気持ちを知る(SIDE裕太)A

 「えっ、兄貴のクラスメイトなんですか?」

「てか、こっちが驚いた。あの不二でしょ?」

 駅までの道はそれなりに距離があったのに、どうしてか近く感じた。
 事実を知らされたのはJRのニューデイズが見えた頃だった。
 「兄貴の弟」呼ばわりには馴れているが、これから受けるだろう失望に、俺は、いつも以上に落ち込んで……声が返せなくなる。

 ――せっかく違うと思ったのに。

 『これだから女は……』と、さっきの彼女のフレーズがまわる。
 しかし、先に失望しておくことで、じかに受けるダメージを減らそうとしていた俺の思考は、すぐにも、

「全然結びつかないって。だってアイツ、すっごく天邪鬼だし」

 そんな彼女の言葉に消されてしまった。

「あれ?違った?」

 先輩はきょとんとこちらを見た。
 長めの髪が肩から零れ落ちて、つられてマフラーが下がる。
 しっかりしない兄貴への癖で、反射で直そうかとして手を止めた。

 ――他人にそれはまずいだろ?

 さっきとは逆に『女の子だから』と気を使いたくなってきた自分が滑稽だった。

「……兄貴の感想ってそれだけですか?」

 観月さんを真似て咳払いで気持ちを隠すと彼女は「うーん」と深く唸った。

「もしかすると別人とか?……念のため確かめるね。えっと、名前は不二周助」

「はい」

「漢字は『周りを助ける』って詐欺みたいな字書くよね?背は私よりちょい高いくらいで、ニコニコと取り留めなく皮肉に満ちた笑みを垂れ流してるダテオトコ。ついでに、面倒くさがり」

「…………」

 絶句とはこのこと。

「違う?」

 もう一度聞かれたとき、俺はぶんぶんと首を縦に振っていた。

「そのとおりです!」

 既に「聞いてくださいよ」とお決まりのフレーズが口を飛び出していた。
 そして、「あんまり話したことはないけど」と後から断りを入れた彼女の答えに感嘆していた。

 ――兄貴の性格の悪さを当てたのはこの人が始めてかも。しかも、さしてしゃべってない、だって?

 興味がもたげてくる。

「そういえば、観月さん、かなりキツイこと言うけど、先輩平気そうですね」

「んー……」

 手元にSUICAが見えたから、切符を買いに行く必要はなさそうだったが、先輩も様子を察してニューデイズの前で足を止めた。
 話に付き合って貰えるらしい。
 気の使い方も独特だったから、それは別れた後で気づいたこと。

「言って後悔したって顔されるときついけど、他はわりと平気だよ」

 立ち止まった先輩はさり気なく、わざわざコンビニには入らず、目の前の自販でお茶を買ってそう答えた。

「観月のは本音だし、傷つけようとしていうならあの人もっと言えるもん」

「……なるほど」

 言われてみれば、あの毒舌は赤澤先輩に小言を言うときや柳沢先輩に本気で腹を立てているとき以外は調整されているのかもしれない。(ちなみにその特定・二点については、観月さんは情け容赦ない)

「それにほら、下級生の練習とか見てても失敗をすぐ怒ることないでしょ?でも、誰かが注意されたことを聞いてたはずの他の人間が繰り返したら、毒舌が飛ぶんだよね。あれは正しい」

「あ……」

 指摘されて始めて思い当たる。
 観月さんはコーチみたいな人だ(実際マネージャーの役割はコーチのサブでもあるっていってたっけ?)
 だが、理不尽なことは言わない。

「勝利には執着するけれど、どのスポーツにもいえること。きちんとした指導者なら、何が悪いか分かるように導くもんだからね。何度も同じミスすること、他人から学ばないことだけは許さ
れない」

 だからこそ、みんな観月さんを信じてるのか。
 ――俺も……。
 言葉にされて、すっきりした気分になった。

「分かってるみたいね。そういうことだよ。……裕太、観月のこと好き?」

「あ、はい」
 ぼーっとしてたから、慌てて答えると、

「なら平気だね」
 彼女はあっけらかんとした表情で笑った。

 ――今日相談したことを言ってるんだよな?

「チームだから、一緒にいるから難しいことはあるから――」

 部外者がいた方がいいと思うの?
 省略された言葉の続きが聞こえる。

「そうですね」

「でも、あんまりみんなのお邪魔しても悪いかなぁとは思うけど、居心地がいいんだよね」

 観月さんにあんなに嫌味言われているのに不思議な人だ。
 嫌味でなく、あれも一種に友好の証だと反論されるだろう。
 分かったから、もう敢えて突っ込まなかったが(今日も「貴女は邪魔ですよ、端で見ていなさい」とボール拾いで戸惑ってた彼女は邪険にされてた)、その感想を反芻させる。
 ――居心地いいのか。
 お邪魔しても悪い……って観月さんに悪いわけじゃないんだろうなぁ……
 ……ってことは……?みんな?……
 唐突に思考がまとまった。

「俺は邪魔だなんて思いませんよ」

 馬鹿みたいに、俺は伝えた。
 本当にそう思ったからだ。
 あ、でも、、ちょっと声震えたかもな。
 返事を期待していなかったのか、彼女は少し驚いた顔を見せて――

「ありがとう」

 顔をほころばせた。
 前回の笑顔じゃなくて、ほんのりとにじむような微笑みに俺は「いえ」とか「あの」とか……

 何でもいいから何か言いたかったのに言葉が見つからなくて、ただただ焦った。
 頬が熱かった。


    *  *  *  *  *  *  *  *  * 
 先輩が改札から人ごみの中にあっさり吸い込まれていく姿を確認して、家に帰ると、既に兄貴が帰っていた。

「おかえり裕太」

「……ただいま」

 その後、行きがかり上、俺は何故だか洗いざらいコイツ(周助)に話をすることになって、

「だから、『』。観月さんの塾の友達だけど、兄貴のクラスだって聞いたから」

「へえ観月の……」

 ――また嫌な顔しやがる。

 なんて思ったりもした。
 兄貴が観月さんを嫌いなのは周知の事実だが、俺は納得ができない。

 ――あの人も、『分かり難いし馬鹿だし信じちゃ駄目だけど』と注釈をつけてたが、好意的だったじゃないかよ。
 そして、思い出しついでに彼女のことを色々聞いてみたら、

「ああ、僕に似てるらしいよ?」

 兄は謎のフレーズを返した。

「はあ?」

 ――どこがだよ?

 とんでもない答えに退きまくった俺に、周助は「やめといた方がいいよ」とこれまたさっぱり分からないことを抜かしたが、俺が困惑するのを見て、納得したように、

「身長が僕と大体同じか、若干低い。成績はよくて図書委員所属だったと思うよ。放課後借りたとき係やってたからね」

 しょっぱなの質問(どんな人?)の返答が来た。

 ――まともな答えも返せるじゃねーか。

「サンキュ」

「どういたしまして」
 兄貴面で答えて――兄貴だから仕方ないが、どうにもすかして見えるのが嫌だ。これだから女顔は、と悪態をつきたくなる――周助はその後釘を刺してきた。


「――観月にはナイショだよ?」


 ――なんでそこまで徹底して、観月さん嫌いなんだ?

 俺はぎょっとするが、
「大切なクラスメートの個人情報だからね。知り合いだという理由で情報収集されてすきに使われたらいやだろ?」
 よく考えてみれば、一理あるから頷いた。
 観月さんのデータ収集癖はスゴイが、凄すぎるからこそテニス以外に適応するのはどうかと思うし、兄貴の学校の乾さんを見ているだろう兄貴も、ごく普通にデータ収集の行き過ぎへの意見をだしているつもりかもしれない。
 ただ、ナイショと指つきで言われたとき、「男がんなことすんなよ」と文句をつける前に、何かどきんとしたのはそれこそ秘密だ。(当然ながら兄貴の女顔にじゃない、「ナイショ」のフレーズに、だ)

「裕太、先にお風呂入っていいよ」

「おう」

 説明が付かないことなんて沢山ある。
 だからこれは……
 たぶんそういうことだ。
 幾分早くなった鼓動を抑えるように、俺は脱衣所に向かった。

 数分後……
 湯船に使って、兄貴から得た情報を繰り返す。

「図書委員か……」

 大したことない情報。
 それよりも、今日した会話の内容の方が強く印象づけられていて――
 「観月さんには言ってはいけないこと」にあたる気がした。
 なんでだかは分からないけどな。(ついでに付け加えれば、それにつけても兄貴は見透かしたみたいでムカつく)

 *    *    *    *    *
 説明が付かないことなんて沢山ある。
 次の週、コートで挨拶を返すとき微妙に声が上ずったり、観月さんに怒られて叩かれた先輩を庇いたくなったり、そんなことを気軽に出来てしまえる観月さんが妙に羨ましかったりするのも……きっとそういう類のことだ。
 ――説明ができない……。

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