忍べぬ絆の鎮魂歌  4(1) >佐助・かすが・謙信

【SIDE かすが】


かすがは、その「すまないな」との苦笑に、苦虫をつぶすような顔で、なんとか言葉を飲み込んだ。
放っておけば、度を越して迫ってしまいそうな自分を知っていた。

幾度目かの告白。
前世からの想いに、「なんのことか分からない」という趣旨の答えを返した謙信。

――たしかにあの方の面影であるはずなのにひどく遠い。

たしかに多少は唐突だったと思う。
そもそも今の世でかすがが覚えていることですら、彼との、断片的な記憶。それから周りのいくばくかの武将のことだけ。
おぼろげな記憶を辿って、謙信の全ての表情が拾えるかすら怪しいのだ。

それでも……危うげながらでもはっきり分かる思いだから、告げたのに。
過去だけを投げかけたつもりもないのに、彼はただただ困ったように笑う。
前の生で、彼はこのような表情を見せたことがあっただろうか。
困惑するその顔は生々しいほど男らしくて……戸惑うのはきっとそのせいだ。
かろうじて、「それでも好きです、謙信様」と返せば、「さま、とよばれるりゆうはない」と遠ざけられる。

「せんぱい、ならばつけてもらってかまいませんが」

――それでは、意味がない……

せっかくの特別なのに、と小さいことを思う自分が情けない。
それでも……
少しだけ俯けば、

「おやめなさい、そのようなかおをするではない。きをひきたがっているようにかんちがいされます」

いさめられてしまった。

「間違いなどでは――」

ないのに、と――。
つむぐつもりの言葉が出ない。
かつての主は、やはり今も絶対なのだ。
その目だけで、声が奪われてしまう。

「ひとめぼれだというのならば……わたくしにはない。おたがいをしらずになぜすきになれるか、りかいができないのです」

それはまるで、あの日忍び込んだ自分の思いをも否定するような、そんな声に聞こえる。

――仕えたいと一瞬にして決めることと、一目ぼれとは違うのか……

だとしたら自分の想いは何であったのか。
葛藤が生じる。
謙信は、考えこんだ自分に気づいてか、さっと踵を返している。
かすがだけが動きがせず、その場にたたずんでいた。

だが、それも数瞬、昔と同じタイミングで、ソレは訪れた。

「せっかく美人なんだから、ふくれっ面はしない方がいいんじゃない?」

「お前……」

毎度同じパターンだが、馴染んだ空気ながら、「彼」はかすがに存在をぎりぎりまで読ませない。
だが――校内で見かけたかすがには、「彼」が姿を現そうとした瞬間に悟ることくらいはできた。
ひとを馬鹿にするような、自分が困惑する一瞬を見つけて降り立つ彼――猿飛佐助は、同郷の忍びだった。それから、人を食ったような笑みをして……それでいて自分を心配するようなそぶりも見せるややこしい関係。
おぼろげな記憶でも、根付いているのだから、相当にしつこかったのだろう。
かすがは、またか、と納得しながら、

「いたのか。佐助」

そう返し、だが――

「いた、っていうか、お前と俺は初対面だと思うんだけどねぇ」

「初対面?」

何を馬鹿な――と言葉に詰まる。
佐助の目に嘘はない。
それでも、嘘だと叫びたくなるのは、なぜか。
この優秀な忍びが、彼の主人とともにいるのをみたのは先刻のこと。
誰より実直な彼の主、幸村の気配は濃厚で、間違えようもなく……その彼と眼があったからこそ断定できる。

――【彼は、覚えている】――

その横にいる猿飛もそうだろうことは、様子から感じ取れたのだ。

――なのになぜ……

繰り言を返すようで、癪だったから言葉にはしない。
代わりに、ほとんど確信していることを口にするばかり。

「もしや、お前――」

「だからー。おまえおまえ連呼しないでくんない?知んねぇし」

「やはりか」ととっさに口に出来ただけで十分だろう。

「ちょ、ちょっと、待てって」と相手は止めるが、忘れているのならば事実用はなかった。
ただボケっとしている、それが気に障ったのかもしれない。
迷う暇もなく、その肩を借りて、宙を一転。
背後に回る。

「ボサっとしてるな」

「なっ」

「悪かったな」

――覚えていないものに言われても、ビックリするだけ――なのだろう……

さきほどの謙信が頭によぎり、多少重いものがあったが、かすがは、礼儀知らずになる気はなかった。
覚えていないが、とらが覚えていたからと言い訳をすれば、佐助は「ああ」と頷いていた。
どうやら気にされていないらしい。

――相変わらずだな……

ドライだから、ではない。
佐助は許容しているのだと、今のかすがには理解できた。
自分だから、と思うのはうぬぼれだろうが、この男はその程度に目くじらを立てたりしない。
そんな妙な懐の広さが苦手だったのかもしれん、と、かすがの中で過去の記憶がうずく。
思いながらも、眉間にしわがよっていくあたり、本当は、今でも苦手なのだろうが。
かすがは自分を棚にあげて、ふと、謙信のことを思った。

――……覚えても覚えていなくても同じ、か?だとしたら、あの方は……?

かつての主、謙信が、本当に忘れているのだとして……だとしてあの態度だというのなら、ここにいる男のように本質はそちら側にあったということだろうか。

――かつて得ていた信頼はあくまで主という立場としてのもの、なのか……

だとしても自分の主はひとりだから、そうふるまえばいい。
だが、それは過去であり、今のかすがは違う。

「お前も悪いんだぞ」

「はい?」と首を傾げる忍びは、今もまだあの主と同じ関係を繰り返している。
それこそが安定しているものだとしたら、自分はいったいなんなのか。

――言われずと分かっている。

恐らく覚えていたらいの一番に縛られるなというだろう、猿に、素直に感想を述べるのは、彼の記憶がないからだろう。

「私があの方を慕うことに、また口を挟まれると思ったんだ。――お前が、小言ばかりだった記憶はあるからな」

「ふうん」

納得したような、彼の目は決して冷たくもなく……覚えていないくせに、むしろ温かさがあって――

――なぜそんな顔をするっ……

正直なところ、いらだたしい。
かすがは、彼から距離を取った。
これ以上何をいってもやつあたりだと、分かるので黙って立ち去りたい。

が――「ばかじゃねーの」と、恐らく自分自身だろうが、つぶやいた忍びがあまりにばかばかしく見えたので一言。

「変わらず馬鹿のようだな」

悔し紛れに告げた。
恐らくまた己の主人のことで何か考えだしているのだろう。

――でも、お前は覚えられている……

いいじゃないか。それで。
と思うのはかすがが彼ではないから、なのかもしれない。
それを封切に、急に軽口になった幸せな忍びに、かすがは「今のお前も嫌いだ」と精いっぱい気持ちを投げつけた。
いいすぎたかと躊躇したら、一瞬あけて、裏を取られ――相変わらずの身軽さと、自分の隙をからかう口の悪さに辟易はしたが、

「――逃れられない運命とでも言う気か?」

自嘲すれば、

「違ぇよ。俺は現に今学生だし、アンタもだろ。気にせず楽しめばいい」

相手は真理をついてくる。

かすがは、佐助のその、真っすぐ自分を見通してくる眼が現世でも嫌いだ、と認識した。
引き寄せてからかおうとたくらむ腕から逃れて、「ふざけるなっ」と返せば、何事もなかったように飄々と立つ忍び。
実際に、立ち去るのはかすがであっても、佐助は決して追ってはこない。

――お前は変わってなどいない。

例え佐助がかすがを覚えていなくても、佐助との距離感は、この位置がベースにあるのだ。

――ならば、あの方と私の距離感はどうだ?……とらわれるな、とお前は言うが、それでもお前は近くにいるじゃないか。

当然ながら口にはしないから、佐助は、答えない。

それでも、自分は謙信のそばにいたい、のだ。
覚えているから、どうしても現世でも主を見てしまうのだ。

かすがに佐助は答えない。

きめつけて責められることもいやだったが、覚えていない今の佐助が自分を責めてくれないこともまたかすがにはきつかった。

何が悪いのか、ひとりでは、分からない――

完全に忘れているらしい謙信よりも、半端に覚えている自分よりも、記憶など関係なく「変わらない」佐助がズルく思える。

「お前がいけないんだ」

呟いて、はじめて、
かすがはすこしの孤独を感じた。

4(2) 

まだ続いちゃった。