「本気出したら付き合えるんじゃないですか?」
俺は率直に聞いてみた。
「そりゃ、忍足に彼女がいないときなら」
先輩(滝さん)はあっさり答えた。
「もそこまで知られてないしね、それなりの付き合いだったら出来ると思うよ」
ああ、そうですね。
長続きは……しないかもしれない。
原因は忍足先輩の女癖うんぬんでなくて……(あの人は見かけほど遊んでない……というか、遊びつくして面倒になったんじゃないかと俺は思わなくもない)
多分……
「それに日吉は想像できる?が天邪鬼やめたところ」
「………」
そうだ。
あの人が素直になるなんてありえない。
運命というものがあるなら、あの人は(可能性は持ってても)絶対ソレのせいでうまく行かないに違いない。
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休み時間になると、先輩は暇さえあればベランダにいる。
俺のクラスが見やすいとわかってるからだろう。
自惚れるつもりがなくても事実だから仕方ない。
あの人ときたら、それで俺らが誤解されようがむしろ喜ぶのだから分からない。
『忍足先輩のこと、好きなんじゃないんですか?』
今更言っても……。
疑い様もないし、俺も別に噂されて困る相手はいないのだけれど。
その日もやっぱり先輩はそこにいて、
『日吉〜』
口パクで俺を呼んだ。
手招きつきだ。
先輩は下りて行かなくても気にしない。
……その実、拗ねてたりするんだろうけど、俺は気にしない。
変に気を使われることが何より嫌いな人だからやりたいようにするだけだ。
「日吉」
すぐ横から別口で声がかかって、俺はふいっとUターンする。
「食券買っとく?」
少し下(先輩は下の階だから)後方からでかい声が聞こえて、思わず立ち止まるが、振り向かない。
先輩が真っ赤になってる光景が浮かんだ。
恥ずかしがるくらいならすんなよ――見えてはいないが明らかに在る「現実」にため息をついて、俺は呼ばれた教室の中に入りかけ……
――食券?
……ああ、そういえばあの人移動教室か。
食券は頼んだ方が得だな。
お願いしますと叫ぶ無謀さは俺にはない。
かわりに、軽く「お願いしますよ」と後ろに手を振って合図した。
これで分かるだろう。
俺は今度こそ教室に入る。
「日吉」
「なんだお前かよ」
呼んでたのは鳳だった。
奇妙な因縁で、同じクラスになったコイツは先輩の天敵だ。
なぜかは分からない。
すごくタイミングが悪い。
最初に言い出したのは先輩だったが、俺もそう思う。
別に館先輩に恋情なんてないからいいけど、やたら被る。
コイツから連絡が入ると、先輩も俺に連絡しようとしてる。
コイツが話を振ってくると、大抵先輩は俺とコンタクトとろうとしてる。
今みたいに。
「あれ?もしかして下にいたのって、先輩?」
「ああ」
そうだよ。
もしかしなくても。
「宍戸さんかなぁと思ったんだけど、やっぱそっちか」
お前、本当、宍戸さんのこと好きな。
別にいいけど。
俺は二度目のため息をついた。
「で、何だよ?」
「あ、そうそう。昼ミーティングだって言いに来たんだった」
「……は?」
ちょっと待て。
それはまずい。
慌てて下の階を覗く。
しかしもうそこには誰もおらず……?
いや、いた!
「滝先輩!」
俺がなんでこんなことしなきゃいけねーんだよ。
取りあえずあの人との、唯一の共通の知り合い(というか巻き込まれてる同志だと向こうは認識してる。こっちはまだあの域まで達するつもりはないが)に上から声をかける。
下の階とウチの階両方が微妙にざわめく。
下の渡り廊下と会話するなんて無謀な光景。
時折はあるが、それなりに注目されてる自覚はある。
先輩は後から羞恥心にかられてたが、こっちはそもそも注目される予想がつきながらのことだ。倍は恥ずかしかったと主張しておく。
「何?」
滝さんはマイペースだった。
下の階から動じた様子もなく聞き返してきた。
「……っ」
一瞬、今更だから叫ぼうと思って、言葉に詰まった。
そのままのことを言っても、先輩は気にしないだろうが、噂は最小限にしておいた方がいい。彼女のためにも。
あの人は俺をカモフラージュにしてもいいような素振りでいるが、本当はすごく忍足先輩のことが好きなのだ。……誤解されて諦められればいいと思うほどに。
躊躇が伝わってか、滝さんは頷いた。
流石は心得てる。
大体の事情を了解したのだろう。
「昼、ミーティング?」
何とも微妙な問いかけを一つ。
横で、鳳が「そうっす。先輩も来るンスか?」なんて暢気なこと言ってやがる。
この分じゃ分かってないな。
ほっとするもつかの間、そういうところが多分先輩の反感を買うんだろうなと推測。
ついでに、滝さんのどうともつかない「ハハ」という笑いにも注目。あれは絶対に鳳を笑っているに違いない。俺は確信する。
まあすぐに先輩は下から、
「食券、無しでいいんだ?」
と、平然と続けたが。
加えて言えば、かなりの大声だというのに照れた様子もない。
逆に周囲も反応できなくなってる。
これだからこの先輩は食えない……。
感謝して「はい」と頷きながら、ふと、考える。この人の親友(正確には押し掛けだが)を名乗る地点で、やっぱり先輩は単純そうに見えて複雑なんだろう。
「日吉?」
俺は鳳の呼びかけも聞こえず、滝さんとは最近やたら一緒になる機会が増えた『原因』と経緯を思い出していた。
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