を抜かして見事に戻る。
これじゃかえって自分から聞いた方がよかったかもしれない。
そう思うのは、もう間違えなく、ここ数日のせいだろう。
俺と幸村君は張り合うでもなく……ただのピアノをきいたり、時折一緒に曲目を選んだりしていた。
ただ、俺が行くようにすればするほどなのか、単なる偶然か……。
あの後、幸村は帰りも珍しく近所のコートにいくといって、放課後は先に帰っていた。
俺に後を託してもらえるのは嬉しいはずだが、余裕ぽいよなぁと思ってもいる。
――俺が余裕ねぇのな……。
単純に、そういうこと。
「なあ」
「ん?」
いつまで続けるのだろう。
魔がさしたようだった。
ふと気づいたら、なんだか無償に頭に来てしまった。
――は気づいてないのか?
「幸村、最近優しいのな」
「うん……。嵐の前の静けさみたいだよね?」
「まあ確かに」
うわー信頼ねぇ。と思わず考えたのは俺だけじゃないはずだ。
大分、優しくなってる(分かる奴からすりゃ甘ぇよ、あれ)幸村に対しては、いささか気の毒な反応だ。
「でもよ、早く言っちゃえばいいのに。今なら、また前みたいにいられるんじゃね?」
「……んー」
はっきりしない。
は髪の毛をいじって、バックを持ち直した。
「別に何かしたいわけじゃないんだよ?」といつもどおり笑うけれど、なんだかむっときた。
「……――なんて、言うなよ……」
「え?」
そんなかおして、そんな声で、そんなふうな柔らかさで……
散々好きっていっておいて、そんなこと今更言うなよ。
とか、俺が言う筋合いじゃなくても……
「好きっていったら、意地悪がエスカレートでもすんの?」
ちょっと意地悪になったのはこっちの方だ。
「ううん。ソレはないと思うよ」
「でも――」とは笑う。
――本当こういうとこ、幸村君に似てるよなぁ。
ふっとあきれて気が抜けた時のことだ。
「いうことがない」
はそういい、どうしてだろうか。
俺には今度は寂しそうで仕方なく思えたから……
「ま、無理にはな」
すすめないけれど。
でも……
「でも、のこと、幸村も気にしてるから自主練なんかしてんだろ」
フォローしてしまうのだ。
「だからさ」
もどかしいから、続けてしまったんだ。
「早く言ってみろぃ」
とっときの笑顔なんかサービスすんなよ、俺。
――なぁ、早く言って……。言ってしまってくれよ。
嘘だ。嘘なんだ……
言わないで欲しい。
泣きそうになるのはどうしてなんだよ?
――俺、情けなすぎ。
変化に気付きながらも肝心な事に気付けてない馬鹿なに、ちょっと困って、わしゃわしゃと髪をなでたら、
「わわ、せっかく整えたのに」
「いいじゃん。気持ちよさそうだったから」
「あのね?」
――分かってたんだ、の気持ちなんて……とっくに。
この朝余計に分かってしまった。
は言わないかもしれない。いえないかもしれない。
――でもこの先もきっと……
* * * * *
思い出しながら、幸村に向う。
「俺がいうことじゃないし、いいたくもねっての」
――だから、お前が早く言えって……。
はいえないから。きっと好きって今までだって無言でずっと知らせてきて、言葉にはもう出来ないから。幸村からの拒絶が怖くて……。
ぽつりと、本音がこぼれた。
できることならこの言葉には、何も返して欲しくなかった。
でも、目の前に幸村はまだいて、ちゃんときいていて――そちらを伺う一瞬に、まっすぐな視線を返してくれる。
「ごめん」
覚悟をきめてしまったのだろう。
俺が渡さない、と口走るよりずっと強く……
「ブン太は本当にを大切にしてくれたね」
「お前が酷いことやってるからだろ」
「そうだな……」
反省しろよ。一生くいてろよ、俺に負けてろ。もってかれろ、幸村君のばーか……。
言いたい全てを飲み込んで、俺はぽかっと幸村の頭を軽く殴った。
相手は部長で、真田より強いと思える節があって、普段は優しくて大好きで尊敬もしてて……最高にいいヤツで……でもって最低に不器用で駄目なヤツだ。
――だから、我慢してやるよ。
そんなつもりでいったら、にやり。ようやく幸村君らしい笑顔が戻る。
「譲る気はないんだろう?」
……んなこといっても、どうやって挑めっていうんだよ?
胡散臭さよりもずっと直接的に悪役の表情。
同じチームで、近くにいて、ときおり敵相手に浮かべる表情として見られるそれは、何よりも幸村の本質に近いとおもう。怖い部長なんだよ、コイツは。
「まあな」
――でもな、はものじゃないんだ。
散々怒られて来い。なじられて来い。嫌われて来い……あいつはいいヤツだから最後には許してくれるだろうが、素直にならないと逃げていくんだ。
「選ぶのはだろぃ?」
後はお前に託して、俺は俺なりにを好きでいるから(意味を変えようとは努力するしかないがそれでも好きでいるから……)
「知ってる」
性格の悪い部長。
譲るも譲らないも、そんなかおでよく言う。
「けれど――他を選ぶなど認めさせない」
「そうかよ」
――なら、最初からそうしろよ。
くるみこんで、大切にすれば……甘やかして本当のこといってやれば……何も苦労せず手に入れられるくせに。
「うん」
知ってる。と、さらに笑う、ズルイ幸村。
は、相変わらずわざとらしいガキみたいな、コイツの意地悪に泣かされることになるんだろうが、その分他から完璧に守られるのだろう。
「なら、早く言って来い」
「ありがとう」なんていわれたくねーんだ。
だから、俺は今日で退散なんだって。
ロッカーを閉め、一緒のタイミングでドアに向かい始めた部長から、手早く鍵を奪って……
「貸し、1な?幸村君」
「今度ケーキおごれよ?」って背中のままで頼んだら、「セットで」って笑う声がした。
――あーあ……ついてねぇのな。
それでも、いいとおもえるほど、まだ俺は大人じゃない。
『……だから、やめておけといっただろう?』
参謀のぼやきがどこからか聞こえるようで、俺は目を閉じた。無性に奥がつきんと痛んで、前が曇ってた。泣いてんじゃねーよ……
「格好悪ぃ……」
今朝の歯がゆい生殺し状態よりはまあマシになるってもんだ。
言わないでいてよかった、と今では思える。
俺はわりと「お友達」に切り替えがきくタイプだから……。
「もうちょっとかかっけどな」
to be continued……
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