【SIDE 佐助】
「わかんねーよ」
大量のポテトチップスと酒のつまみを、片手のビニール袋に器用に詰め込みながら、佐助はため息をついた。
酔っ払った客は、「え?にーさん、どうかしたの?あー、失恋しちゃった?」だなんてふざけたことを抜かしている。
――何で、こういうときにかぎって、そういう話をふるかね。
どいつもこいつも浮かれすぎてる。
平和な時代で生まれ育ったのだ。
記憶があっても、この空気にはそれはそれで慣れているつもりだった。
だが、妙にイライラするのは幸村の言葉が、まるでささくれのように抜けないからだろう。
『過去は過去で今は今だと俺たちだってわかったうえでいるが。でも、そう簡単に捨てられる思いでもないだろう?』
「わかんねぇよ」
覚えてないんだから。
幸村がどんなに傷つこうと、自分を心配してこようと今佐助に出来ることはない。せいぜい明日もしっかり学校にいって元気に馬鹿をすることくらいだ。
「おー、箸はふたっつな」
太った酔っぱらいは催促して、ビニールを受け取った。
「毎度ありがとうございました」
毎日の流れ作業。こんなときだって笑顔はちゃんと浮かべられるのだ。
* * * *
翌日の昼休み。
佐助は、なじんだ気配を感じて、裏庭に出た。
学校の裏庭としかよべない、小さいロータリー脇のスペースは、一階の食堂からわずか数メートル先。作ってくる余裕のなかったお弁当の代わりを手に入れたついでだ。野次馬根性を出して見に行っても損のない距離だ。
ちなみに幸村には、遅刻を伝えてあるから、自分の方にお弁当を取りに来ず自分で調達するだろう。わざわざ一緒に食べる約束も特にしていない(なんとなくこうしてフラッと一人でいることもある佐助だったから、気にならないとふんでいる)
「?」
気配は、あの軍神――生まれ変わりの上杉謙信だった。
名前までそのままでは支障がありそうなものだが、周りの大人たちも「あやかってつけたの、すごいわね」程度で終わってくれるらしい。
――まいったな、こりゃ。
そう思うのは彼の記憶があるからないからとは関係ない。
すぐ横に、少女――よりによって、幸村が気にかけた自分とも関連のありそうな一年生が寄り添っていたからだ。
しかも、ふられている。
そうとしかいいようがない。
謙信は柔和な笑みを浮かべているが、佐助にはかえってそれが拒絶を示しているように思えた。
「なんのことか、わかりかねます」
きっぱりと告げるでもなく、「すまないな」と苦笑するそのさまは、昔よりもよほど男らしく……少女が頬を染めずとも、心をわしづかみにされているだろう事実には至極納得がいった。
少女はショックを受けたように、けれどひるまず「それでも好きです」と、いいづけている。
傷つきながらも不屈の瞳。
――でも、なーんか見てて痛いってのは、どうなんだ?
事情は知れないが、幸村いわくあの時代のものだったらしい彼女は、えらく軍神にご執心のようだ。
だが軍神は覚えてないの一点張り。
じっくり観察していると、おぼろげながら状況はつかめた。
「謙信様」
「さま、とよばれるりゆうはない。せんぱい、ならばつけてもらってかまいませんが」
「ですが」
「かすがさん、といいましたね」
「……」
「おやめなさい、そのようなかおをするではない。きをひきたがっているようにかんちがいされます」
「間違いなどでは――」
――ないんだろうねぇ。
「ひとめぼれだというのならば……わたくしにはない。おたがいをしらずになぜすきになれるか、りかいができないのです」
恋する乙女をそこまで突き放す理由もないだろうに。
……と。佐助はひとりごちた。
だが、一方、謙信が珍しく冷めた調子であることも、なんとなく見て取れる。
知らない女に告白されても困る、というところか。
その心情は覚えのあるものだった。
――ましてや、過去に因縁があったら?
佐助は少し考えてみる。
そんな女(恋仲か横恋慕か知らないが)が自分のそばに三度あらわれたら?
しかも相手は自分を覚えていたら?
「……わかんねぇ」
また疑問が増えた。
実際謙信と信玄については、覚えてるのかしれないが、佐助も幸村も記憶の有無を確かめられていない。学年が違うこともそうだが、あの二人を読みきることなど今生だろうとなんだろうと無理だ。
覚えているのだろうか?
だからといって、どうなる?
彼女は自分を好きだといった彼女でもないのだ。
ましてや赤の他人。
「……ちょっとは同情するかも」
好きだとしたらしたでややこしいものだ。
そう思えたのは先ほどの彼女の瞳が今の男前度が増した彼のよさを全くとらえてなかったからだった。
――あの女には、もったいねぇよ。
むくむくと意地悪な気持ちが膨らむ。
信玄を敬愛する主人の馬鹿が移ったから、信玄のライバルたる彼の評価がふくれあがっているのだろうか。
というよりも、「今生」だからこその、あの男ぶりをみてしまったせいかもしれない。
伊達もよくクールビューティーと称される、一年上の元就もしかり。だが、そんな彼らがたちうちできないほど、今の上杉謙信のふるまいは大人びて紳士で……(元親や伊達とは別の方向で)理想の男だ。
ふっと、加勢したくなったのはそのせいだろうか。
はたまた少女が本格的に泣き出しそうな顔をしたからだろうか。
「せっかく美人なんだから、ふくれっ面はしない方がいいんじゃない?」
気づけば軽口とともに、さっとあらわれて、すんなり一礼して去りゆく謙信を追わせないように、佐助はかすがの前に立ちはだかっていた。
告げた言葉の半分以上本音でもある。
* * * *
困ったのは、その後だ。
「お前……」
一言、そう切って、かすがと呼ばれる少女は、口をぱくぱくと動かした。
「いたのか。佐助」
ようやく出てきた第一声がそれだった。
どうやら、この女とは本当に知り合いだったらしい。
佐助は状況をなんとか飲み込む。
いらだたしさはある。
幸村に指摘されるまでもなく、自分は彼女を覚えていない。
「いた、っていうか、お前と俺は初対面だと思うんだけどねぇ」
「初対面?何を馬鹿な……っ、もしや、お前――」
「だからー。おまえおまえ連呼しないでくんない?知んねぇし」
いらだちを隠さず言ってみれば、かすがは、ふうとため息をついた。
肩の力を抜いているらしい。
「やはりか」と自己完結気味につぶやいて、そのまま歩きだした。
長い髪が太陽を反射してきらきらと光をこぼす。
「ちょ、ちょっと、待てって」
流石にしょっぱなからスルーされるとは思っていなかった佐助は、呼びとめるべく肩に手をかけた。
女の子は大好きだが自分からこんなに必死に行ったことはなかった。
だが、その手に違和感がないことに驚く。
「なんなんだ?お前。忘れているのなら、もういいだろう。私は行くぞ」
――詐欺だ……。
詐欺である。
美人なのに。さっきは可愛かったのに。
なぜこんなに自分に冷たいのだろう。
インネンってもしかしてマイナスの意味なのだろうか。だとしても幸村がいった「気にかけていた」が本当なら、片思いなのか?
くるくると無駄に回る頭と反して、身体の動きは一歩遅れをとった。(珍しいこともあるものだ)
かすがは、ひらりとその肩におかれた手を利用して、すっと佐助の背後に移動する。
その鮮やかさに、一瞬、ぽーっとなっていたら、耳元で色気もない溜息が再び。
「ボサっとしてるな」
「なっ」
出しぬかれるはずはなかった。
忍びではなくなった佐助だが、人の気配に敏感なだけではなく、すばやさにも自信がある。
風魔相手ならば諦めもつくが、まさか少女にと思う。
しかし同時に得心がいってしまうことが、情けないことに今の佐助には一番堪えた。
「悪かったな」
声を失っていると何を勘違いしたか、かすがが語る。
「……私もあまり覚えていないんだ。虎の方は覚えていたようだし、お前もあちらを覚えているようだから勝手に記憶のあるものと思いこんでいた」
「や、別に……」
「でも、お前も悪いんだぞ」
「はい?」
身勝手なタイプなのだろうか。
言葉からしても、「美人なのにもったいない」としか言えない堅さと、冷たさ。(クールビューティーとそれこそ言えればいいが、どちらかというとえげつのなさも感じられる)
佐助はもうどうにでもなれ、と口を噤んだ。
「私があの方を慕うことに、また口を挟まれると思ったんだ。――お前が、小言ばかりだった記憶はあるからな」
「ふうん」
――そっか。
だからか。
何となく幸村が、彼女について忘れた自分を責めたのは「世話役」じみたポジションという意味で彼女と幸村が同じ立場であるからかもしれない。
ようやくことの次第を理解して、「馬鹿じゃねぇ」とこぼせば、
「変わらず馬鹿のようだな」
案の定、予想以上にきついお言葉がふりかかる。
この女のどこがいいのか、過去の俺?とふざけて口にしようとして――黙り込むのはちらりとゆれるスカートから覗き見える綺麗な脚のせいか。だらしなくならない程度に緩めたネクタイが協調するその胸の谷間か。
「あーあー、俺様最悪」
「もともとだ」
「はいはい、そーですか」
けれど、どうしてかささくれだった心が癒されていく。
彼女と謙信を見ていたときは、嫉妬を感じなかったからそうでもないのかなと思ったのだが、どうやら自分は彼女を本当に気に入っていたようだ。
佐助はようやくその事実を認めた。
――結局旦那の言うことは正しいのかね。
だが、恐らくはそういう単純なことでもないのだろう。
「なあ、かすが――」
「ん?」
「って呼んでいい?」
「………勝手にしろ。取りあえず今も私は今のお前も嫌いだ」
「あーら、ふられちゃったか」
「そういうところが気に障る」
「はっきり言ってくれるね」
気づいていることは二つ。
彼女は謙信に恋慕していて、前世の自分はそれを知ってただろうこと。
それから、それでもなお温かい気持ちで見られるほど彼女とは離れがたい存在だった――同類だっただろうこと。
「大体私は忍ばない忍びなんて許しがたいんだ」
「それでいて、優秀だから?」
「――っ」
「俺様、優秀だからね。――お前とは違って」
「っ」
――やっぱね。
歪んだ顔が表すのは比べられて図星をさされたからではなく、純粋な驚きだ。
「かすが、そんな身のこなしできるやつ、この時代でも小太郎くらいだからな。すぐ分かったよ、お前が忍びだったことが」
「――逃れられない運命とでも言う気か?」
「違ぇよ。俺は現に今学生だし、アンタもだろ。気にせず楽しめばいい」
黙り込んでしまう少女は、また彼のことを思っているのだろうか。
それとも過去の佐助を思い出しているのだろうか。
表情の硬さは拭いきれていない。
そして、嫌悪感ではなく――単純に傷ついたような、瞳が向けられたとき、佐助はふと「あちゃあ」と顔をしかめたくなった。
どうやら謙信ですらできなかったことが自分には出来てしまったらしい。
――プライド、じゃねぇな。
ただ何かを傷つけた。
泣きそうな、ただの少女がそこにはいるだけだ。
「悪ぃ」と謝罪できればよかったのだろうが、かすがはそれを許さない。
確信して、佐助は距離を詰める。
「何をっ」
「ん?失恋した女の子を慰める役ってのもおいしいかなと思って」
手を掴んで、引き寄せればあっさり掴まって、かえって戸惑った。
しかし、気づかせないように頭を軽くなでるにとどめて、また距離を置く。
「ふ、ふざけるな」
「あれ?気に入らなかった?役得ってことで俺的には美味しいか――…・・・いってー!何すんだよ」
すぐ飛び蹴りが来て、避けると今度は左からフックが飛んできた。
戦闘能力の高さは減っても、凶暴性は変わらないらしい。
なのに、「お前がいけないんだ!」と真っ赤になって叫ぶ少女はひどく愛らしいものだから、佐助の口元は上がるばかりだ。
――忘れてるとか関係ないねぇ。
幸村の心配は分からなくもないが、心配されることでもない。
伝え方が分からないからしばらくは苦労するだろうが、やがて自分の過去の主人にも通じるはずだ。
佐助は彼女や幸村に感じた理不尽さとともに、ほんのすこしの可笑しさも覚え……声をたてて笑った。
もうちょいだけ続く。