気持ちを知る(SIDE裕太)@

 説明が付かないことなんて沢山ある。

 *    *    *    *    *    *
 観月さんが女を連れてきたときは正直びびった。
 あの人の冷たさは学校じゃ有名だ。格好いい、美しいと先輩の整った顔に女子はきゃあきゃあ言うがそれも一言口を開くまでのこと。
 ……それでもなお人気があるのが不思議だ。
 女ってどういう神経してるんだ?観賞用といってはばからない人種も多い。確かに男の俺からみても観月さんは美形だけど。
 観月さんは大抵「ウルサイですね」と俺らにさり気なく毒を巻き、彼女たちを近づけないうちにすっぱり切る。
 ぎりぎり聞こえる程度の声で、直接言うでもなく

「なってませんね」

 関係なんてこの先もないというように。

「美しいもの以外興味ありません」

 僕以上の、とは流石に声に出さないが(本音ではそう思ってるんじゃないかという節があるのは公然の秘密だ。それでも許せるという部員の頷きも)
 こんなだからあんまり女子が得意じゃないような気もするが、クラスでは普通に「会話」はしているらしい。
 木更津先輩や部長が「あの態度はないんじゃ」とか「協力はいいけど、もうちょっと文句なしに引き受けてやれねーのかよ……」とか言っていても、「まあ、相手も(悪口に)気づいてない
 それはさておき……


です。よろしく」

 人懐っこいが、けして観月さんの言う「美しい」とは違うその人はそういって笑った。
 失礼ながら観月さんの彼女ではなく、塾の友達との紹介はごく自然に感じた。
 一声目にして「裕太」と呼び方まで決めてしまった彼女はかなり強引だったけれど、頭のまわる人のようで、

「観月とは、同じクラスで席が前後だった為、お世話になりっぱなしだったりするわけ」

 分かるでしょ?
 赤澤部長たちの【不可思議】を絵に描いたような視線に、イタズラな表情で付け足した。

「貴女はわすれっぽいんですよ」

 観月さんは最初から頭を抱えたが、その様子はやれやれと呆れた感じはあっても親しげに見えて、思わず笑みがこぼれてしまった。
 肩をこっそり潜める姿は部活後とか、休憩によく見かける仕草だったが、女子にしてるのが新鮮だ。

「観月の彼女か?」

 直球で聞いた赤澤先輩(ある意味誰にも止められない、スゴイ人だ)に、

「そんなわけないでしょう?」

 なんて観月さんが真面目に返したら、彼女と聞かれた本人も、

「変なコト言い出されるね。観月って実は学校じゃ女好きで評判とか?」

 素で言うものだから、

「そんな、ぷっ……あ、ありえないだーねー」

「そうそう。観月はどっちかっていうと女嫌いだよね」

 ダブルス組が爆笑を堪えて訂正していた。
 彼女がすっかりなじむ理由は女らしくなくて、こんなあっさりしたところになったのかもしれない。
 土日のうちに定着してしまった彼女はマネージャー雑務をこなしていた。
 皆最初こそ悪がっていたが部外者が眺めているだけという状況よりはずっと気持ちが楽で、本人も気にしていない様子だったから、次の週も恩恵を受けていた。
 お礼だけは忘れずに言ったが、これには彼女のかわりに観月さんの、「見物代です」の一言に封じられてしまった。

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 次の週には部員の相談まで受けていて、そして次の週。
 今日、俺も何とはなしに抱いていたギクシャクした感じについて、話していた。

「そっか……観月らしいね」

 試合のこと、腕のこと。
 全部聞いた後先輩(そう呼ぶことにする)はそう言った。

「観月さんのこと、疑ってはないんですよ。でも……なんていうか……」

「ん。分かる。でも、【信頼】もしない方がいいよ?そのお兄ちゃんとやらのためにじゃなくて、観月の為にもね」

「なんですか?それ」

「……うーん……うまく説明できないなぁ。ただ、観月って自分で言うほど自分のこと信じてないのよ?だから、自分で判断したことは観月にとってもいいことだった、そう思っていい」

「そう――なんですか?」

「うん。そう」

 答える先輩を見ながら、俺は何も分かってなかったのかと何だか無意味な乾いた笑いを落とす。

 ――俺の方が観月さんの近くにいたはずで。後輩で。なのに、全然わかってなんてない。

 比べることじゃない。
 羨む気持ちでもない。
 ただただ分かってるつもりだった観月さんが崩れてく。
 試合のときも今も。
 俺は、話すべきじゃなかったとそう思った。
 周助のいる家への帰途だったことも助けて、どっと疲れが押し寄せる。
 彼女は俺の足が心なし重くなったことなど気にせず、マイペースに進む。
 女の人なのに、身長が低くないせいか、結構早い。

「観月はね、ちょっと驚いたかもしれないけどどんな形でも裕太が頑張ってくれればきっと喜ぶよ。羨ましくなるくら期待されてるよ?少年」

「……え」

 思わず止まってしまう。

「何わかんない顔してんの?当たり前でしょうが、じゃなきゃわざわざ会話には出さないわ」

 さ、いこう。
 そう、手を掴んで、また益々速度を上げる。
 この後、用事があるらしい。
 急いでいるなら置いて行けばいいのに、それは出来ないあたり、観月さんを「お節介気質」と唸らせたらしいって噂は本当みたいだ。

「でも、俺、とてもそんなふうには」

「思えないなんて言わないで?じゃ教えてあげよう。やつはね、時々ウキウキした顔で話すのよ。テニスなんてさっぱりわかんない素人相手に、裕太君がどうした、こうだから伸びるとか。観月自身気づいていないけど、一方的に話すのやめてヤツに話させると出てくるのはそんな話題ばかり。テニス馬鹿」

 最後の一言はシャウトつきだった。
 そんな言い方しなくても……と思いつつ、吹き出しかける。
 観月さんはうかつにも好きなことだけは時折隠してるようで隠しきれないんだと赤澤部長からきいたことがある。
 例えば、食べ物とか、綺麗な絵とか、音楽とか……。
 たまたま見えてしまったり、もってこられたりすると、興味のある顔を極力ごまかして「どうでもいいです」というくせに、しつこく薦めれば絶対「仕方ない人ですね」なんて苦情をいいながらも受け取るのだと。
 現場をみたことはあまりないが、それが本当なら「○○馬鹿」と言っていいのかもしれない。

「あ、笑った?観月に言っちゃおっかな」

「いっいえそんなこと――」

「冗談よ。そしたら私が『余計なこと言いましたね?』とか怒られる」

「ありえますね」

「でしょ?」

 いっつも笑われてばかりだと告白。
 少し肩を竦めて見せる。
 呆れたような情けないような表情は独特のものだったのに、どこか観月さんと重なって、そんなふうに思った自分に吃驚した。

 ――もっと、観月さんの方がしっかりしてるのに。

「なんか失礼なこと思ったでしょ?あーそれにしても、あの観月の見下し視線!身長差があんまりないのに、生意気」

「それいったら俺の方が高いんですけど……」

「うわ、禁句!アレで気にしてるからいわないでよ?」

「え?そうなんですか」

「そ」

「よく知ってますね」

「そりゃね。何年来の付き合いだって話。小学生のときから知ってるよ。お受験でこちらに先に来てたから。その頃はクラス同じでも話したことなかったけど……」

 なるほど、意外なことを知ってるのは長い付き合いなのかもしれない。

「あ、観月には秘密ね。観察するならまだしもされてたなんて癪だろうし」

「あの人、目立ちますからね」

「そう!しかも友達――いまはもう塾やめちゃったんだけど、その子、その子が観月が好きでさぁ。話に付き合わされるわ、当時席が斜め後ろだったからスパイまでさせられたり、ね」

 これだから女は……ってあんたも女だろうが?
 思うが、最早無駄だ。
 女だと思ってはいけないらしい。
 可笑しな人に巻き込まれたようで、はっとしたときにはもう家の前。

「あれ?近いんですか?」

「あー……道、間違えた」

「もしかして駅に行きたかったとか?」

「そう……」

 方向音痴だ。
 なら聞いておけばよかった。
 情報不足を悔やむが、その瞬間、頭の中にデータ不足を笑う観月さんと、この人にデータを取られながら気づかない今より幼い観月さんが、ふと浮かんでぎょっとする。

「どうかした?裕太。あのさ、私なら今から引き返せばまだ何とかなると思うから気にしないでいいよ。……怒られるの承知で観月呼び出すから」

「でも観月さんならもう……」

「寮の門限ならまだ余裕あるでしょ?」

 既に帰ってるんじゃとか連絡方法はとか、続きを聞く前に、先輩は携帯をちらつかせた。

「塾の宿題伝達用。あと、忘れ物が多すぎるから注意するためだって教えてもらってるから」

 後輩に迷惑かけるよりはお叱りもマシになるかも。
 なんて言いながら、彼女はくるりとUターンしかけててる。
 俺は思わず、

「送ってきます」

 馬鹿兄貴に会うのを遅らせたいとかそういうんじゃなくて、もうただ単純にそうしたくなって、名乗り出ていた。

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