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が去り、英二が言い捨てるだけ言い捨てて教室を出た。
――今ならまだ間に合うか。
去って行ったを追う前に、携帯を手に取った。かけようとするが、見慣れた顔に阻まれる。
「不二、今日は自主トレだぞ」
教室の横を通りかかった手塚だ。
「コートの調子がよくないようで、慣らし打ち程度にしか使えない。各自調整してもらいたい」
タイムリーかつ、非常に都合のいい情報を与えてくれた。
「分かった。なら少し早めにあがってもいいかな」
「構わないが」
「ありがとう」
手塚は少し驚いたように、首をかしげていた。
「珍しいな」などといわれなくとも分かっている。
いつもの自分なら確実に練習はしていっただろうし、いくら焦っても駆け出すような真似はしない。部活を抜けたり早めにあがったりすることも皆無ではないけれど、滅多にしてこなかった。
今ももちろん、闇雲に動こうとしているわけではないんだ。
――でも、他に手段がない。
彼女に自分は、徹底的に不誠実なやつだと思われていて……しかも、否定も出来ないときている。
きちんと謝って全部クリアにしてもらえたところでどうなるかわからない。
――そう、僕は、ぎりぎりの立ち位置にいる……
そんな自分を知っている。
そのうえで、今なら間に合うかもしれない――そんな予感があるから賭けてみたいのだ。このチャンスに。
信用はなくても嫌われてない妙な自信もある。
「直ぐ行くから、あとで」
「ああ」
猶予はあちらの練習が終わるまで。
三十分も早く切り上げれば掴まえられるだろう。
何かを犠牲にするつもりも、一番優先にするつもりもなくとも――なすべきタイミングは逃がしてはならない。
テニスバックを担ぎなおして、計算した。
「裕太にも言わなきゃね……」
* * * *
軽い打ち合いを含めた自主練を終えて、部室に戻ると何人かいたレギュラーも気にせず、さっさとその場を去る。
メールはある程度、歩きながらで打てる。
バス停に着く前に短い文章を作った。
『、きてる?』
一度保存。
送るのは、もう少し近づいてからでいい。
結局、 時間の目処を立てて、バスに乗り込み……わざとバス停二つ分前で降りて、文面を裕太に送った。
ほどなくして、がルドルフにいることが確認できる。
そのまま携帯をならせば、ワンコールで不審そうな声がかえってきた。
恐らく練習が終わったばかりの、裕太だ。
観月の都合か……腕の件を気にして練習を短くしたらしい裕太は、いつも三年よりはやく上がらせてもらっているという。
皆が部室に着替えに戻っていたとしても、先に抜け出すことが可能だろう。
聞いていたからこそ、気楽に連絡が出来た。
『なんだよ?いきなり』
不機嫌な裕太は、に何をしたんだと詰め寄って来るが、ひるむのを予想して、わざとらしく応えてみた。
「ちょっと泣かせた……っていうか、逃げられた感じかな」
『な、』
「裕太が好きなんだって知って、興味半分に近づいたんだ。気があるふりしたけど……効果はなかったな」
ついでに、一気に暴露してしまおうか。
さすがに後ろ暗い部分もあって、勢いがないと言いづらいと思っていたのに、相変わらず自分は口が上手いらしい。
あっさりと、からかい半分の(つまり、いつもの調子での)言葉が口をついて出た。
今更性格のねじれ具合など分かられてるのだから、遠慮はしないでいいのだ。
案の定、裕太も一瞬止まったものの、立ち直りは早く、『からかってたのかよ?……で、理由がばれて逃げられた、か』と、推量だか質問だか分からないようなことをぼやいてくれる。
「ううん。とっくに理由はばれてたし」
言いながら、時計を見る。
――ちょっと時間を食いすぎたな。
思って、携帯はそのままに、走り出した。
「木更津もいたし。わりにすぐ気付かれた」
上手く会話は続ける。
こちらの速度を気取られないように、移動するのは、ちょっぴり楽しかった。
裕太は気付けるはずもなく、
『俺のことをからかおうとして近づいて?先輩をゆ、誘惑した……けどひっかからなかった?ってことか』
「誘惑」なんて、新しいフレーズを出してくれる。
――そっか、誘惑ってことになるのか。
新鮮で、少しだけ自分のしたことが恥ずかしくもあって――軽い肯定の返事にとどめる。
『馬鹿正直に言ったのか?』
「からかってたこと暴露したのか?」と驚愕されたことにも、やっぱり――それも事実だったから――肯定。
裕太は予想どおりうろたえていた。
『ならなんで、その後普通にしてんだよ!』
当然の疑問だ。
自分でも理解できない――
他の言葉は見つからず、静かに白状する。
「わかんないよ」
『途中でってことは謝って、ちゃらにしてもらったんだよな』
――それをしていないから今……こうなってる。裕太みたいにまっすぐならわかっただろう『答え』は僕には見えなかった。
途中、ダンプカーの音で、ノイズが混じって電波がとぎれかける。
……といっても、僕の言葉はまるで独り言だったのだけれど。
ちなみに『まだ、謝っていないんだ』と口に出来ていたかすら怪しい。
ただ、
「が木更津を好きってわけじゃないことも分かってたのに、試すようなことしたりして……だから神埼は僕がをずっとからかってると思ってるんだ……」
独白は続けた。
……本当はからかってるとばれた後、そこからは、すくなくとも本心から側にいたくて、そうしていたのだ、と。
「どうしようか」
”どうしようもない。”
裕太が途方にくれるのは目に見えてる。
「兎に角からかってると思われてるんだ」
『自業自得じゃしかたねーよ』
「分かってるよ……でも」
――裕太がそう思っても……
『だから、それで何したいんだよ、お前』
ゆっくりと息を吐く。
「俺もわからないんだよ、裕太」
――本当に分からなかったんだ。だけど……
そう、今は違うのだ。
今、『分からない』と口にする意味は、違うんだ。
一拍置いて、
『俺が好きだから近づいたって……?』
予測どおりの確認が来る。
本心から――
「――ごめん」
『俺の許しはいらないだろ』
見えないと承知で首を横にふる。
裕太はいらないと言うが、僕は言いたかった。
神埼に、謝れという真っ直ぐな意見はほほえましいが、ここでちゃんと裕太に向き合わなければ自分はにも何もいえやしない。
自分のことだ。
誰よりも分かる。
今欲しい「赦し」は、のものでもなくて……やっぱり裕太のものなのだ。
彼にとって、こんな風に『駄目になってる兄(僕)』が、意味のわからない腹立たしい存在にもなる反面、世話が焼ける・何とかしないといけない存在になって……
――そうやって、「駄目なやつだな」って思うからこそ、多分裕太は素直に「許す」といってくれるんだ。
もちろん、そんなこと確かめなくても、裕太はとっくに赦してくれているのだと、弟馬鹿な僕は知ってるつもりなのだけれど。
でもやっぱり、欲しいのだ。
言葉で、認めて欲しい。
手に入れていいと。
神埼を好きになって……切っ掛けはどうあれ本当に欲しいと思ってしまっている僕が、「裕太のものだから」でなく、今彼女を欲しいのだということを認めて欲しい。
交差点をわたる。
時間が気になるが、見ている余裕はもうない。
携帯の音量を上げる。
『来いよ』
裕太は「駄目なヤツ」と、仲直りの合図を出してくれた。
最初から喧嘩になんてなってなかったのだろうが、自分にGOサインをくれたことには変わりない。
「やっぱり――」
裕太は裕太で、いい子で、僕の弟だ……。
予想通りの答えをくれたことに一応ほっとして、
「、まだいるんだ?」
関係ないことを確かめて、気持ちを落ち着けようとした。
本当は裕太の承認なくとも……気持ちを諦めたり変えたりできやしない自分もいて――仮に、ここで裕太に「ふざけんな、なら先輩にもう近づくなよ」といわれようが、多分結論は同じだったとも思うし、そうなるだろう現実を知ってる。
でも、それじゃ嫌な、我侭な自分にとって、この確認は、やっぱり必要だった。
坂道で、横を車が数台通過する。
細い道だから、上手く避けて、さらに上っていくとコートと敷地が遠くに見える。
何度か通ったミッション系のこの学校――裕太のホームグランド。
――それから、の……幼馴染(木更津)の。
『引き止めとくから絶対来いよな』
文句をいう権利も、彼女のものだと、当然のように導いてくれる裕太の声を聞きながら……
坂道を駆け上る。
ピープーピープーと、交差点の信号機が音楽を奏でる。
さっきの路線バスが横を通り抜け、トラックとすれ違う。
タイヤの刷れる音の少し後、バスは停車し、ドアが開く。
【聖ルドルフ学院……ドア閉まります……】
そこにきて、裕太はようやく気付いたらしい(僕の移動に)
『おい……お前、こっちにむかってんだろ。音きこえんだよ!』
「ばれた?」
……もう遅い。
許しはもうもらってしまったのだ。
後はこちらの問題と、君はいったじゃないか。
『……世話焼けすぎだっての』という裕太。
――その通りなんだけど、裕太って気付いてないんだよね。そうやっていっても、結局僕に世話をされてる扱いされてるっておもいこんじゃって……
本当は僕なんかよりずっと大人なのに……と思いながら、「後五分でつくよ」と、状況を教えた。
『そのままにしといてやるから携帯代払え』
一方的に言われて、裕太の声が遠ざかる。
何をしてるのか分からないが別に構わない。(多分を引き止めてくれているのだろうし)
――それに、何をいってもどうせ自分は……
「ごめん、裕太」
彼女が謝罪なんてとっくに受け入れてると、どこかで知っている。
すくなくとも嫌われていないなら、後はすることは一つだ。
GOサインをもらったのなら、後ろめたいこともない。
本人に全てうちあけて、そして……
「――、もらっていい?」
――そのまま奪うだけ。
彼女の世界に入り込んだのは、自分でも、あっちもあっちで不二周助の範囲に踏み込んできたのだ。
スピードを上げる。
もうほんの少しだ。
ところが、が見えるその前に……
『……ってわけで……あー……後はあの馬鹿から直接話し聞いてやってください』
裕太は「あーあ」と気まずそうに吐いた。
――どういう……こと?
聞くより先に、こちらに向かって、話しかけられる。
まるで、彼女に此方の声がきこえているように……
『スピーカーになってんだよ!兄貴。
悪いけど、きかれてっからな』
彼女のコメントは、聞き取れない。
ただ……もうすぐそこに、こちらを向いて、怒ったような、それでいて嬉しそうな、なんとも言いがたい表情で、
「何勝手なこというかな、不二は……」
そんな調子で、こちらを向くその人がいる。
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