【SIDE 滝】
「起きてた?」

「うん」

 彼女が泣きそうにみえたから普通を装ってベッドを抜け出した。

「おはよう、シャワーは部屋を出て左、覚えてる?着替えは乾燥機の中だから」

「ありがと」

 はい、と箪笥からタオルを渡してを押し出す。
 彼女か部屋を出て行くと、二人には少し狭いセミダブルのベッドが急に小さく見えた。

「参ったな……」

  窓をあけ、滅多に使わないフレグランスを持ち出す。
 戻ってきた彼女には別の匂いをつけよう。

「ただでさえ未だに誤解されてるのに、これでうちに泊めたとばれたら――」

 何と言われるかわかったものではない。
 不本意であるし、あれではからかわれるのが大嫌いなのだ。

 ――これ以上邪推されるのは困る……

 自分がどうかはさておき、彼女が『つきあってもいない』自分との関係を責められるのは――周囲もレギュラー落ちの後だから気を使ってしないのだろうが、思わしくない事態だった。

 ――例え昨晩あったことは、潔く捨てるつもりはなくても。
 一息ついてから、朝の支度を始める。
 平静を装って。
 

  ―― 君と僕との秘密の恋 ――  
       月流さんの企画 君と僕との物語より

 
『何もなかったことにしてあげるよ』
 声にせず、口を動かして、家を出る。
 隣に並べば、少し前……つきあっていた頃と変わらない。
 実際、が――もう自分の彼女でない、という事実だけ除けば、付き合いの中身に至るまで、昨日のアレで全く変化がなくなってしまった。
 どうどうと手をつなぐことはなくなっても、放課後の教室や朝方の校庭でキスはする。悪戯に唇を絡ませてから、何事もなかったようにやり取りをするのも、一週間足らずですっかり慣れてしまった。

 ――君と僕との秘密の恋、なんてフレーズでは綺麗過ぎるけど。
 が、更に、自分を求めてくれたことだけは紛れもない真実。
 手ばなせるぬくもりはない。
 たとえ無理をさせた自覚があろうと。

「滝は今日朝練ないの?」

「もう……引退だから。それよりそっちは?」

「……ん?」

「図書委員会、当番じゃなかったっけ?」

 彼女の家から距離が近いのも、通学時間も、今回はいい方向に働いた。

 ―― 登下校が一緒、って程度の理由では何も言われないからな。

 それに近所とまではいかないが、バスで一本。
 もともとの放任主義・留守がちな家系に加えての、この距離。
 親への配慮にも都合がよすぎるのだ、自分たちの配置は。
 オマケに、通学も、彼女の家と反対方面へ二十分ほどですんでしまう。
 近所に見られても何も言われないですむのは、奥まった場所にある我が家の立地の条件と、この通学用といわんばかりに生徒が通う表通りのおかげか。
 途中まで裏道をいけば、それだけで十分なカモフラージュだ。
 特に話すことが見つからないでもなく――自然と無口になったまま、時間が過ぎていく。
 沈黙はほどほどで心地よく思えた。

「そういえば……」

 下駄箱から上靴を取り出した辺りで、はようやく口を開いた。
 が……

「おお、滝やん。……っと……あ、お邪魔?」

 聞きなれた独特のイントネーションと、人を見透かすようでいて何処か人懐っこく覗く目に、ストップがかかる。

「私朝当番だからこのまま図書館にいっちゃうね」

 さらりと逃げたを、引き止める気はなかった。
 むしろ遠ざけたいのはこちらの方だったから、

「当番、頑張って」

 笑って送り出してから、勘のよいクラスメイトに向き直る。
 ――きっと、忍足は気付いてる。

「ばればれやで」

「何が?」

「滝はんも独占欲があるんやな」

「つまり――?」

 実のところ、彼にだけは気付かれないはずがないと思っていた。
 クラスメイトで部活仲間。ついでにどことなく似ている自分たちのスタンスはそれぞれ干渉しないことをお決まりにしていた。でもその反面、何かあればちくりとさりげなく毒をさすのもまた必然であるように……何故かわからないが、妙な連帯意識をもっていたから。
 そもそも、彼女の胸元の痣は「わざと」だったし、少し身長のあるものには見られても仕方ない位置にあった。

は気付いてなくてもあれじゃ目立つやん」

 確かに、朝方は無防備なが気付くのは恐らく、時間がないからと渡すだけ渡したフレグランスをつけにいくときだろう。

「今メールするよ。なら見られてもせいぜい当番にくらいだろ?」

 といいつつも、その『今』携帯は取り出さない。
 その様子に、忍足が言葉を付け足す。

「図書館、跡部おるで?」

 ――知ってる。
 そうでなくとも痕は残してたと思うけれど。

「俺の元カノで、タイプは気が強いというよりやる気があまりない……跡部が絡むタイプだと思う?」

「せやな、見つけたところでにはいえへんな。てか跡部はそもそも……
 ――て、まさか牽制?」

「かもね」

 わざと見せつけるつもりなら、その意図は一つだけだ。
 たとえ彼が見つけるその前にが気付いたにせよ……彼女なら放っておく気もしていた。
 それなら否定のしようがない。

「ねえ。忍足、知ってたんだ?」

「お前らが続いてたことか?それとも跡部が好みから逸れてを気にしとること?」

「違う。彼女は跡部がすきなんだって」

 ――言葉通りじゃない癖に、はそういって別れを切り出したんだよ?
 唐突な話だ。
 さすがの忍足も話が飲み込めなかったのだろう。

「あり得へん。何やねん、それ」

 あからさまに怪訝な顔をされるも、

「嘘つきなんだ」

 それ以上の説明はせず、教室に向う。
 ――これは、君と僕との秘密の恋――
 

   *   *   *   *    *   *     *
【SIDE 

 全部覚えてる。

*          *          *
「久しぶり」

「するのが?」

「それもある。あとが照れてるのも」

「……」

 茶化すようにしか好きだと言ってくれなくなっても、一瞬触れられた手首がためらうよう震えてるから、

『 ――嫌いになんてなってないよ  』

 せめて伝わられば、と唇にキスを落とした。
 ――信じてくれない滝を感じたくない。
 憎々しいほどに速くうつ鼓動すらうまく伝えられそうにない――わずかなブランクが哀しい。
 秘密の恋、なんて浸る気はなくても今だけ側にいたいから、きゅっと目を瞑った。
 それが昨夜のこと。
 朝には、(少なくとも表面は)また友達に戻っていたけれど、仄かな熱は今だ身体に燻っている。
 途中で買ったペットボトルに口をつけると少しづつ目が覚めてくる。
 完全水分持ち込み禁止の図書館前で鞄にしまいこみ、入口を潜る。
 真っ直ぐカウンターまで進み腕章を受け取るが、朝の当番は本の整頓が仕事上多くウエイトをしめるので敢えてつける意味はない。
 名残に少し重い身体を動かして後輩がくるまで人の来ない奥の棚を見た。
 と……

「跡部……」

か」

 出くわしたのは今あまり会いたくない人物――跡部だった。
 今日の当番がテニス部の後輩だから無理はないのかもしれない。
 同じクラスだからまあまあ話す方だが、滝と別れる前から話題は当たり障りないラインだけだ。
 だから、

「お前、それ……」

 跡部の珍しくも動揺した表情に、びっくりさせられる。
 ――昨夜のことを見透かされているはずもないのに。
 あれから……滝とわかれてから初めて向き合った気がして、どこか後ろ暗い思いが湧き上がるからだろうか。

「どうかした?」

「いや、何でも……。お前、滝に何か言ったか」

「――珍しい。こっちが話せばのろけるなだ別れろだ言ってたくせにいざ切れたら話ふるの?」

「すまなかった」

 脅しではない跡部の一言に――願いに屈し、滝に別れを切り出したのは自分だ。
 恨みも何もないし、そもそも、今も滝とのつながりは切れてるわけじゃない。
 ただ、昨日の今日だからか?
 どうしようもなく言葉が口をついて出てしまう。

「……レギュラーおちの理由は私じゃないよ。別れた後だった」

「……ああ。引き離そうとしたのは俺の采配ミスだ」

 跡部に罪悪感があるのは知ってる。(だって私に邪魔だから別れろといったのは彼だ)
 だからこそ、ミスだなんて思ってもないくせに、簡単に引き受けてくれるのだ。こちらの辛さごと自分が代わりにもらうように。

「ありがとう。でも跡部の心配はわからなくもないよ。
 ――だから離れた」

 これも事実。
 跡部のせいだけにしてはいけない。
 なのに感情は彼を認めかねる。
 この先も今も滝を好きでいるために、跡部のことは遠ざけないときめたのに。
 ――今この瞬間の跡部を哀れんでいても。

「寄りを戻したんじゃねーのか。その――」

 言い辛そうな様が、自分よりもずっと辛そうでも……私にもどう答えていいのか分からないから、淡々と返す。ただ見たままの二人の状況だけ。

「別れてるよ。
 レギュラーおちしたからって戻るのは無理。私がふったんだから」

「お前……」

 これはきっと跡部には残酷なこと。

「跡部が好き」

「あ?」

「滝にはそういったの。報復くらいうけてくれるでしょ?」

 滝に恨まれるという報復(シナリオ)じゃない。
 これは……――私のことを気になると勘違いした跡部への、報復。
 跡部が取り戻したがっているのは滝でなく私でもなく――私たち二人がいる平穏なのだ。

「滝は騙されねぇだろ」

 そんなことはわかっている。
 「どうかな」とはぐらかしても、そこだけは――私が跡部をすきでないことだけは、とっくに通じてると私も思う。
 でも――

「私は安心してるかも。滝の負担にならないでいられるし」

 これは本当。

「それに跡部なら……」

「あ?」

「跡部なら絶対すきにならないから」

 ――気付けばいい……
 君も私なんて好きじゃないと。

 滝が戻ってくれない――信じてくれない理由が、そこにあるなら私はいくらでも跡部を遠ざける。

 ――恋は終わってもいないし、君が入る隙間はない。
 別れる前も、この先も。

 黙りこんだ隙間、視線を逸らし、本棚を整理し始めれば、彼は低く「そうだな」と呟いて、

「……滝に、戻ってやれよ」

 懇願の一言をこぼし……
 涙よりも痛い何かがまざったその声に、

「ごめんね」

 微笑むがうまくいかずに顔が崩れる。
 頷くことも出来ず絶句する彼の横を通り過ぎて、何もなかったようにカウンターに戻る。
 本当は、たぶん、わかってる。滝が私を当然のように好きであること。
 不安にはおもっても、大切に思わなきゃあんな触り方はしないと、思うから。

 ――卑怯ものはどっちだろうね?

 滝か、私か、跡部か……。
 答えが分からないけれど、どうしようもなく――
 ただただ、ため息が零れた。






*****
 堪え切れずに引きずり込んで……目覚めれば何もないふり。

 ――寝てても好きだなんて言わない。
  ――好きだから言えない。

「白状しないが悪い」

 「信じられない君を知ってる」






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