忍べぬ絆の鎮魂歌  4(2) >佐助・かすが・謙信

ボールが飛んできたのを避けるまでもなく、かすがは無意識にキャッチしていた。
この程度のことは修行をせずとも体が覚えている。
そうでなくとも、やはり運動は好きだったから簡単なことなのだが。
現世でのかすがは、ボールを得意としている新体操部のホープなのだ。
ちょうど体育館に向かう通路だったが、珍しいこともある、とかすがは嘆息した。

追いかけてくるのは、見慣れた男だ。

――ややこしい……

相変わらず好きらしい「赤」
リストバンドの色とこちらをみてこわばる表情に、この先の展開が読めた。

「すまぬ」

「いや、これくらい」

ボールを返しながら、告げるとあからさまにホッとされた。
思わず、その様子に声がついてでる。

「お前は変わらないな」

「そうでもない」

意外なことに、幸村からはきっぱりと答えがあった。

「佐助は――あのものは……」

「忘れているんだな、私を。
安心しろ、私も不完全だ。……あまり覚えていない」

思いやりから出た言葉ではなく、真実だ。
幸村も、それは分かっているのだろう。
「そうか」と告げたきり、沈黙を保った。

「だが、」

先に破ったのは幸村だ。

「佐助はお主だけ忘れて――」

思えばかすががこの幸村という男に気にかけられたのは、はじめてだったかもしれない。
何せ、前世では仇敵もいいところだ。
まみえた記憶もろくにないくせに、立ち場や状況だけは覚えていた。
そして、立ち場こそ違えど、主が違い、国が違うとはそういうこと。
佐助のように元の間柄もない相手だから、余計にそう思う。

――恨みも何もなく、それでも分かり合えないものとして、通り過ぎていたんじゃないか?

予想をしながら、言葉を遮った。
こちらとしても、恨みも何もないのだ。過去とて今とて。

「真田、お前のせいではない。覚えてないってことはそこまで大事じゃないんだろう」

それでも、ちくりと。
胸が痛むのは、謙信が自分をやはり覚えていないからだろうか。
それとも――

「あいつとのことも、正直なところ記憶に定かではない。ただそばにいた時頃と……やけに心配されていたことを腹立たしい気持ちで思いだすばかりだ」

嘘ではなく、そうだったから、かすがは口にする。
実際佐助といた期間は、幸村が思うより短いような気がする――
今ある記憶だけでいえば、本当にわずかで……
幸村が、佐助を心配する気持ちが分かったから、苦笑になっているだけで、そのことをマイナスととらえたことはかすがにはない。

「何も知らなくてもあいつの言葉は鋭い。知らないくせに私の思いは否定する」

今世はこだわるなという気持ちは何となく汲めた。
しかも、いらだたしいことに、そんなことを言うくせに本人は覚えていないときている。

「――あのかたが私を認識したがらない意図をくめと、何故言われねばならない?だが、どこか響くのも事実なんだ」

佐助とはそういうものなのだろう。
幸村に問えば、彼はこくりと頷いて、「佐助は信じたことははっきり申す。俺も偶に逆らえぬ真実が多い」と肯定した。

「気にせず楽しめとは……よく言ってくれる……」

だが忘れたことはどこかで理解しているのだろうに、自分ともちゃんと向き合う佐助を見ている。
かすがは、肩をすくめた。

「あいつは私を見ないことで私に過去を見せぬつもりなのかもな。
――これも勝手な解釈私の都合だ」

そんなに優しいタイプでないことは分かっている。
もしそうだとすれば、目の前の男――自分の主のためだという気さえする。
恐らく主従関係が切れた今とて、この二人の保護者と被保護者的な関係はきれないにちがいないのだ。

――何せ、誰かの世話をせずにはいられないのだ、あいつは。

かすがは、自分が面倒を見られていた、という自覚はないが、佐助がそうしたいと思っている事実はおぼろながら理解していた。
そして、幸村が、自分たちを――大方佐助をだろうが、心配していることも分かってしまった。

――どうやら敵でないこの男は、どうにも人を甘くさせるきらいがあるらしい……

あえて付き合おうとは思わないが、こんな犬のように――それでいてしっかりとあの忍びの主人としてのまっすぐした目をして、こちらを見られては居心地が悪かった。

「かすが殿……」

「忘れろ。多分お前の方が私よりも【私たち】に今は詳しい。だが大切なのは今だ。――私も少し考える」

くるりとUターンしたかすがは、なぜだか「幸村とは、出来れば付き合いたくないな」と思う自分に首をかしげた。
嫉妬ではない。
単に見透かされる感じが、誰かを髣髴させて――しかもより面倒くさい空気を醸し出しているからだった。

――似たもの主従か。

だがそう思われてるとは思わないのだろう幸村も幸村で、「大切なのは今か」と、呟いている。

実は、この時点で彼がかすがの言葉を曲解して、「これからどうなるか分からない=いい方向に進むかもしれない」と、主人らしくこの二人を見守る心づもりをしているのだが、かすがが気づくはずもなかった。

 

次で一区切り。一応のラスト。幸村とかすがはたぶん微妙にかみ合わない気がする……仲が悪いとかじゃなくて、会話的に。