【SIDE慶次 ひとりごと】
「で?どうしたって?」
あのままいるわけにもいかないので、近くのファーストフードに移動した。
ポテトをつまみながら問いかけると、目の前で幸村はだいぶ参ったように、肩をがくりと落としている。
頼んだコーラは手つかずのまま、ストローには歯型だけがついていた。
大丈夫だろうか。
珍しい落ち込みようだ。
思えば彼が佐助と喧嘩したところなど、かつても今も見たことがないような気がする。
さきほども、結局佐助が簡単に切り上げて、こちらに投げてくれたから喧嘩とは言えないのだろうが、幸村にとってはそれですらショックなのだろうか。
「喧嘩?」
軽く探ってみるが、どうやら違うらしい。
ふるふると首を横にふられた。
「そうではない」
やがて、すっと顔をあげてこちらを見た。
――ありゃ?
参ったね。瞳が真剣だ。
ということはそれだけ深い話なのだろう。
佐助と幸村が絡んでの真面目な話題というと、正直な話、荷が重い。
逃げるわけではなく――出来るだけ向き合いたいと思ってはいるが、かつて……前世に関することであるのならば出来るだけ自分は噛まないでいたいと思う。
それも、この二人が特殊すぎるからだ。
佐助は、俺が記憶を持っていることを悟っているようで、何度かかまをかけてきた(肯定も否定もしなかったけれど)
幸村は……すぐに分かる。
この正直者は今だに表情を出す癖を直せていないのだ。
「聞いてほしいのだ」
これはある友達のことなのだが……
幸村は分かりきった嘘で、そう話を切り出した。
* * * *
「それで?」
正直事情がこみあっていて全部は理解できない。
ただ、どうやら、佐助は過去に好いた女を唯一記憶として失っている様子らしい。幸村にはそれが不憫に思えてならない。
が同時にかつて彼らが一緒になれなかったことに関与しているのがその主人、幸村だと本人は思っている。
――それだけでもなさそーだけどな。
「後悔はないのだ」
すっかり友達の話という名目を忘れて幸村は言う。
真面目も真面目。
本当に固いやつだ。真田幸村という男は。今も昔も。
たしかに、相手が敵方の忍びだっていう話ならばたしかに幸村の下についている佐助としては許されない相手だろうが、佐助は幸村の下でいる自分を誇りに思っていた。それに、佐助はだからといって恋を諦めてないと思う。
かつて、へへーんだなんて笑っていたあの忍者は、「忍びだって恋のひとつやふたつするって」と軽く流してた。
けれどそれは本音だったと、俺は断言できる。
だからこそ思う。
「あんまりこだわる必要ないんじゃねーのかぃ?今忘れてんなら、それまでだってことだ。思い出すかもしれないし、出さないかもしれない」
「でも、たった一人のことだけなんて――」
「大切な人を忘れたままいるのが許せないのか?それとも、例えばあれかい。幸村が忘れられていたら嫌だからとか?」
「違うっ!そうでは……」
――半分が図星か。
だが、忘れたところで、どうせこの二人はいると思う。
小十郎と政宗をふたたび突き合わせてみたら、やっぱりうまがあってるようで(違和感無く友人になるのは)あれも時間の問題だろうし、幸村たちにしてもそれはおなじことだ。
――じゃあその佐助と想い人とやらは?
秀吉がこの時代でねねを見つけていないように、恋人や因縁のある相手はだめなのだろうか?
――そうは思わない。
それならば、まつねーちゃんと利がまた一緒にいられるか怪しいし、長政の逆転片思いの例だってある。
「大丈夫だよ、幸村。まとまるときはまとまるもんだって。運命ってのはそういうもんだ。お前が恋について語るってのもいいねー」
「そっそういうつもりではっ――」
おーおー焦っちゃって。
でも、本当にそういうつもりではないのだろう。
たぶん幸村が感じる焦燥は俺には理解できない類のものだ。
あまり考えないたちだと見えるが幸村はこれでいて深く考えている方なのかもしれない。
相手を思いやることについては、相手の気持ちについては人一倍敏感な部分も持ち合わせているのだろう。まるで動物のように、本能的に理解しているのかしれなかった。
「ま、あれだ。よくわかんねーが、元気だせ。そりゃ好きな子の記憶だけ失ってるって知れば不安になるかもしれないがさ。いきなり【お前は忘れてるだけでこの子がすきだったんだぞー】って言われたら、相手は退くだろ?」
「そ、そういうものか……」
「例えば長政に【お市ちゃんは昔、長政のことが大好きで、らぶらぶだったんだぜー】って言えるか?」
「う、そ、それは……でも、ほら、前世では――」
「同じだろ」
「う――」
ほら、言葉につまった。
幸村は「かたじけない……」とまたも机につっぷした幸村の肩をとんっと叩いて、
「忘れててもうまくいくこともある」
またお市に近づこうと頑張る長政を思い出しながら語りかける。
鈍感な幸村が今のお市の気持ちまで分かっていなくとも……佐助から「お市が忘れていて長政が覚えていること」「長政の片思い話」は(笑い話が多いから)聞いているはずだ。
赤い主従は、どうやら自分たち両方が記憶をもっているため、記憶に縛られ過ぎている感がある。
双竜とは別の意味で不憫だ。
一向に減らない幸村のポテトをつまみながら、こっそり幸村用にアップルパイを差し出した。
「食べていいのか?」
「おお」
実は相談賃がわりと佐助に渡されていた無料券があったので出費もない。
甘いものに目を輝かせる幸村をみていると、佐助の方が問題じゃないのかねぇなんて思いもするが、そこは俺も手の出せない領域だ。
「恋ってやつぁ、本人たちの問題。命短し恋せよ、人よ……。でも、本当に恋愛かどうかも分からないうちは走りようがないって」
「そ、そういうものか」
「そうそう。だから、まあ気長に待てばいいよ。今は平和なんだから」
「そうだな――」
俺が口走ったことに気づいてはいないのだろう。
だが、意味に同感はしたにちがいない。
幸村は少し眩しそうに目を細めた。
あの相変わらずな保護者のことでも考えているのだろうか。
「今度こそ上手くいくとよいのだが」
――おいおい。
だから、本当に恋かどうかわからないんじゃないのか?
言おうと思ったが無駄そうなので口をつぐむ。
幸村にとって、佐助の恋はそれだけ重要なのだろう。
あまりこだわりすぎなければいいのだが、この熱血漢がどこまで待てるのか怪しい。
「俺は気が短いのだ」
「――だろうね」
やっぱり。
――こりゃ、佐助をひっぱたいてでも記憶を取り戻させかねないな。
おっかなさを感じて、思わず苦笑いをこぼした。
どのみちあの真田幸村を止めることなんて、佐助、お前にしかできねーってことだ。
出来たとしても伊達……だが今彼は記憶がなく――武田信玄は俺からすれば分からない。
「やれやれ」
はやいとこ何とか決着がつけばいい。
すごい勢いでアップルパイを食べ、コーラを飲みほした幸村は元気になったようだが反対に「みなぎっている」ので、佐助が大変そうだ。
痴話げんかでもあるまいし、どうにかなるだろう。
――後は任せた。
「じゃ、俺はこれから利んとこ寄って帰るから」
トレイを片付けると店を出る。
反対方面に向かって、軽く背中越しに手を振りながら、別れた。
たまには 一人称。