忍べぬ絆の鎮魂歌   >佐助・かすが・幸村・慶次・幸村

SIDE 幸村


幸村が佐助に不信を抱いたのは、入学式が過ぎてしばらく経ってのことだった。

一年向けに部活動の紹介があって、体育館に集まった帰り。
佐助を連れて、教室に戻る途中のことだ。

「へえ、ほーんと仲がいいんだな」

早速仲よくなった佐助の友人……というかあの前田の風来坊に、突然話しかけられてどう接していいのか困惑していると、

「で、同じ部活に入るのか、猿飛?」

 その横で、伊達政宗――記憶のないかつてのライバルが、よりによって佐助に尋ねてきて、微妙に居心地が悪かったのだ。
それで、佐助はどう答えるのかと黙り込んでいたら、珍しくも、そのオレンジ髪の彼は、

「あ……」

と、口をあけてから、

「えっと、何?」

いっぱくおいて、問いなおした。
どうかしたのだろうか。
それだけならば、疲れていたのかとでも納得して済ませただろうが、幸村は、一瞬、彼の視線の先にある人影を見つけてしまった。

――あれは……

一人の女生徒。
少し毛色の変わった、金ぱつの美女とも言える大人びた生徒は、だがネクタイの色から察するに同学年、新入生のようだ。
ブレザーをきていても分かるスタイルの良さ。
でも、幸村の眼をひいたのは、その美しさや、凛とした空気のせいではない。

――記憶にある面影……。

「どうした?幸村」と慶次に問われて視線を戻すと、佐助と一瞬目があった。


「うん?……あっ、俺は、部活はしねぇよ。だって、ほら、バイトがあるし」

俺、これで結構苦学生だからさ、と今更ながらの事情を披露して佐助はへらっと笑っている。
幸村は訝しげに顔を顰めるが、どうも何かを誤魔化す様子でもなさそうだ。

「それより、旦那は何やんの?」

「何がだ?」

「部活。するんでしょ?なんかバスケやってたってきいたんだけど。さっき入部届け書いてたよね、もしかしてもう入るの?」

 普通だ。
 びっくりするくらい普通に話しかけている。

 ――見間違いだったのだろうか。

 どのみちこのメンバーでは、今ここで聞き直すわけにはいかない。
 とりあえず、あとにしよう。
 幸村は佐助の問いかけに当然のごとく答えた。

「いや、バスケは……狭かったからサッカーにした」

「狭いってことはねーだろ」と政宗が突っ込みを入れるが、わが意を得たりと佐助。

「そりゃ関ヶ原よりゃね……」

 実際自分が走っていて楽しいのは、あのレベルの原っぱだろうことは事実だったので、素直に頷いてたら、
「なんつー例えだよ。広いんなら駅伝とかにすりゃいいんじゃねーか」と慶次に笑われた。

 ――……ああ。

 今度は佐助がこちらを見て、共犯者のように笑う。
 さっきとは違い、ごまかしちゃえーと明らかに描いた笑みだ。
 
 ――なら、さっきのはやはり俺の見間違えだろうか。

 そうでなければ説明がつかない。
 佐助の目は、たしかに彼女の方を向いていた。
 でも、彼女をあの……過去に見ていたような、懐かしいような切ないような眼差しではとらえていなかった。
 それどころか、幸村の目から見た佐助の表情は、「彼女を知らない」と言っているようにすら見えたのだ。
 冷たいわけでもなく、熱もなく。
 ただただ他人のように、見ているようだった。


 *        *      *      *
「佐助、ちょっといいか?」

 放課後。
 入部届けを終えた幸村は、下駄箱前でバイトに行く佐助を捕まえた。
 これだけは今日中に確認しなくてはならないと思ったのだ。

「ああ。……って、何かあった?なんか、旦那、さっきから様子がおかしいけど」

「おかしいのは――」

 お前の方だろう。
 と言ってやりたい。
 何せ、前世のことは大方覚えている自分たちだ。
 必然か惰性か、入学前に再会してからこの方、一緒に行動することが多くなっていて、また前世のように現代のそれぞれの暮らしについてだって共有することが他の者に比べてとんと多い。
 だからこそ、分かる。

「あえて隠す必要もないだろうが……」

 それはかつての想い人(なのかもしれないと幸村は踏んでいる)と現代で再会をすることを、その彼女の敵でもあったかつての上司に知られるのは、一般的ではないことで……彼なりに覚悟が必要なのかもしれない。
 だが、この数か月、前世で因縁がある人間と会った時のことについては散々二人で話し合ったはずなのだ。

 ――今さらだろう。

 そういってやりたい。
 だが、佐助はあくまで、幸村の方が具合が悪いのではないかというように、怪訝な表情で見てくる。

「隠すってどういうこと?そっちの方こそ、なんかおかしいんじゃねぇの?」

「………」

 むっとしている。
 佐助としては珍しいこともあったものだ。
 だが、どうしてかイライラしている様子なのは確かで――幸村は不意に泣きたいような怒りたいようなどうしようもない衝動に駆られた。

 ――何も悪いことしていないのに、何故責められねばならなんだ。

 そういった心境である。

「ならばズバリ言わせてもらおう。佐助、さっき見ていた女子は誰だ?」

「何なに?なんで、そういう話になんのかな。そりゃあんまりに可愛いっていうか、俺様の好みどんぴしゃだったから、ついね。じーっと見つめてましたケド」

 でも、んなの健全な男子なら当然だろ?と、てれ隠しのような言葉が繋がる。

「好みも何もあの者は――」

「もういいだろ。終わり。っつか、今はさ。まっとうに恋愛もOKなんだから、せっかくだし、あの子あたりでも相手に、慶次にもいわれた恋の花とやらを咲かせてみるのも悪くないでしょ」

「佐助……」

 それほどまでに前世では不憫をさせていたのか?
 そう、言いたくなったわけではない。
 佐助も本気で前のことを恨めしく思っているのではなく、あくまでジョークの範囲なのだろう。軽く言って見せてるだけだと口調が語る。
 だが、恋の花とやらはさておき、まるで偶然見つけた子のようにあの彼女を言うのはどうかと、幸村は憤りを覚えた。

 ――かすがどのだから、追うのではないのか?

 それならそうとはっきり言えと、そう思う。
 どっちにせよ、その態度は、不純というか、どこぞの誰かの発言ではないが――

「正義じゃない。――」

「何、浅井みたいなこといってんの?そういや、こないだ教えたけど、浅井と市、うちのクラスにいるの、見た?」

「そんなことはいい。それより、佐助。お前、おかしいぞ?なぜかすが殿の話は振らない?思えば、前に伊達に遭遇したときも、上杉殿に会った時も彼女の話をしなかったが……本当にもういいのか?」

「ちょ、ちょっと旦那?何いって――」

「それは、過去は過去で今は今だと俺たちだってわかったうえでいるが。でも、そう簡単に捨てられる思いでもないだろう?」

「え、えっと、た、たんまたんま」

「何だ?都合が悪くなったから誤魔化すつもりか?」

「ちげーよ。違うって」

 いつの間にか、首を締めあげる手前まで掴みかかっていたらしい。
「ヒートアップすると、本当周りがみえなくなるんだから……」と、苦笑されて、さすがにあわてて手を離す。

「すまなかった……」

「で?どうしたの?俺様、さっきからちっとも話がわからないんですが」

「俺にも――分かりかねる」

「ふうん。って????はい?????」

「お前がよく分からない」

「何いっちゃってんの、この人。――あ、慶次」

 いつ現れたのだろうか。
 すぐ後ろまで来ていた前田慶次を捕まえて、佐助は呼びとめた。
 お説教を続ける気はないらしい。

「すまないけど旦那、俺バイトだから」

 だから、慶次にでも話を聞いてもらえということなのだろう。
 「頼んだよ」、と、慶次に何やら一言二言つげて、佐助はさっと鞄を取った。
 走って行ってしまう。
 軽く振られて手と、表情が、「あとでね」と宥めるような、困ったようなものだったから、幸村はため息をついた。
 ひとつだけ、嫌だけれど――とっても理不尽で、そんなことないと思いたいのだけれど分かってしまったことがある。

 ――恐らく、だが……

 たぶんこの嫌な予感は当たっているのだろう。

 ――佐助はかすが殿を覚えておらなんだ……

 もし見とれていたのだとしてもそれは純粋に惹かれたから。
 過去の彼女との関係あってのものではないのだ。
 それならそれでいいのかもしれない。
 佐助の言うとおり、彼が今ここで現在の彼女をまた好きになるのならばそれはそれで……。
 でも、覚えている自分にはどうしても解せない部分がある。

 佐助は彼女を見た。
 彼女は幸村の視線に気づいて、こちらをみた。
 見ていた時間にタイムラグがあったから佐助は気付かなかったのだろう。だが……幸村とは一瞬、目があったのだ。
 だから、分かる。

 ――そう、彼女は佐助をみて顔色を変えていた。
 覚えている、のだろう。
 おそらくは。

 だからこそ……

「……苦々しく思うのだ」

 さてどうしたもんかね、とこちらに首をかしげて見せた慶次に、幸村は思わず呟いていた。彼が覚えているか怪しい、むしろ忘れていて――その方が幸せだろうと幸村の中ではおもっているにも関わらず、たまらずに一言だけ漏らしたのだった。

 

珍しくシリアスだっちゃ。