*この話はパラレルVampire関連物です。
詳しい設定などは下の詳細かあちらを読まないと分かり難い可能性も。
またVampireパラレルゆえ不二出奔・動乱後設定。現在進行中パラレルとNOT同時期
この先もそういった予定はなし。オリキャラ出すよー印で夢に送るかも
ヴァンプは基本・パラレル日常で。詳細はここ



 Vampire requiem 〜菊丸編〜

 そんな風に彼女のことを好きになるなんて……
 思っても見なかった

 彼女のことは忘れられない。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 英二Vampire】
 食事だと割り切っていたから、女性との付き合いは楽だった。
 この身体にとっては血を吸うこともだけれど、セックスすら本当に食事で、快楽の源すら時に苦しみをもたらす。
 我慢して我慢して我慢して、少しだけ味わったところでまた苦しみに押し戻される。

「英二は癖になるほど好きになったらどうするの?」

「不二こそ」

「僕は平気だよ」

 同業(ていうか同種)の不二に確信があるのは、アイツがそれだけの年月を重ねてきたからだろう。
 それだけの仲と割り切ってきたのは、俺のせいだった。
 だってさ、しかたねーじゃん。
 どうせは消える。
 今までの女もそうだけど、それなりに楽しんだら、ポイ捨てで――でも気持ちよくなれたからお互いにそれで納得。
 数日通うような馴染みは極力作らない(その方が辛くならないからだ)
 なのに……

「偶然だったんだよ」

 こけてんだもん、アイツ。
 オマケにえっらい格好してるし。
 刺激されたなんてもんじゃない。
 スカートはめくれてるし、髪の毛はぐしゃぐしゃだ。
 可愛いとかエロイとかそれ以前に……

「放っとけないんだもんなぁ」

「へえ」

「あ、むかつく。そういう笑い方、すんなよな」

「嫌い?」

「非情」

 不二が言いたいことも分かる。
 多分、やめとけってこと。
 痛い目を見たのはこっちもだし。それに関しては異存がない。
 ただ……

「あーっもうっ、仕方ないの!」

 ヤル気なかったはずが、出戻り。
 彼女を好きになって……いつか苦しむ日は来るのだとわかっていても。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 人間】
 その子が来始めたのは確か早春の頃だった。 
 折角お日様が綺麗なのに、わざわざ暗い時間を選んでくるんだから笑える。

「子っていう年でもねーじゃん」

「英二がガキっぽいのが悪い」

「ひでっ」

「酷くていいの」

「にゃんで、そういうこというかなぁ」

「猫で誤魔化しても駄目」

 作っててもわかる。
 女なれしてるなっていう雰囲気。
 そりゃ普通なら可愛い男の子って騙されるかもしれない。
 それでも、ここは一応そういう商売の出入りする店だから(って、うち自体は単なる酒屋だから、私はそんなことはしてませんけど)
 それでもいいやって思った。
 仕事の準備をしながら、水汲み場で話す。
 私が水を汲み、その後ワインをいれていた桶を粗い、店の裏側まで一緒に運ぶ。
 これが最近の日課だ。
 後は夜。
 仕事が終わってから、英二は時おりうちの窓におり立つからそのとき。
 最初は何かのマジックかと思ったんだけど、本当にすばしっこくて――最初会ったときもベランダから落ちそうになったところを救われた。物凄い運動神経で――天賦の才能ってあるもんだなぁって納得がいった。
 でも、実のところ、英二って謎だらけだ。
 立ち入っちゃ駄目だよ?って言われてもいないし、事実、英二の方から、

は何で名前聞かねーの?」

「んー。名前って?ファミリーネームのこと?」

「そう。知りたいなら教えんのに、って何もきかないじゃん?」

 ほら、こんなふうに質問し返してくることすらある。
 ――別に知りたくないわけじゃないんだよ?
 ただ、怖いのだ。

「だってなんか、英二と来たらやたらと高貴そうなんだから」

「へ?」

「友達とか――本当に王子様みたいだった」

「……ちょ、ちょっとまって?、ふ――ニコ目の女顔手前みたいなヤツに会ったの?」

「あ、うん」

 数日前だ。
 英二が来ない昼間に訪ねてきて、「英二の友達ですけれど、うちの馬鹿猫がお邪魔してませんか?正確に言うと猫の皮を被ってみせる狼、かな」と首をこくりと傾けながら聞いたのだ。
 王子様っていったけれど、格好よさより仕草の愛らしさと笑顔に男の子の方がくらくらしちゃいそうなタイプ。
 ただ、女の勘がコイツにあんまり近づくな、と警告していた。
 英二が怯えるってことは強ち間違えでもなかったんだろうな。

「それがどうかしたの?不二君って英二の友達でしょ?」

「あ、えっと……不二って名前知って――」

「ああ。そうか。不二君だけフルネームで知ってるから名前教えようだなんて思ったとか?」

「えっと、ま、そんなとこ」

 うむうむ。
 なるほどね。
 何でもかんでも張り合いを持ってるのかしら?
 そうも思えない。
 第一、何かやっぱり怖がってるみたいだし……
 考え込んでいたら、後ろから手が伸びてきた。

「?!」

 腕の力は思ったより強い。
 それは最初から同じ。

『 キスだけいい?お礼。ならいいっしょ? 』

 強請るように、それでいて誘惑するかに囁かれたあの夜と同じ調子だ。
 最初はこわごわと……
 ついで――

「いい?」

 頷けば遠慮なく、指先が首筋に這う。
 何故か分からないが、合図みたいなもの。
 同時に触れるだけだったはずのキスが段々深くなるから、多分そうなのだと思う。 
「んっ」

 仕事後なら何度か体験したことが、始まる前の夕闇の中、妙にイケナイことに感じられて必死に息を殺した。
 足元の小さな桶が倒れて水が零れる。
 直ぐ側の木に押し付けられる。
 指先が、何度もうなじを這い、舌が口内をあらす。
 そのまままた首筋に唇が……

「やっ」

 耐え切れない衝撃と、熱くなる身体に思わず声が漏れた。

「あ……」

 英二が我にかえったように――それから、少し怯えたようにこちらを見た。
 そこまで強く拒んだわけじゃない。
 ただ声が……

「ごめん、

 距離が戻る。
 二人の合間になくなっていた空白が出て、逢魔が刻の夕日の情景に、はとと小鳥のさえずりが加わり……景色が別の色を取り戻した。
 さすがにこんな風に許したことはなくて……
 今までだってキスはされたことがあったが、ここまで深くはなくて……
 啄ばむような、いたわる様な快感と微熱があったはずなのに。
 今日の英二は違った。

「う、ううん」

 違ったのは英二だけじゃない。
 私も――そのまま抱きしめられてしまってもよかった。

「魔が差したっていうか」

「う、もいいから……」

「えっと」

「いや、あの……恥ずかしいから……気にしないで?ね?」

 拒むでもなく、促すでもなく。
 何事もなかったように、時間が動き出しているから。
 桶にもう一度水を汲み、それからワイン用の小さな樽を持ってもらって……いつもどおりの時間が再度スタートをきった。

 *    *  *  *  *  *  *  *

 数ヶ月もすれば二人は普通にキスできるようになって……
 まだ照れもあったけれど、もっと先の関係にいってもいいかなと思える程度になるのだけれど、そのときは死ぬほど恥ずかしかった。

 それから三ヶ月――
 はじめて、私たちは……

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 英二】
 こんなことなかった。
 自制がきかない、なんて。
 ちょっと触ったりそれ以上のことシタイと暴走することは、そりゃまだまだあってOKな年頃(吸血鬼的肉体年齢考えると)だ。
 でもソレを中断してまで、ヤバイと思ったのは今日がはじめてだ。
 せっかくようやくヤれるんだって思ったのに……
 ――据え膳食えなくなったなんて、マジに男が廃る。
 が恐る恐る「いいよ」っていって、ベッドに彼女を運んで……それからキスを……
 ――そう。そしたら……。
 屋敷に帰ると、今更のところに舞い戻る気がおきなくて――実際いきたいが、虫が知らせるからっていうべきかな。
 不二の帰宅を待った。
 あいつが食事をどこで調達してるのか、そもそも本当に『食事』してるのか怪しげだったが、すごく時間が短いようだ。 
 泊ってくることはほとんどなくて、そういうときの伝言ですら、どこどこの誰をからかってくるだの、どこどこの様子をみてくるだの……かなりはっきりしてるうえ食事関連ではなさそうだった。
 まあ互いに干渉するのは最初の数年でやめてるから分からないのも無理ない(餌が被ったら大変だし、ずっとずっと一緒にいるんだとしたら一人にならなきゃ息がつまるじゃんな?)
 結局、その晩不二が戻ったのは丑三つ時をとっくにまわった頃だった。

「あれ?英二いたの?」

 いつもならまだのとこでいちゃついてるか、彼女が寝付くのを待ってる時間だ。
 ――ていうか今夜こそって決めてたわけで。
 不二にも「俺今夜かえんないつもりだから」とかほざいた気がする。
 ――うわ、状況ばればれじゃん。
 はずかしいやつ。
 不二は窓からおりたって、俺が座ってるソファの横に陣取った。
 コッチを覗き込む。

「どうかしたの?」

「あ」

「……何か、あったんだね。のことか」

「不二さ……何で最初の頃に会いに行ったの?」

 ふと、思い出すのはそれで、今切欠にいえることは他に思い当たらなかった。突然切り出すのにはちょっと勇気がいるから。
 ――吸い過ぎてそのまま飲み干しちゃいそうだったなんて……。
 俺は忘れてたが、不二みたいに力のあるヴァンプは意識が読めるんだった。
 多分分かられてたんだろう。
 不二は、そのまま嘆息して、

「やっぱり」

 とだけ呟いた。

「なんだよ?それ」

「英二、やめよう」

「……な、なに」

「もう止めるんだ。には近づかない方がいい」

 ――やだ!あの血じゃなきゃ駄目なんだよ……もうあれしか欲しく……

「吸いすぎてっ……」

「分かってる。言わない方がいい」

 不二の目が本気だった。
 ――どういうことだよ?
 本当は俺にも分かってた。

「吸い過ぎてっ……の気をうしなわせたっ……」

「うん。分かってる」

「でも彼女は……」

 多分、わかってない。
 俺が吸血鬼だなんて。
 それに――

「ばれてないんだね?」

「ああ」

 不二には嘘はつけない。
 まだばれてないんだから方法をきっと教えてくれる。
 期待した目でみたら、視線を逸らされた。
 その意味は……
 
「分かった。明日会っておいで。まだ分かられてないんだったら。それに平気かもしれないし――」

「何が?」

「ん……なんていうかな。……いいんだ」

 英二は知らない方がいいんだ。
 そう聞こえた。
 それは何だか悲壮を含んでいて、前までならすぐにでも首を掴んではかせてやりたいところだった(ケンカはわりによくしてたんだよ)
 それ以上に怖かった。
 ただただ怖かった。
 ――吸血鬼だって感覚は同じなんだよ。


 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 人間】
 初夜になるはずだった。
 だけれど気付いたら私は気を失っていて――
 消えていたあの人に切なさも覚えたが、翌日になったら「ちょっと焦りすぎちゃってさ」だなんて笑って戻ってきた彼がいたから……その言葉を信じて笑った。
 ――時間はたくさんあるんだから、気にしちゃ駄目だよね?
 それで、その後もずっと続くと信じていたんだ。
 
「え?城への襲撃?」

「うん。英二しらない?昨日すごかったんだって。私も……え、と、朝きいたんだけど」

「あ、うん」

「なんか物騒だよね。吸血鬼だっていう噂だけど、本当にいるのかな」

「え?」

 どうかしたのかな。
 今日の英二は少し様子が可笑しい。
 昨日の今日だから、って思っても、今とか、明らかに顔色が変わってたよね?

「ねえ、どうかした?」

、さ……」

「うん?」 

「怖いと思う?」

「何が?」

 襲撃のことかな。
 それなら特に怖いとは思わなかった。
 だって私には英二がいる。
 ずっと一緒にいるわけじゃなくても助けてくれると信じられる人。
 だけど、答えは意外なことで、

「吸血鬼」

 英二は薄く笑って聞いた。
 悪戯な顔はいつもどおりなのに、雰囲気がどこか不二君みたいだと思った。 
 この頃までには数回不二君とも会っていて、大分彼にもなれたのだが笑顔になるほどあの人は寂しそうに見えるのだ。

「怖いっていうより……うーん……永遠って辛いかな?……量れないから答えられないよ」

「何それ?吸血鬼に同情してんの?」

「わかんない。ただ私なら後悔しないのに」

「どういうこと?」

「後悔しないように生きたいから、襲撃なんて面白半分にはしないなぁって」

「へえ」

 英二は納得したのか馬鹿にしてるのかわからない、気の抜けた答えを返した。
 途端に居心地が悪くなる。
 実際怖いとは思う。
 でも、それ以上にね?

「英二がいればいいんだよ。……そりゃ、ここはかなりお城から力からあれだけど……」

 そういって拗ねたように頬を寄せた。
 ずるいって思っても、不安を消す方法を他にしらなくて。
 本当に怖いのは何だか、私は分かってなかった。
 漠然とした不安。
 仕事前なのを忘れてキスをしたら、いつもは深いキスをする英二が恐る恐る口付けてきて、何だか切なかった。
 貪って欲しいわけでもない。
 ただ優しすぎるキスと、

「これがね、俺の親愛の情」

 そう弱く告げられた声が。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 英二】
 怖がられている。
 それを感じた。
 は俺を怖がってるのではない。
 むしろ頼っていて――けれど吸血鬼に怯えていて……でもやっぱり吸血鬼にもどこか憐憫ともちがう思いやりを持っていて……
 全部俺。
 哀れまれてるのも、愛されているのも、怖がられてるのも、頼りにされてるのも……。
 城の襲撃なんて俺は知らない。
 けど、今までしなかったかって聞かれたら答えかねる。
 いくつも迷惑な遊びをした。
 死者こそ出していないが、悪いといわれることをわりと平然としていた。
 理由?
 退屈だったからだ。
 なのに……

 ――どうしよう。
 
 不二も迷ったことがあるのだろうか。
 ――いや、あったらあそこまで人間をからかうお楽しみなんてやらないか。
 ……あるいは迷った末にああなったとか?

「まさか」
 
 それはいい。
 今問題なのは、震えた指先を包み込みながら血への飢えを削れずに居た俺だ。
 さっきまでがこの腕にいて……
 それだけで、あるいはちょっとの血と、少しの快楽があればすぐにでも癒えていたはずなのに……

「腹へった……」

 ていうか……
 以外欲しくない。

「どうしろっていうんだよ」

 寝てしまいたくても、おなかはすくばかりだ。
 ばれないように気遣っても、それ以上の感情がわきあがってきているのにもう目を背けられうやしない。
 これでばれたりした日には――

「英二」

 暗い屋敷の中、丁寧に蝋燭をともす不二の顔色は伺えなかった。
 ――けどばれてんだろうな。

「仲間にしたくなった」

「まずいよ、それ」

「知ってる」
 
 城のヴァンプ襲撃事件ですらあんなに怖がってるんだ。
 こっちの汚さに引き込むことは不可能。
 馴染むなんて夢のまた夢だ。
 そういう連中はたくさんいるし、退屈ていう病気を知るまで彼女は苦しみ続ける。ソレを知ったら知ったでで要られなくなる。
 きっと、変わってしまう。
 変わるのは悪くないが、変わることに耐え切れない子もいるってことは、自分が一番よくわかってるんだ。苦労したから。
 思い出しながらソファに身体を沈める。

「分かってる?生かしきれないよ、君の力じゃ」

 若すぎるから?

「嘘だ」

  俺は知ってる。
 ――もう十分、ヴァンプなんだよ。

「ごめん」

 でも一部が真実だということも分かる。
 俺じゃを支えられないんだ。
 生かせない。

「でもね、やめた方がいい。彼女は耐えられない……たぶん、ね」

 否定できない。

 だってあれだけで
 あれくらいのことで……。
 気ははっていても、怖がってた。
 俺を頼って――騙してる、吸血鬼を頼って。

「君は全てから守ってやれるの?」

 不二の言うとおり。
 ていうか、それ以前に――

「吸い殺しそうなほど吸いたくなるんだ」

 エッチよりしたくなるなんておかしい。
 こんなことはなかったんだ、今まで。
 不二の顔をみたくなくて、寝返りを打つようにソファの背に顔を向けた。

「血に酔ったんだね」

 不二は知識をひけらかす。
 ――違う。知らなかった俺が悪い……

「相性がよすぎたんだよ」
 
 それじゃ駄目だ。
『 君は誘惑には耐え切れないよ 』

 不二の声が耳にこだました。
 ただ、この時点では何とかなると思ってたのかもしれない。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 人間】
 ふと思いついた悪戯じゃない。
 確信はなくて、だからこそ出来た。

「英二?」

「何?」

 珍しく昼すぎ、まだ夕焼けが上がる前に訪れたから安心してたのかもしれない。
 どこかで不安があって、払拭することにいっぱいいっぱいだった私は、本人のことや、最悪の事態を考えやしなかった。

「ねえ、キスして?」

 そう、もし吸血鬼に怯えてるとしても、平気だよって教えたくて。
 あるいはいろんな怖いものも乗り越えて、何をしてでも英二のそばにいたいって言いたくて。
 十字架のネックレス。
 わざと翳すように巻きつけた手で、英二の首に絡みつき、たまたまだけれど小骨で切ってしまった口内を吸わせるように――血の味のキスをした。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 英二】
 十字架だけは駄目だった。
 不二は何でも平気だと、名家の癖に適用してしまった体質で――あえて言うならば本当は光が苦手で苦手で仕方ないとこっそり知ってたりするんだけど――俺も大概のものが平気だった。
 不二が駄目な光はむしろ得意だったし(念のためっていうより、本当夜型で生きてきちゃったせいで、夕方しかでかけなかったとはいえ)血も、それこそちょっとのエッチとかで足りちゃうくらい。ついでに言えば聖水も慣れっこだった。
 だから調子にのってたのかもしれない。
 用心を怠ったのかも。
 あるいは相手が彼女だったから。

 血の味が焼けるように喉に滲みた。
 少量の傷をひろげるように、口内を舌で味わって――

「っ」

「もっと……」

 苦しがる少女の息を止めるくらい、指先に力をこめた。
 ――、俺のものになってよ? 
 なっちゃってよ……。

 十字架(クロス)が触れた、首筋に焼け焦げた鉄の匂い。
 それ以上の快楽――
 記憶は飛んでた。
 もう、何もいらない。
 
だけでいいんだよ」

 *    *  *  *  *  *  *
 悲鳴があがった。
 つんざくような……

「やぁっ!英二がきえちゃ……」

 それは彼女の悲鳴か。
 それとも俺の悪夢か……。

 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 人間】
 感覚が遠い……。
 とても遠い……。
『いやぁ。
 誰か来て!!!!!』

 叫んだつもりの声は出ず。
 気付けばあたりは暗くなっていた。
 どれだけ時間がたっただろう。
 
「英二は……?」

 回復しきれない口元を拭い、何とか闇に目を凝らす。
 起してしまった惨事も、何があったかという認識も……
 ベランダにおりたつ彼に、ようやく実感した。
 遅ればせながら英二が無事だということも分かる。
 ――でなければ、不二君はここまで平然としてるはずがない。
 何となく、同種というものの強い結びつきは理解できた。
 ――そう、例えば心配して最初から私を試しに来るような……。

「ねえ無知は罪だよ?」
 
 お決まりの正装。
 伝説のドラキュラ風のマントをはためかせ、不二君は笑って言葉を付け足す。

「確かめられて良かったね。で?君はどうするの?」

 罪悪感。
 後悔。
 ――どうしよう。
 もう、彼らが何か分かってる。
 それでも……

「好きなの……もう……許されなくても……」

「英二なら無事だよ。許してるよ、ううん。彼の方が後悔してるかもね」

 好きっていうだけで乗り越えられないものがあると、警告されてるのだろうか。
 そうとは知っても、求めてやまない心がある。
 ――英二がいい……
 こうなるなんて思ってなかった。
 疑惑がはれて、それで……落ち着いて一緒にいられると。不安がきえることを祈っていたんだ。

「許すよ。英二は。でもね……どうするの?」

 三度不二君は同じ質問をした。

「怖かった……どうしようもなく」

 吸血鬼だからじゃない。
 ――好きだったから不安にもなったんだよ……

 言おうとした唇は不二君によってふさがれた。
 同情するような口付け。
 そっと引き寄せられた腕を慌てて跳ね返し、唇を押さえたときには、口内の傷は全て癒えていた。
 驚くよりも前に、
 ――このキスじゃない……
 と、そう。
 場違いにも思った。
 ――英二じゃなきゃいやだ……好きなんだ……
 子供みたいに、欲してる。
 手に入れたくて、駄目だといわれても、泣いてどうなるわけでもなくてただただ叫んでる。
 ――お願いだから離さないで。
 目の前の審判は身じろぎ一つしなかった。

「なら試さなければよかったのに」

「知らないでいろっていうの?だって吸血鬼なんだよ?……別にだからどうってわけじゃないけど知らないでいられるの?好きな人のことを……」

「好きなら知るべきじゃなかった」

 不二君の言ってることは矛盾してると思った。
 ただ、どこかで「正しさ」も分かる。
 彼の叡智は全て年月の養ったもので、私ではたちうちできない。
 理論でも、現実でも多分――

「でも、不二君は愛を知らない」

「そうかもね」

 と笑う彼を、私は抱きしめて上げることが出来ない。
 誰も教えてあげられない。
 だからもう無駄なのかもしれない。
 ――だってこの人には通じさせられない……。

「好きだから知りたいと思うのが罪なの?それとも知らなかったことがいけないの?」

 黒いマントをなびかせて彼は宙に浮かんだ。
 始めて見せた不思議な力に、私は魅せられていた。
 ――きっと英二もこんな風に飛ぶんだ。
 そう思ってその先を見つめていると、不意に彼が口が開いた。

『試すべきじゃなかった』

 声なき声と唇がそう語っていた。
 それは私にとって、終焉を表す、そんな予感がした。
 あと、もう一度は少なくとも英二に合わせてもらえる、そういう契約に見えた。

『自分で確かめるんだね』

 泣きそうだったのは彼か、私か、それとも英二なのか……
 分かりようもなかったのだけれど。


                   




NEXT □